愛ある「嫌い」

僕は学生時代唯一観ていたドラマのことを思い出す。


原作は女性漫画家のポップないわゆるラブコメの部類に入るものだったのだけれども、ドラマの監督が少し味付けをして翳りのあるカップルを主人公としたものとなっていた。


僕が惹かれたのはその設定。


『好きだ』


この三文字を徹底して男子の口からは出ないようにした。

そのスタンスは貫かれ、明らかに男子も彼女に好意を抱き恋愛の段階を踏んでいくのだけれども、とうとう好きだという言葉を吐かないままドラマは終わってしまった。


医師免許のためにひたすら勉強に明け暮れる医大生仲間にとって、そのドラマが唯一世間話のタネだった。

ある同級生の主張によれば、


「あの男がいけないな。結局ドラマを完結しないまま終わらせた。これは罪だよ」


また別の同級生のコメントは、


「俺だったらあんな可愛い彼女、毎日100回ぐらい『好きだ』って言ってあげるけどな」


みんなそれぞれこの議論と主張がささやかな青春だったんだろうと思う。

最終回までドラマの内容について発言を控えていた僕に同級生が訊いた。


「タカイはどう思った?」


実は語りたくてウズウズしていた僕は、けれどもバイト先のバッティングセンターで最終回を見終わった夜の空虚さを述べるしかなかった。


「『こんなもんか?』って感じだったね。恋愛ってこんなもんでいいんだな、っていう」

「なんだよそれ」

「やっぱタカイは醒めてんなー」


僕は、確かに醒めていた。


医師免許を取得して大学病院勤務になってからはそれまでのオクテを取り戻すように何人かの女性たちと付き合った。

そしてドラマの主人公の男子のように、「好き」という文字を避け続けた。


昨夜、映画館の漆黒の中、ぼうっと浮き上がるスクリーンの青い光に照らされるセエノに向かって、「好き」という言葉だけを回避して会話した。


もしかしたらセエノはこの間のキスの、その延長線上にあるモノを望んでいたかもしれない。


けれども僕は、その行為と好意の提示から、はっきりと逃げた。


僕は結局この5年ほど、何の成長もしていなかったということだ。

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