倶楽部「奏者」

 乱雑に茂った葉を肩で切り、坂を下っていく。灰庭おれは昂揚を抑えきれなかった。全てが思い通りに進んでいく。自分の想像の遥か上をいく出来だ。俺の周りのすべてが味方に思えてくる。倶楽部の家までの道のりはいつもそうだ。足をこの坂に任せればひとりでに目的の場所へ着いている。今はただそこに着くことだけを考えていれば良い。


 その先には滝がある。俺の横を流れていた川は真っ逆さまに紐が解かれるように真下へと吸い込まれていく。倶楽部の家はその滝の裏だ。メンバーの一人がたまたまその横穴を見つけて寝床としていたので俺達もお邪魔することにした。一人で使うには荘厳すぎると、今では立派な俺達の家だ。元々住人が居たのではと考えたが、帰ってこないということはつまりそういうことだろう。


 滝を割って勢いよく入れば、松明にほんのりと照らされた洞窟が続く。入り口には守衛が二人立つことになっており、日替わりで俺が各自に命令している。当然必要なことだからこれと言った不満は出ない。


「異常なーし」


 守衛の一人が気だるげに呟く。軽く手の平で会釈して足早に奥へと進んだ。




 宴会場は奇っ怪な風貌で俺を出迎えた。一族の権力者に顔が利く彼らはド派手な装飾品を持ち寄って来る。


 入り口には巨大な角を携えた有蹄類の剥製が置かれ俺を睥睨し、丸々と太った蛇が放し飼いされ豹紋をうねらせながら辺りを這い回る。薬付けにされた複数の人間たちがステージに乗せられ、狂ったように同じ曲を何度も演奏していた。頭をふらふらと揺らしながら、たまにこちらと目が合うと笑顔で目配せをくれる。不気味だがどことなく退廃的な風があって俺は好きだった。とても良い曲を弾く。


 内壁一面に施された輝石はひとつひとつが握り拳ほどもある大きさで、床にびっしりと敷かれた繊維の光を反射し煌めいている。


 輝石においては俺達が持ち込んだものだが、脈を打つように光るこの繊維はそうではない。ここを見つけた時からこのような状態だった、とのことだ。これが何を意味するかは俺には見当がつかない。


「灰庭待ってたのよ!!話があるんだけど」


 パタパタと駆け寄ってきたのは繭莉だった。全身を七色に輝かせる絹の一族だ。


 その容姿と美貌にかけてはまず並ぶ者がいない。競わされること自体が不憫だと他の新入生をみて思う。ただその一点だけで洛山全土で噂が立ってるのは異常と言う他にないが、目の前にすればそれが事実だと認めざるを得ない。


「ちょっとこっち来なさい」


 繭莉は俺の腕をぐいっと引っ張ると宴会場の入り口まで引き戻した。


「なんか私に言うこと無いの?」


「無いよ、何も」


心当たりはあるが俺は黙っていた。今さら何に怒っているのか全く理解できないからだ。


「本当に?」


「マジで分からん。皆に伝えることあるからちょっと集まってくれ」


「謝るなら今だけど」


「スマン、後にしてくれ」


 ──途端に繭莉の形相が変わった。彼女の右手が俺の髪を鷲掴む。頭皮ごと剥がされるのではないかと思わんばかりの力で頭を引っ張り上げる。


「あんたがここまで馬鹿だとは思わなかったわ。誰が人殺してこいなんて命令したのよ」


 俺はとりあえず痛みに耐えた。やっぱりこの事だったか。


「違う。コイツを使って力を持った奴らに配れとは言ったが、それには邪魔者がいたんだ」


 本当は邪魔者なんていやしない。その場しのぎの嘘だ。


「だから俺は気を利かせて排除してやったのさ」


 俺は彼女に手の平を向けて、指を解紐した。ぱっくりと割れた指にびっしりと麻の種が詰まっている。枯れた植物のようで気持ち悪かった。


 繭莉が持ち込んだコイツは“鬼朗麻きろうあさ”という植物から取った種だ。少し探せばどこにでも生えてるありふれた植物だが、他の植物とは一つ異なる点がある。この植物は基本的には地面に根を張る。だが、動物の死骸にも根を張ることは知られていない。肉が裂け茎が表に出てこなければならず、かなり限定された条件であるからだ。死後硬直が終わり肉が落ちるまでに鬼朗麻はその生涯を終える。ここで手に入るのが鬼朗麻の種だ。


 俺は自分の指の気持ち悪さに気持ちが萎えたが、彼女への反駁は続けた。


「俺もこんなくだらない事に付き合わされてるとは思いもしなかったよ。…コイツを摂取すれば誰もがお前の言いなりになる。卑怯というか姑息というか」


「馬鹿に言われる筋合いは無いわ。用量の話はちゃんとしたじゃない。ほんっとぶざけてるわね!!」


 繭莉は右に左に髪を引っ張る。俺はたまらず叫んだ。


「痛ぇ!!放せよ!!」


 俺は腕を振りほどき繭莉を突き飛ばした。彼女は更に食ってかかったが俺はいち早く身を引いた。


 ──鼻先にはあの匂いがした。繭莉とこれは常に一心同体だ。何故ならこの匂いそのものが彼女が作り出した陳腐な仕掛けなのだから。


 鬼朗麻の種には二つの効果がある。いずれも容量に個人差はあるが、大量に服用すれば強力な催眠状態に陥り簡単に洗脳が行われる。俺が操った新入生や宴会場にいる演奏者たちがそうだ。数ある選択肢から条件を選ぶよう仕向けるのではなく、服用によって数日ではあるがその選択肢にしか思考体系が及ばなくなる。


 もう一つの用法は、少量のみを摂取させ半強制的に好意を抱かせるものだ。鬼朗麻の種は燃やすと独特の匂いを持った煙を出す。この匂いは種を少量摂取した者に対して快楽成分を分泌させる。つまり間接的な麻薬として働く。


 繭莉が倶楽部の人間に対して利用したのがこれだ。俺に種を大量に渡し、新入生の中でカーストが高い者にのみ使用させた。あの時の繭莉は言った。平和が一番でしょう、と。それがやがて一つのグループとなり、倶楽部「奏者」が生まれた。


「悪かった、この件はさすがにやり過ぎた。少し遊んでみたくなっただけなんだ。…お前と同じで調子に乗り過ぎたみたいだ。ただお前は偉いと思う。他人のことまでちゃんと考えてやれるんだから」


「そんなの私の為にやってるだけよ」


 繭莉は瞬時に答えた。


「…俺も同じだ。俺は友人が欲しかっただけだ。本当に心から後ろめたさなしで付き合っていける奴らが。そして今、やっとそれを手に入れることが出来た。だが、気の毒なアイツらは俺らにとっての癌だ。目障りなんだよ。俺の人生の邪魔をする」


 そうだ、アイツらは生きてたって仕方がない。何故なら一番そう考えているのが当の本人だから。


「お前に危害が及ぶことはないよう尽力する。第一実際に手を下したのは俺だ。真相も俺らしか知らない」


「そう。で、結局新入生のあの子達はどうなったの」


 繭莉は子どものような口調で言った。


「聞きたいのか?」


「ええ」


「死んだ」


 …彼女の応酬はそこで一度止まった。


 そして彼女は小さくため息をついた。


「やっぱりね」




 繭莉は薄ら笑いを浮かべて横を通り過ぎた。


「もう良いわ、私疲れたから出てく。あんた達で好きに楽しんで」


「そうする」


 俺と、恐らく繭莉も、振り返ることなく歩を進めた。

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