第3話 機織り

 朝食には少し遅れて、二人はフィーに殴られた。

 食事を終えると、子ども達を幾人か連れて、染料になる植物の採取に出かけた。秋の朝の森は、防寒しなければ風邪を引きそうな寒さだったが、木漏れ日の当たる場所はまだ暖かかった。

 植物によって染料として使える部位が異なるらしく、草花では花弁、茎、根、樹木では枝や実、花が咲く前のつぼみなどを集めた。勝手の分からないエルニカは何をしたらいいか分からなかったが、子ども達は大活躍だった。

 色をはっきり識別できる日中の内に、染色の作業も行った。フィーが取って置いたタマネギの皮は、ここで役に立った。染料になり、媒染剤で様々に色を変えるタマネギの皮は、コルネリアに言わせれば染料の王様なのだという。エルニカも作業に加わったが、子ども達の方が手際がいい。年下に舐められては人間関係で主導権を握るのが難しいと思ったエルニカは、「馬鹿馬鹿しくてやってられない」と、作業の手を抜くそぶりを見せた。彼自身は真剣に作業をしていたが、手抜きと言うポーズをしておくことで、完成度が低いのは当たり前だとアピールしたのだ。

 日が落ちると、室内の作業に移る。羊毛や麻の繊維を紡いで、糸にする。エルニカは幼い子らと一緒に、手で紡ぐ作業を任された。手紡ぎはかなり細かい作業で、手の筋肉が凝ってしまった。

 作業場を見渡してみると、年上の子達は、棒のような道具や、車輪のような道具を使って糸を紡いでいる。明らかにそちらの方が早いし楽そうだった。


「アウローラ、僕にもあの道具を使わせてくれ。あっちの方が効率がいい」

「駄目だ。基礎をおろそかにしてはいけない。道具の扱いにも慣れが必要だし、何より道具が壊れたときに糸が紡げないのでは作業が止まってしまう」

「君は作業すらしていないじゃないか!」

「私の仕事は全体の進行監督だ。私は私の役割を果たしている」


 エルニカは舌打ちをした。自分とそう歳の変わらない少女に従わなければならないのは、彼にとって屈辱だった。おまけに彼女は自分より不器用なはずなのだ。


(今に見ていろ、僕の技術が上がったら、僕の監督下で働かせて、恥をかかせてやる)


 糸紡ぎの次は機織りの作業だったが、これはコルネリアに教わった方が良いということで、エルニカはフィーに厨房へ引きずられていった。今日の所は昨日に引き続き、夕食担当になった。最初から覚悟して調理に勤しんだので、殴られる回数は昨日より減った。

 アウローラから色々言われたことも重なり、この日、エルニカは途中で何度も、もうやめにしてしまおうかと思っていた。





 一日が終わると、エルニカはベッドに倒れ込んだ。慣れない作業に一日中集中していたので、かなり疲れていたのだ。巾着切りスリや盗みで、これほど長く働くことはなかった。コルネリアに織物を教えて貰う体力が残っているだろうかと考えていると、ドアがノックされ、アウローラが入ってきた。


「エルニカ、ご苦労だった。これは今日の日当だ」


 アウローラは金子の入った巾着を差し出した。


「……ここの仕事は日払いなのかい?」

「いや、今日だけは日当を出してやれと婆様に言われているのだ。以前、月払いで手当を出そうとしたら、その前に作業にめげて逃げ出した子がいたからな、金払いの良いところを見せておけと言うことらしい」


 エルニカはなるほど、自分と同じ事を考える者はやはりいるのだと納得した。巾着の中身を確認すると、日当としては妥当そうな額が入っていた。が、達成感より徒労感の方が強かったので、彼はやや失望した。何故なら、


巾着切りスリ一回で稼げる額だな。僕にとっては端金はしたがねだ。これは明日にも逃げ出すかもね」

「そなたお得意の損得勘定でよく考えてみるが良い。旨い食事、暖かい寝床、追われる心配がない。という条件を金に換えるとどうだ? 因みに、徒弟奉公では年季が明けるまで給金が出ない所もあるらしい」


 エルニカはしばし考えた。彼にとっては悔しい事に、確かにそれらはかなりよい条件に違いなかった。

 ここで生きていくには、ここのルールに従うほかない。エルニカは内心苦々しく思ったが、今後のことを考えて大人しく両手をあげ、降参を示した。


「なに、疲れたから愚痴を言ってみただけだよ」


 アウローラは頷いた。


「婆様が帰ってきた。織物を習う元気は残っているか?」


 アウローラに連れられてやってきたコルネリアの工房は薄暗かったが、蝋燭を何本も灯して、結構な光量を確保していた。カタカタと織機を動かす音が聞こえる。


「こんなに暗くて、色が分かるのか?」

「織物は、染め物と違って、織る前にはもう手順は決まっているのさ。まぁ、慣れないと織り目を間違えるだろうがねぇ」


 コルネリアの織機には、色とりどりの糸が張られている。横糸を通す途中で色を変え、瞬く間に植物や動物の模様が織り上がる様は、それこそまるで魔法のようだった。織機には図案のスケッチが貼られ、細かい書き込みがなされている。コルネリアはそれに従って織っているようだった。


