異世界オークション兄弟 ~チート級のオークションスキルで冒険の仲間を買い集める~

岩沢まめのき

第1章 異世界で恋愛できるだろうか?

001 第1章 異世界で恋愛できるだろうか?

 えーっと……自分が今どこにいるのかわからないんですけど?


 青空を見上げながら俺は赤いネクタイを少しだけゆるめ、シャツの第一ボタンを外した。

 いやー、本当にいい天気だね。

 肌寒くもない。暑すぎることもない。

 女の子とデートするなら、個人的にはまあこんな日が好きである。


 空を見る限り、今日が絶好のデート日和びよりだということはよくわかった。

 しかしなあ……それはわかるんだけど、自分が立っている場所がどこなのか、これがまーったく見当つかない。


 おいおい……ここは本当にどこなんだ?

 俺は今、どこにいるのよ?


 気がつくと俺は、一人で青空の下に立っていたのである。

 白い雲が大空を横切っていく。空の下に視線を移せば、見知らぬ草原が広がっている。

 周囲には建物ひとつ見当たらない。

 少し遠くには大きな山脈が見える。


 繰り返しになるけれど、自分がどこにいるのか本当にわからない。

 会社に出勤するために紺色こんいろのスーツにそでを通し、一人暮らしのアパートを出ようと革靴かわぐつを履いたところまでは記憶があったのだけど……。


 ああ、わかった! あれか?

 もしかしてここは夢の中? そうだろ?

 実は俺はまだ布団の中で、スヤスヤと可愛らしい寝息を立てながら夢でもみている……とか?

 いや違うな……こんなリアルな夢は、これまでの人生で一度もみたことがねえ。

「うーん……」とつぶやき、片手で頭を抱えたところで俺は背後から声をかけられた。


「よく来たな、柊次郎しゅうじろう!」


 女の子の可愛らしい声だった。そして『柊次郎』とは、俺の名前である。

 振り向くと、金髪の美少女が一人いた。彼女は胸の前で両腕を組み、勇ましく立っていたのである。

 いやー……まったく知らない女の子だ。


「どうだ、柊次郎。異世界に召喚しょうかんされた気分は? んっ?」

「異世界に召喚? はいっ?」


 何を言っているんだ?

 こちらが首をかしげると、女の子はサラサラの金髪を風になびかせながら口元だけでニヤリと笑った。

 年齢は12~13歳くらいだろうか。髪型はショートボブ。なんとなくボーイッシュな雰囲気。

 まつ毛は長く、瞳は青く、そして目つきは……なんかやけに鋭いんですけど。目つきの鋭さは、ネコ科の少し凶暴な肉食獣みたいな印象をこちらに与えていた。

 身長は150センチ前後といったところ。ファンタジーRPGの魔法使いを連想させる黒いローブを身につけている。


 コスプレイヤー? 何のキャラ?

 ボーイッシュな金髪の魔法使い少女?

 しかし……見れば見るほど、ものすごい美少女だ。美の女神か何かに特別愛されて生まれてきたんじゃないだろうか?


 目の前の金髪碧眼きんぱつへきがんの少女を眺めながら、俺はごくりとツバを飲み込んだ。

 しかし残念なことがひとつある。これだけ若すぎる少女は、さすがに俺の恋愛対象とはならないのだ。

 俺は今、結婚相手を探しながら日々の暮らしを送っている。結婚相手を全力で募集中の独身26歳のサラリーマンだ。

 嫁がほしいです!

 けれどだからって、いくら美少女でも結婚できない年齢の相手に恋なんてしないぞ!


 俺はひとつの目安として、『とりあえず30歳までには結婚する』と目標を掲げて暮らしていた。

 何年か前に、晩婚化や未婚が社会問題になっているなんて話をネットニュースかなにかでふと目にしてから、結婚を強く意識しだしたのである。


 両親はすでに他界している。頼れる親戚しんせきは一人もいない。

 天涯孤独てんがいこどくの身というやつなのだ。

 だから、一刻も早く自分のファミリーがほしいと強く願う!

 でもね、結婚する相手は誰だっていいわけじゃない。それなりに恋愛して、愛する女性と結婚し、自分のファミリーをつくりたい。神様、これってわがままでしょうか?


 まあ、気がつけば俺は、心の中でそんなことを願いながら生きるようになっていた。

 自身で目標として掲げた30歳なんて、ボヤボヤしているとあっという間である。

 だから最近は、出会う女性はとりあえず可能な限り恋愛対象として見なし、どこか良いところをたくさん探して、アグレッシブにガンガン恋をしていこうぜと自分に言い聞かせて日常生活を送ってきた。

 けれど……まあ……。

 恋愛に対して非常にアグレッシブな俺でも、さすがに自分の年齢の半分くらいの少女が相手では、アクセルを踏み込めないッス……。


 恋愛対象にはできない……と心の中で思いながら眺めていると、金髪碧眼の美少女は再び口を開いた。


「おい、柊次郎。ここはお前がこれまで暮らしていた世界とは別の世界だ」

「別の世界?」

「そして、ボクとお前が二人で思いっきり遊ぶための世界でもある」


 ああ? 何を言ってんだ?

