夢見喫茶店

夏蓮

─プロローグ─

──夢見喫茶店。

という名前の喫茶店がある。そんな噂を聞いた 。

その夢見喫茶店について、ある人は、その店にいけばどんな夢でも見せてくれると言い、またある人は過去に戻れると言った。

…………でも、私はそんな噂を信じようとしない。何故ならば、そんなのは唯のまやかしで、現実から逃げている。そんなふうに思うから。

でも、なんで私は今こうしてその噂の喫茶店の前にいるのだろうか?

今なら戻れる。でも、戻りたくない。そう思うところが確かに私の中にもあって、戻れない。

これは、唯の欺瞞なのかもしれないけど、私は自分の心に

──私がその噂が本当かどうかを確かめてあげる。

という嘘をついて店の扉を開けた。

扉を開けると、そこには如何にも青少年という言葉が似合うだろうという男性がいた。

そして、彼は笑顔で

「いらっしゃいませ」

と言った。

店の中の印象は、どこか和風を感じさせる感じで、私の目の先には、畳の上にちゃぶ台とその上蜜柑みかんが乗っていた。

…………なんで、蜜柑なんて置いてあるのだろうか?今は、夏のはずなんだけどな。

「あ、えーと、過去に戻れるとか、どんな夢でも見せてくれるって聞いて来たんですけど…………それって本当ですか?」

「はい。当店は、どんな夢でも見ることも、過去に戻ることもできます。でも、そのためには、いろいろと貴女のことについて話して貰わなくてはいけなくなるのですが…………その辺はよろしいですか?」

「はい、大丈夫ですよ」

「わかりました」

それからしばらくの間無言が続いた。

「では、聞きます。貴女の名前は?」

神林かんばやしといいます」

「神林さんね。じゃあ、神林さんの職業はなんですか?」

「普通のOLです」

「はい。じゃあ、神林さんはどうやってこの店を知りましたか?」

「友人からの誘いで」

なんでだろう。どんなアンケートにもありそうな質問を聞いてくるのだろうか。

こんなアンケートみたいな質問なら、いっそうアンケートにしてくれた方がいいんだけどな。

その方が、楽だから。

「友人からの誘いですか。じゃあ、聞きますよ。貴女は、過去に戻りたいですか?それとも、夢がみたいですか?」

「私は…………過去に戻りたいです」

「そうですか。なんで過去に戻りたいと思ったのですか?」

「高校時代に想いを伝えられなかった人に自分の想いを伝えたいから……………です」

「そうですか。昔の想い人に想いを伝えたいと…………その人はもう会えない人だったりしするのですか?」

「はい」

私はそこで少し疑問に思ったことを聞いた。

「時間ってどうなるんですか?」

「過去に戻っている間こっちの時間がどのように進み方を取るのかということですか?」

「はい」

「過去に戻った世界での、1週間がこっちでの1時間ってところになると思います」

「そうですか。ありがとうございます」

1時間が、1週間か…………

「もう他に聞きたいことはないですか?」

「はい。他には、ないです」

「では、その人との思い出を語ってください」

「分かりました。私は、彼のことを。ここでは、A君としましょう。私はA君のことが中学校の頃から好きでした。でも、結局は伝えることが出来ず、卒業をしてしまった。だから、もう会えないんだ…とそんな風にあのときは落胆しました。でも、A君と高校が一緒だったのです。だから、今度こそは、この思いを伝えるぞって決めた。高校1年生の間では、なかなか勇気が出なくて、A君に自分の気持ちを伝えることができなかった。あと2年もあるんだから…………ってそんなふうに思っていた。でもある日のことです。A君が学校に来なくなったんです。そして、私がA君がいる病院に行ったときにはもう遅かった……………」

そこからのことは私は話すことが出来なかった。

あの時のことを思い出して、悲しくなってしまうから。

私の目の前にいる彼も察してくれたのだろう。

もう、それ以上は聞こうとしなかった。

「わかりました。では、貴女その彼に想いを伝えるために過去に戻るんですね?」

「はい」

「じゃあ、この紅茶を飲んでください」

そう言って差し出してきたのは、紅茶とは言いがたい色をした飲み物だった。

「これって紅茶ですか?」

「そうだよ。リラックス効果があるね」

私は、半信半疑でその紅茶を口にした。

紅茶が口に入った瞬間に、身体が痺れた。

…………これって、本当に過去に戻れるの?誘拐とかじゃ…

段々と思考能力も落ちていき、今はもうなにも考えることができない。

………ああ、私ここで殺させるんだ。

私は、本能的にそう感じた。

「じゃあ、過去に行って彼に想いを伝えておいで、そうすれば貴女が、想った人、中嶌敦なかしまあつし君も嬉しいと思うからさ。

だから、きちんと伝えてくるんだよ。

君の、神林琴葉かんばやしことはの気持ちをさ」

な、なんで彼と私の名前を知っているの?

私はそう聞こうとしたが、口は開こうとせずそもまま意識を手放した。


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