第22話 睨む老婆

 小夜子は部屋の壁に凭れたままぐっすりと眠ることが出来た。目が覚めてすぐにコインロッカーに預けた “青の剣” をバッグに詰め、少し早目に宿をチェックアウトして須又温泉に向かった。


 現地に着いた小夜子は驚いた。須又温泉の前は物々しい雰囲気だった。救急車やパトカーが停まり、鑑識官らが銭湯入口を出たり入ったりと忙しく動いていた。小夜子は遠巻きに集まった地元民の人垣に加わった。訝しげに小夜子を睨む老婆・キヨに気付き、思い切って話し掛けてみた。


「何かあったんですか?」


 キヨは睨み付けながら小夜子に近付いて来て、徐に口を開いた。


「あんた、東京の人かい?」

「…はい」


 小夜子は取り敢えず返事をした。


「あ、そうかい…気を付けてよ、あんた!」

「ええ…え?」

「これで三人目だよ、東京の人ばっかり」


 どうやらキヨにとって、遠くからやって来てここで死ぬ人は皆東京の人だという識別になっているようだ。


「全部凍死だよ! 冬でもないのに凍死だよ!」


 その言葉を聞いて小夜子は “ハッ” となった。昨夜体験した凍り付く寒さを思い出した。


 Vickyの凍死体を収容した救急車が発進し、キヨと小夜子の前をドップラー効果を轟かせて通り過ぎて行った。睨みが一層きつくなったキヨがまた小夜子に話し掛けて来た。


「もしかして、あんたの知り合いかい?」

「いえ、違います…というか、ご遺体を見てませんので、どなたかも…」

「あんたも、ここに忍び込もうとして東京から来たのかい?」

「まさか!」


 そうは答えたものの、キヨの言葉は中っていた。しかし、小夜子は凍死体がVickyであることは知らない。付けられていたことも、彼女が同じ宿に泊まっていたことも知らなかった。小夜子のほうが忍び込むのが早ければ、あの救急車に乗せられるのは自分だったかもしれないと胸を撫で下ろした。


「あんた、お祓いをしてもらったほうがいいよ。次はあんたの番かもしれない」


 そう言い残してキヨは去っていった。


 三人目の犠牲者が出たこの日を境に、須又温泉は警察による24時間の監視体制が布かれることになった。


 その頃、エルトン・仁と矢代蘭は大名持神社の境内で落ち合っていた。エルトン・仁は、小夜子やVickyとの接触を避けて、かなり早朝に宿を出た。矢代蘭も昨夜のエルトン・仁からのメールで現地に直行していた。

 秋とは言え、山中の神社境内は冷える。しかし、二人が須又温泉で体験した脱出劇の恐怖からすればその比ではなかった。これから二人は、神主の妹背に会って、自分たちが須又温泉に忍び込んだ時のことを話し、今後の助言を仰ぐことになっていた。


「ねえ、知ってる?」

「何?」

「須又温泉で、また凍死事件が起きたの」

「マジッ!?」

「知らなかったの?」

「べラ嬢たちに会わないように出て来るので頭がいっぱいだった。今度は誰が凍死したの?」

「来る時、地元の人と擦れ違う時に小耳に挟んだだけだから詳しいことは分からない。でも女の人が亡くなったとかって言ってた」

「まさかべラ嬢? それとも…」

「…かもしれない。地元の人じゃなさそうな口ぶりだったから」

「彼女らのどちらかとして、いつ、どうやって忍び込んだんだろ。正面玄関は鍵が掛かってるし、裏木戸から中に入れるなんて知るわけないしね」


 二人は自分たちにもじわじわと危険が迫っていることを感じていた。


「とにかく神主さんに会おう」


 約束の時間が来たので、二人は神社の社務所に入って行った。その頃、神社への石段を上ってくる女がいた。小夜子である。彼女の手には“青の剣”が握られていた。


「五味氏の霊を “封じの壺” に納めたとしても、イベントに用意された特撮グッズのどれかが何らかの事情で外部に持ち出されたとすれば、その特撮グッズに五味の念が憑り付いている可能性があります。従兄の豊さんに全てを焼却処分にするように言ったんだが断られましたから、その可能性が気になっていました。“封じの壺” には既に五味氏の霊は納まっていないのかもしれません」

「どうすればいいんです!」

「あくまでも仮定の話なのですが、もし外部に出た特撮グッズがあるのなら、それに憑りついた霊を封じるしかありません」

「持ち出した可能性があるとすれば、須又温泉に忍び込んだ者の中に…」


 神主が徐に二人を窺った。


「いえ !?  私たちは誓ってそんなことはしていません!」

「となれば、凍死した方々の遺留品の中にあるかもしれません」

「凍死した三人のうちの誰かということですか?」

「特撮ファン以外にグッズに物欲を抱く者があるとは考え難い」

「確かにそうです。自分もあの競りにかけられたグッズの中には、喉から手が出るほど欲しいものがあります…あ、だからと言ってそんなことはしていません! 実は忍び込んだ時に、そのグッズで五味の誘惑に負けそうになりました」

「それであの時、様子がおかしかったのね!」

「面目ない」

「あいつ、特撮ファンは特撮グッズで何とでもなると思っていたわ。悔しいけど、実際、何とでもなったから…」


 矢代蘭は過去の悔しさで言葉が詰まった。二人はゴールを見失ってしまった。誰がどんな特撮グッズを持ち出して、それが今どこにあるのかなど皆目見当がつかなかった。


「先程、この地域の御長老である西根万蔵さんからご連絡いただきました。その話の中に興味深いものがありました。万蔵さんは長年、須又温泉のボイラーマンをやっておられた方なんですが、今朝、後片付けで須又温泉に行って凍死体を発見しました。その時、幼い頃の五味久杜が現れて、話をしたと言うんです」

「幼い頃の五味久杜 !?」

「その子は、お父さんに“青の剣”を折られて悔しいと言ってたそうなんですが…」

「 “青の剣”!」

「何か思い当たることでもおありですか?」

「 “青の剣” とは、初代戦隊ヒーローの武器で、グッズ販売されたものです! 生産数が少なかったのでレアグッズでマニアにとっては涎が出るほどの幻の特撮グッズです」

「ああ…そうでしたか…」


 妹背は深刻な顔になった。最も懸念していたことであり、今すぐにでも須又温泉に残った特撮グッズ全てを焼却しなければ、五味久杜の怨念がそれらのグッズを渡り歩くことが容易に予測できた。


「こちらの方が厄払いをしていただきたいものがあると…」


 エルトン・仁と矢代蘭はアッとなった。神主の妻に案内されて現れたのは、HN・ベラ嬢こと四条小夜子だった。


〈第23話「一騎打ち」につづく〉

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