 なんか発言ちょっとヤバめだな、この女の子……。

 恋愛対象になるとかならないとか、それ以前の問題だね。

 俺は苦笑いを浮かべながらこう尋ねた。


「えっと……その……ひとつ質問なんだけど、どうして俺の名前を知っている? 知り合いではないと思うんだけど」

「はっはっはっ! 柊次郎、答えは簡単だ。それはボクがお前のお兄ちゃんだからだな」

「えっ……お兄ちゃん?」


 んんんっ……?

 この子、何を言っているんだ?


「ふふふっ。まあ、見た目がすっかり変わってしまっているからお前にはわからないだろうけど、ボクは杏太郎きょうたろうなんだぜ」


 杏太郎――。

 それは確かに俺の兄の名前だった。

 年齢は俺よりもひとつ上。ただ、兄はもうずいぶん昔に亡くなっている。生まれつき身体の弱かった兄。彼は14歳のときに病気で息を引き取った。

 生前の兄は学校も休みがちで、外で遊ぶこともほとんどなかった。友達もおらず、遊び相手といえば弟の俺一人だけ――。


 兄は14歳で亡くなったのだけど、弟の俺の方はすこぶる健康だった。そして気がつけば今年で26歳である。

 22歳で大学を卒業した後、俺は美術品専門のオークション会社に就職し、おおよそ4年間仕事に励んできた。

 だからね……どう見ても年下のこんな12~13歳ほどの金髪美少女が、俺のお兄ちゃんなわけがないんですよ……。


 しかし少女は、戸惑う俺の様子などまったく気にしていない様子で再びしゃべりだす。


「柊次郎。兄ちゃんは、昔みたいにお前のことを『シュウ』って呼ぶことにするぞ。そっちの方が仲がよさそうでいいだろ?」


 彼女はそう言うと、こちらの返事も待たずに話を続ける。


「なあ、シュウ。ざっくり説明するとな、ボクは死んだ後、この異世界に転生したんだ」

「はっ……? 異世界に転生?」

「まあ、すぐに理解してくれなくてもいいさ。そうだな……とりあえず、今は夢でもみていると思ってボクの話に付き合ってくれないか?」

「夢……?」

「ああ。本当に夢みたいだよ。この異世界でボクは、健康で丈夫な身体で生まれてきてな。この身体なら、思いっきりお前のお兄ちゃんが出来るんだぜ!」

「思いっきり俺のお兄ちゃんが出来る?」

「そうだ。さあ、弟よ、元気なお兄ちゃんと異世界でいっしょにたくさん遊ぼうか!」


 金髪の少女はそう声をあげると、自身の左胸をトントンっと叩いて、にししっと笑った。

 俺は首を横に振る。


「いやいや……ちょっと待って」

「んっ?」

「そもそも、俺の兄さんは、こんな金髪の美少女じゃないんですけど……?」

「美少女? あっ! シュウ、やっぱりお前も、ボクのことを女の子だと間違えてやがるな!」


 美少女は不満そうに口をとがらせると、俺の方に一歩詰め寄ってこう言う。


「この世界のボクはさあ、女に間違えられることが多いんだ。でも、ボクはちゃんと男だぜ?」

「ちゃんと男?」

「そうだ。実際にこの身体を触って確かめてくれてもいいぞ!」


 金髪の美少女は、大きく両手を広げた。

 まるで、この胸に飛び込んで来いと俺に言っているかのようにだ。


「ほら、シュウ。お前だったら、特別にボクのどこを触ってもいいんだぞ」

「はっ、はあ?」

「ふふっ。前の世界で病弱だったボクに、お前はすごく優しくしてくれたからな。シュウには本当に感謝しかないんだ。友達のいなかったボクにとって、お前は弟であると同時に親友だった。さあ、ボクの身体に触るんだ!」


 いやいや……本当にイカレた女の子だぜ。

 それとも、これはわなか?

 どこを触ってもいいとか言っているけど、彼女の身体に本当に触ったら、怖いお兄さんが出てきてお金を取られたりするあれだろ? 草原のどこかに彼女の仲間が隠れているのか?


 そんなわけで俺が周囲を警戒していると、美少女は強引に俺の右手を引っ張りながら言った。


「シュウ、遠慮するなよ。性別を確かめたいんだったら、またの間を触るのが手っ取り早いとお兄ちゃんは思うぜ?」

「ま、股の間?」

「ああ、お兄ちゃんの股の間を触れよ」

「さ、さすがにそれは……」

「こっちは大丈夫だ。ボクたち兄弟の間に、新しいルールをひとつもうけよう。可愛い弟は、お兄ちゃんのどこを触ってもいいってルールだ。どうだ?」

「はあ?」


 ――そんなルール聞いたことねえよ!

 俺が心の中でツッコミを入れていると、美少女はさらに力を込めて、こちらの右手をぐぐぐっと引っ張った。

 この美少女、見た目に反してなんだか信じられないくらい怪力かいりきである。こんな細い腕なのにどういうわけだ?


「ほれ、シュウ。どうだ? お兄ちゃん、これでも女の子か? んっ?」


 彼女は俺の右手を自身の股の間に無理やり引っ張り込んだ。俺の右手が彼女の股の間に触れる。

 その瞬間――。


 俺は顔をひきつらせた……。

 目の前の人物が俺の兄なのかどうか……それはともかく、この感触は……。

 同じ男だからこそわかるんだ。

 どうやら俺は完全に間違えていたようである。


 金髪の美少女は『金髪の美少年』だった……。

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