第1章

1話 目覚め

「ね、フォルテ。遂に明日だね」

「あくまでも予言だから、期待しないでよ?」

「外れた事ないくせにそういう事を言う」


 明日はテルの前世の記憶が戻る(とフォルテが予言した)日。

 ――あの日から6年強。待ちに待ったという言葉がよく似合う。


「さて、そろそろ準備しに行こうか」

「俺も行っていいかな?」

「好きにすればいいさ。ただ、私は勘を取り戻すために、ちょっとその辺に寄ってから行くけどね」


 古馴染みの短銃とナイフを異空間(俗に言う、アイテムボックス)から取り出し、装備しながら、管理下の大地へと向かう。

 永い事、これらをアイテムボックスにしまったままにしてた。

 使わなくなっていたという事はとても喜ばしい事だが、時々思い出して、装填ロードの動作を無意識にしてしまう事があり、それに気付いてしまうと、どうしてもあの感触が懐かしくなってしまって、気が逸る。

 勿論、欲求のままに使ってもいいのだが、どうにか気分が優れなかった。

 今回は違う、何か制限するものはない。そして、別に誰か、何か殺すわけでもない。


 ――存分にやれる。それが何より、昔を思い出す。楽しかったあの頃を思い出す。


 小規模の森に降り立ち、樹を的に、発砲、斬撃を繰り返しながら、これからについて考え始めた。


 テルに教える防御魔法は、物魔両方対応のにするかな……。でも、その分耐久度が減るから別々のにした方がいいのかな……?

 難しいから、結構な時間が必要になるんだよね……。それに、もう1人以上、誰かいないと世界標準が判らないから、そんな都合いい人いないかな……。


 ……そうだ、ギルドに行って、一緒にパーティーを組みに行こう。

 そうすれば、相手してくれる生物は幾らでもいるし、何人かで少人数パーティーを組んでもいいし。

 大人数は嫌だな。大人数だと、物理的な距離も心の距離も短くなってしまう。

 そう、何人かでわいわい楽しく――


 ――涙が零れた。


「あれ? なんで……?」


 意思など嘲笑うかのように涙は流れ続ける。

 遂には、手足も自由に動かなくなった。


「え?」


 何が起きているのか、全く判らなかった。

 無意識で涙が出るとか、正直不気味すぎる。

 不気味すぎて、何故か笑ってしまった。

 でも、涙は止まらない。手足も未だ不随。


「――――ごめん」


 最早彼女は、生きていくために偽りも強がりも要らなくなった。

 ――それは、彼女が1人だから。昔の彼女を知る人が、ただ1つの例外を除いて、いなくなってしまったから。


 一体、彼女はどれ程のモノを背負ってきたのか。

 そして、それの降ろし方も知らない彼女は、どれだけ辛かったのだろうか。

 ――それは、神しか知りえない。……そう、神しか知りえない。



「大丈夫?」


 という声と共に、背中に優しく手が添えられた。


「無理しなくていいんだよ? 辛かったら言ってね?」


 ……こいつは時々、何か察したように言う。

 ほんっと、ムカつくッ……。出会った時からそうだ、こいつには何一つ敵わない。それが心底ムカついて。

 ……なんだ、なんか恥ずかしくなってきた。 

 でも、今はフォルテに一発喰らわすどころか、背中に添えられた手を払う気にもなれなかった。


   ◇◆◇◆◇


 しばらくしたら身体の調子が良くなってきたので、今は草原で『魔法戦』をやっている。

 『魔法戦』とは、魔法を主に使って行う闘技の事である。

 ルールは、審判による第三者判断と、降参するまでり続ける二者判断の2つがある。

 どちらも、魔法を使ってさえいれば問題なく、剣に魔法を纏わせて攻撃したっていい。基本的に自由だ。

 そんな訳でやっているのだが……。


「死ぃぃぃぃぃねぇぇぇぇぇぇッ!!」


 何こいつ……全然当たんないんですけどっ!

 さっきの何から何までを全て斬撃に込めて鬱憤を晴らしているのだが、全く当たらない。

 どんな斬撃も、紙一重で避けられ、更に怒りが増して行くのスパイラルにはまってしまっている。

 ……おかしいな? 速さは既に音速越えてるはずなのに……。


「こんにゃろっ、こんにゃっ、こんにゃっ!」


 加速と肉体の保護をする魔法をかけ、鉄砲玉のように突進、攻撃しているのだが、全く届く気配がない。

 試しに銃での攻撃も試してみる。

 ――躱された、紙一重で。

 が、「俺はあと2回変身を残している」とか言われているみたいで腹が立つ。

 せめて、それさえなければ……っ!


「おっ」


 急にフォルテが動きを止めた。


「どうした?」

「テルだっけ? 最初に来た子の記憶が戻ったらしい」

「え、もう?」


 さっきまでの怒りは、この会話でどっかに消えてしまった。

 まあ、怒りなんてどうでもいいんだ。とりあえず、記憶が戻ったなら行こうか。

 ……意外と早かったな。予想では10時間後位だったのに。


「じゃあ、行こうか」

「待ち切れないって感じだね」

「そりゃあね。6年も待ったんだ、そろそろ行きたいよ」


 そう言って、誰よりも早く、速く、テルに会いに行った。



「6年と言うようになったのか……」


 フォルテは微笑を浮かべ、リーフィを追う。

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