第3話 服装検査2
『髪は短く、制服は着崩すな! 人事担当者が求める生徒になれっ!』
これは、入学して2カ月。何度となく教師から聞かされた言葉だ。
実際、教師側が言うのはもっともで。
このご時世、
選ばなければ、だいたいひとり約3件の求人がくる計算になる。
俺が黒工に入学した、と聞いた近所の人は、「これで就職は安泰ね」とうちの両親に言ったぐらいだ。
いわゆる、「黒工ブランド」というものが、この圏域一帯にはある。
『地域のものづくりを、地域の人間で』
それが黒工のモットーであり、その理念に従って黒工は常に、地域の企業に生徒を送り続けてきた。
そして地元企業から信頼を勝ち得た生徒指導方法が、この、軍隊張りの『服装検査』だ。
「いまどき、もみあげの長さが決まってるって、ありえなくね?」
左横に並ぶクラスメイトがため息交じりに俺に言う。俺は苦笑し、頷いて見せた。
もみあげの長さ、前髪の長さ、後ろ髪の長さ、すべて決まっている。
もみあげの長さは耳の半分。前髪は、引っ張ってみて、眉毛にかからない状態。後ろ髪は学ランのカラーについてはいけない。
他にも、『腰ベルトは、引っ張ったら拳が入らないほどきつく締める』。『制服にはすべて、校章を入れる』。『学生手帳は必携』、などがある。
何も男だけではない。女子も厳しい。
スカート丈の長さ、前髪の長さ、肩を越す髪の束ね方。
それら一切が『学生手帳』には記されており、教師達は服装違反をした生徒に、『学生手帳の〇ページを読め!』と指導をする。
「よし。次っ」
北条科長が声をかけ、こちらに近づいてくる。もうすでに半数近くの生徒は教室に入ったようだ。服装検査は抜き打ちで行われることはないので、ほぼ全員の生徒が実は合格する。
というか。
こんなことで内申点を落としたり、心証を悪くすることが馬鹿らしいのだ。
カッコつけたかったら、休日にそんな格好をすればいいし、モテたい、と思うほど学校内に女子もいない。
在校生は、みんな。
いいところに就職したいか、指定校推薦を取りたいので、中学の時にいたような「先生に反発する不良」。「かっこいいと思っているスタイルを突き通す」という生徒はいない。
ある意味。
進学校よりストイックだと思うし、賢い。
「織田も、よしっ」
北条科長と目が合い、ざっと服装を見られてそう言われた。俺は「あざっす」と返事をして教室への扉に足を向ける。だが。
「んっ!? 織田、待て」
北条科長に言われて驚いて俺は振り返った。なんだろう。何か俺、ひっかかったか。焦って視線を背後に向けると。
びっくりしたような顔の
「この、蒲生の髪型、どう思う」
北条科長が腕を組み、そんなことを俺に尋ねる。
「……え?」
俺どころか、蒲生の次に並んでいる男子生徒まで目を瞬かせて蒲生を見た。
特段。
変ではない。
くせ毛ではないが、ボリュームのある頭髪だ。
将来ハゲにはならんだろう。眉毛と額の間隔が狭いほどの剛毛ではあるが、前髪が眉毛にはかかっていない。もみあげは耳の半ばの長さだし、後ろの髪はカラーについてもいない。
「問題ないと、思いますが」
俺は慎重に北条科長に答える。科長は「むふぅう」と鼻から息を抜いて蒲生を見つめる。
「……あの、なんか、変っすか」
不安そうに蒲生が科長に尋ね、科長はおもむろに腕を組んだ。改めて蒲生を一瞥し、それから一言告げる。
「サイドが、雑くないか?」
「いや、それもう、校則関係ないでしょうっ」
思わず俺が突っ込むが、北条科長は、「ちょっと赤松先生」と女子の服装をチェックしている赤松先生を呼び止める。
「なんですか」
女子の方が圧倒的に少ないので、赤松先生はちょうど最後の女子生徒と雑談をしていたところだったらしい。「教室に戻りなさい」と優しく声をかけ、科長の隣に歩み寄った。
「蒲生の髪型、どう思いますか」
科長は眉を寄せて赤松先生に尋ねる。
「問題ないですよね」
蒲生は困惑した声で赤松先生に訴えた。俺も奴の隣で頷いてやる。
だが、赤松先生はじっくりと蒲生の髪型を見、そして科長に言う。
「……サイドが、雑ですね」
「「だからそれ、校則に関係ないでしょう!」」
俺と蒲生の声は揃い、蒲生の後ろの学生は笑いを堪えて震えている。
「蒲生、お前どこの散髪屋に行ったんだ」
蒲生が北条科長に答えたのは、三〇分千円のチェーン店だ。
「そんなところに行くな」
科長は断言し、いくつかの理容店の名前を上げた。
「昔から黒工とご縁のある理容店だ。もう一度行って来い」
科長の隣で赤松先生も重々しく頷く。不承不承「はい」と蒲生は返事をし、教室に入ることを許された。
◇◇◇◇
その日の放課後、科長御指名の理容店に行った蒲生は。
次の日。
もみあげなしの五分刈りになって教室に現れ、爆笑の渦を巻き起こした。
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