第14話 死人は黙ってろ

 ついにイベント当日がやって来た。五味久杜は早朝から意気揚々と開場の準備に勤しんでいた。誰もが無口だ。初めてのイベントに皆緊張しているのだろう。何せ彼らには商店街の活性化が掛かっている。


 五味久杜は一息吐こうと須又温泉の表に出た。地元の高齢者が多数集まっていたので、イベントに対して高齢者も結構興味があるんじゃないかと満足した。ところが高齢者たちは一様に温泉とは別方向を見ている。どこで何があったのか、商店街のシャッター通りを救急車が遠ざかって行くのが見えた。


「何かあったんですか?」


 五味久杜は誰にともなく聞いてみたが、誰も応えようとはせず、もたもたと散会して行った。残っている一人の老人が五味久杜を見て笑った。


「知らんのかい、まだ」

「何があったんですか?」

「何がって…」


 老人は大笑いして去って行った。呆けているのだろうと思い、それ以上相手にするのをやめて、五味久杜は会場の準備に戻った。


「乗らないわね…こんなイベントで町おこしに効果があるわけないでしょ」

「まあまあ、根倉さん…何もやらないよりは増しでしょ?」

「あのね、このイベントの意図って何なの? 特撮ファンという極少数派の趣味のために、私に税金という労働賃金が掛かっているのよ」


 五味久杜は堪らず口を挟んだ。


「根倉さん、気が進まなかったらお帰り下さい。こちらからお願いしたわけじゃないですから」


 五味久杜は無視されたまま、根倉の話が続いた。


「唯一意義があるとすれば、この長年続いた須又温泉が休業に追い込まれたことです。何かをきっかけに、営業を再開出来たらすばらしいことです。ところがどうですか? このイベントに参加するのは県外の方々ばかりじゃありませんか…これじゃダメでしょ! まず基本に地元の方々の参加が無かったら、営業再開にはなんの刺激にもならないんですよ。地元の参加は皆無じゃありませんか! 何を考えてるんですか、須又さん!」

「すみません、そこまで深くは考えずに…とにかく話題性があれば何とかなるかなと」

「なんともなりません!」

「そんな言い方をしなくても…」

「イベントが過ぎて、バター餅のように一過性のことだったと気付いて悔しい思いをするのは皆さん自身ですよ」

「一過性じゃないかもしれないじゃないですか」

「じゃ、参加者の口コミで遠方からどっと入浴者が現れるとでも思ってるんですか? お風呂のついでに他に観光に耐え得るスポットが近くにありますか?」


 無視され続ける五味久杜の怒りが頂点に達した。


「じゃ、帰れよ! このイベントが気に入らないなら帰れ!」


 根倉は五味久杜の怒りすら無視して話し続けた。


「イベント当日に人が死んだんですから幽霊スポットくらいにはなるでしょ!」

「人が死んだ!?」

「これから参加者がやって来て、企画を立てた五味久杜氏が凍死したことを知ったら、一気に口コミで幽霊スポットにはなるでしょうからね」

「ボクが凍死!? あのね、ボクはこうして生きています!」

「根倉さんの気持ちは分かるから、とにかくイベントを決行するか中止するかは、参加者や招待者の皆さんが集まった席で話し合ってきめることにしましょうよ」


 そう言って、五味久杜の従兄の豊が話を治めた。


「ボクが死んだなんて悪質な冗談はやめてもらえませんか? ボクがいなければ特撮俳優も特撮グッズも特撮ファンも集まらなかったんですよ!」

「何ですか、このガラクタの山は!」

「ガラクタって…あなたにはこれらの価値が分からないかもしれませんが、これは希少で高価なものばかりなんです!」

「こんなものに高値を付けて舞い上がっている大人がいると思うと世も末です。私の夫がこんな趣味を持っていたら即離婚です。気持ち悪過ぎ!」

「そんな偏見を…あなたは気の毒な人だ!」

「そうそう、あなたは気の毒な人です!」

「え !?」


 声のする浴室を見ると黒い塊が競りを始めていた。誰かが真ん中に立って競り落とされていた。勝手に競りを初めやがってと五味久杜は浴室に入ろうとするがガラス戸が開かない。競りは進んでいく。


「あなたは10000円分気の毒な人です」

「あなたは十万円分気の毒な人です」

「あなたは百万円分気の毒な人です!」

「あなたは一千万円分気の毒な人です!」

「あなたは一億円分気の毒な人でなしです!」

「やめろーッ! あんたたちは誰なんだ!」


 ガラス戸越しに叫んだ五味久杜に、黒い塊が一斉に振り向いた。


「死人は黙ってろ」


〈第14話「呪いのゴミクズオッター通り」につづく〉

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