箱根山

 神楽坂から西へ西へと歩いていたら高田馬場の辺りに出て、このままだと中野に辿り着いてしまうので大久保を通りゆるやかに戻ることにした。するとどうだろう。普段外国人ばかりの大久保通りが日本人の、それも十代二十代の女子で溢れ返っているではないか。私はすっかり気が滅入ってしまった。他人の進路を妨害することに於いて彼女らの右に出る者はいない。行列を作り、横並びで歩き、急に立ち止まる。しかも、手には何か串に刺した揚げ物を持っており、無理に追い越そうものなら服にべっとりと付けられるかもしれない。私はもう恐ろしくてたまらなかった。

 何処へ続く道かもわからないが、とりあえず人の居ないところを目指して足早に大久保の町を去って行った。十分ぐらい歩いただろうか。なんだか寂れて人気のない公園が目に留まった。そうそう、こういうので良いんだよ、と私はしたり顔で公園に踏み入った。公園の名は戸山公園といった。何故だか私は小学生のころの遠足を思い出した。やたらに桜が植えてあって、そのどれもが未だ蕾も付けていないので今のところただのはげ山である。ふと、箱根山の案内が目についた。大して高さも無い階段を上ると箱根山の頂上であるらしい。私は先ほどのストレスを解消するため一気に駆け上がった。すると頂上には中身の残された弁当が二つぶちまけられており、烏が突いていた。周囲は枯れ木に囲まれている。時期が来ると絶景なのだろう。桜さえ咲いていれば。私と烏と弁当と枯れ木。取りあえずこの瞬間はそれだけであった。小さな看板に登頂証明書が貰えるようなことが書いてある。私は思わず吹き出してしまった。

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