第30話 クソヲタに飼われるクソヒーロー

 峰岸邸のインターホンから妻・淳子の声がした。


「どうぞ、お入りください」


 三人は “ハッ” として峰岸邸を振り返った。


「今、声がしたよね!」

「私も聞いた!」


 三人が駆け寄ると、ドアロックの解除音がした。エルトン・仁がドアノブに手を掛け、恐る恐る開けると、翔が立っていた。


「ありがとうございます。お話だけでも聞いてください!」


 三人は峰岸譲司の霊前に手を合わせた。妻の淳子が緑茶を入れてくれた。注ぐ音が部屋の空気を癒した。

 エルトン・仁は、秋田に来た理由と、今日までの出来事を駆け足で説明した。翔は無言で耳を傾けていたが、エルトン・仁が話し終えると意外な言葉を返して来た。


「私は何をすればいいんでしょう」


 三人は翔の言葉に驚いた。一間置いて、エルトン・仁は答えた。


「イベントのタイトルにお父さまのお名前を使わせていただくだけで充分です」

「分かりました」

「ただ・・・」

「ただ?」

「これから何が起こるか分かりません。狙いどおりに進めば、また凍死…いや…想定外の怪奇現象が起こるかもしれません。そうなれば、峰岸さんのご家族も取材の対象になってしまいます。それが悪意ある報道になるかもしれません。そのことで、峰岸さんのご家族には何らかのご迷惑が及ぶことも予想されます」

「悪意ある報道とは、例えばどういったことでしょうか?」


 エルトン・仁は言葉に詰まった。お香の香りと共に峰岸譲司の存在が過った。


「申し訳ありません! 僕は身勝手なことをお願いしています!」


 上気したエルトン・仁の言葉に翔は重ねた。


「こんな見出しですか? “かつて特撮イベントで命を落とした峰岸譲司の祟り”、それとも “復讐” …とかでしょうか…」

「・・・!」

「それなら望むところです」

「・・・ !?」

「そう言う展開になって欲しいと心から願っています」


 特撮に対する憎しみの言葉だった。三人はこれまでの自分たちの身勝手な特撮熱に激しい嫌悪感を覚えた。俯いたまま翔の顔を見れなくなってしまった。


 翔はエルトン・仁の手を取った。


「どうか、父のためにも、あなたたちの復讐を成功させてください!」


 エルトン・仁は翔の手を握り返した。


「必ず!」


 三人は峰岸邸を後にした。お互い無言で歩いた。後ろから淳子が追い駆けて来た。


「こんなには、いただけません!」


 淳子は、小夜子が供えた不祝儀袋を差し出した。


「それは、峰岸譲司さんへの追悼イベントに対する気持ちなんです。ですから、どうかお納めください! お願いします! これまで特撮関連のイベントで私たち特撮ファンが犯したご無礼は、こんなものでは代えられませんが、今回だけはせめてもの気持ちなんです! お汲み取りいただきたいんです!」


 淳子は渋々ながらも受け入れてくれたので、小夜子は“ホッ”とした。


 帰途、矢代蘭は小夜子に聞いた。


「いくら包んだんですか?」

「五十万よ」

「五十万!?」

「それでも足りないくらいよ。五味は俳優をバカにした金額しか渡してなかった。イベントをやるなら、ゲスト俳優には交通費などの経費以外に、それなりの報酬をきちんと支払うべきだったのよ。そうすれば特撮イベントがクソヒーローの溜まり場にはならなかったはずだわ」

「溜り場…確かに、最後のほうになったら個人主催のイベントに招待されて来る特撮俳優は、ほとんど華がない人ばっかりだったよね。でも、特撮番組のヒーローだと思えば魔法に掛けられたように私たちには素敵に見えてしまったからね」

「特撮俳優から特撮番組を取ったら何が残るかよね」

「そう…残ったものがその人の真の姿…何も残らない上に、女部田や五味のようなやつにかしずいて、ファンには上目線でいい気になってる特撮俳優をクソヒーローと呼ぶのよ」

「フレンドリィな態度は装ってるけど、特オタを偏見視してるのがバレバレよね」

「偏見視してる連中の会費で、ただ酒、熱い視線、スズメの涙ほどのご祝儀、あわよくば “お持ち帰り” 。五味に飼われてるクソヒーローは五味から贈られる盆暮れ・誕生祝が大のお楽しみ」

「覚めちゃうと、五味に飼われてた特撮俳優って哀れね」

「そんなやつらに熱視線を送ってた私たちこそ哀れだわ」

「結局そこに辿り着くわね」


 三人は大きな溜息を吐いた。


「しかし、ゲストの報酬をべラ嬢さんの自腹でというのは…」

「別にいいのよ。自分自身にけじめを付けるために決めたことだから」

「でもね、市から予算が出ていることでもあるし、予算内で納めるようにしなくていいのかしら?」

「市の補助金予算では、俳優に見合った報酬は支払えないわ。正当な報酬を支払えないのであれば俳優は誰一人呼ぶべきではないわ」

「でも、今回呼ぶ特撮俳優はどうせクソヒーローだけだから、小夜子さんが自腹を切るまでもなく、雀の涙で飼われてた連中なんだから、予算内で納められるんじゃない?」

「いや、クソヒーローでも、駆除する特撮オタどもの大事な釣り餌よ」

「釣り餌・・・」

「そう、釣り餌よ。確実に足を運んでもらうためには、私は私にできる精一杯のことをするわ」

「確かに…重要な釣り餌よね」

「今回のイベントは、ただのイベントじゃない。追悼という名の復讐計画よ。翔さんの言葉を忘れないようにしましょ。何人が五味の毒牙に掛かるのか、掛からないのか、全く分からない。でも、私はこんなこと、今回を最後にしたい。今回一回で全員駆除しなければ、生き残ったオタが感染源になって、また第二、第三の女部田や五味が現れる…今回の駆除が無意味になってしまうのよ」


 翔の了承を得て、追悼イベントの日取りは一か月後に決まった。地元商店会が細かな準備を始めたのを確認した小夜子とエルトン・仁は、商店会との対応を矢代蘭に任せて、一旦秋田を後にすることにした。


 それぞれの自宅に帰ったエルトン・仁と小夜子は、数日後にネット上に掲載された地元紙の記事を見た。そこには、『シャドーヒーロー峰岸譲司の追悼イベント!』、『あの呪いのゴミクズオッター通りで特撮イベント開催決定!』などの文字が躍っていた。


 追悼イベントの準備が動き出してから、五味の悪霊はぷっつりと現れなくなった。


〈第31話「インスタ映えのオッター通り」につづく〉

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