「……この模様は、婆さんが考えたのかい」

「そうとも言えるし、そうでないとも言える。偉大な先人から引き継いだ図案もあるし、それを翻案したものもある。いいかい、どんな天才的な技術も、技術である以上は、誰かが通った道さ。長い旅路かもしれないが、歩けないことはない。今日の所は旅支度だ。織りの基本について覚えてもらうよ。あんたが使うのはそっちの小さい織機だね」


 コルネリアが指し示したのは簡単な作りの織機だった。使い方を教えてもらい実際に機織りを始めたが、完全な手作業での縦糸と横糸の準備の面倒さに、エルニカは辟易した。縦糸は一本ずつ織機の枠に取り付け、シャトルに通した横糸も、いちいち縦糸に上下交互にくぐらせなければならない。糸を引き締める作業は自分の爪に糸をひっかけて行う。

 一方コルネリアは、大きな織機で布を織っている。作業効率化のためのからくりがあり、縦糸と横糸の操作は一瞬で終わる。糸の引き締めも、巨大な櫛を使って簡単に出来る。エルニカは面倒がって、そちらの織機を使わせてくれと頼んでみたが、基本が大事だと、昼間と同じように突っぱねられた。

 今までこんなに地道で緻密な作業をした事がないエルニカは、心底参ってしまった。手先もそうだが、なにせ暗いので目が疲れる。それでもなんとか、一枚布を織りあげた。


「まぁ良いだろう。どうだい、織物がどうやって出来ているか、その構造が分かっただろう。あんたが着ているその服も、こうやって織り上がっているというわけさね」


 エルニカは返事も出来ず、そのまま床に転がった。目の周りを指で揉みほぐす。


「だいぶお疲れのようだね。明日はもう少し明るいうちにやろう。それと、模様を織る方法も教えていくよ。一週間で糸車も織機も使わせてあげるから、それまで辛抱しな」





 翌日は、前日にこなした仕事を一通り済ませた後、主に機織りの講義を受けることになった。糸紡ぎには顔を出していなかった少女達が、コルネリアから機織りを教わっている。年の頃はエルニカに近そうだったが、男の子が一人もいないので居心地が悪かった。

 この日の講義は模様の織り方である。与えられた課題は、正方形の布の中に、四十五度角度をずらした正方形を内接した模様を織り上げること。三本のシャトルに異なる色の横糸を巻きつけ、模様の色が切り替わる度に横糸のシャトルを入れ替える。織りの手順はより複雑になった。

 だがエルニカには結構な自信があった。口には微笑が浮かび、目元には涼やかな余裕さえ見える。同時平行の細かい作業に関しては、ナイフの扱いで慣れている。最大で十本のナイフを扱う彼にとって、三つ程度の平行作業は、大した事はないように思われた。

 ――二時間後、織機を前に、乾いた笑みを浮かべるエルニカがそこにいた。織り目をどこで変えたらいいのかの判断が難しく、図案は美しい正方形にはならなかった。色の境目は所々織り目が飛び出している。途中でイライラして力任せになったのだ。


「静かにしてると思ったら、苦戦してたんだねぇ。声をかけてくれれば良かったのにさ」


 声をかけなかったのはプライドと、生存戦略の問題だった。裏社会では、腕力や技術に長けていないと生き残れない。発言力も低いまま、立場も低くなり、場所代を納めなければ仕事あくじを働けなくなる。だからこそエルニカは巾着切りスリの技術を磨いてきた。自分の得意な能力も犯罪に利用したし、頭領を裏切って成り上がろうとした。

 ここでも自分の器用さを見せ、優位な立場になろうとしたが、完全な失敗であった。


「……この仕事は僕には合わない」


 エルニカはコルネリアから顔を背けた。悔しさと恥ずかしさが、顔に出ている気がした。


「失敗は恥ずかしい事じゃあないし、こいつで人生が終わった訳でもない。そうだろう?」


 エルニカは自分の考えが読まれたようで、体をふるわせて驚いた。


「失敗から学ぶこと、失敗しなければ見えないことがある。失敗のおかげで、誰かに同じ事を教えるとき、相手の困難が理解できるし、相手の気持ちに寄り添える。これは大事な経験さ」


 歯が浮くような言葉に、エルニカは背中が痒くなった。それは彼にとって建前で、絵空事で、彼の人生には存在しない事だった。彼が失敗したとき、無法者の先輩・・達は容赦がなかった。足腰が立たなくなるほど彼を殴り、罵倒した。犯罪の失敗とは、牢獄への招待状である。命のやりとりをする場面での失敗とは、棺桶への近道である。つまり人生の終わり・・・・・・である。彼とて暴力や罵倒に納得していたわけではなかったが、理由を理解はしていたから、それ・・が当たり前だと思っていた。彼にとって何かを学ぶ事は、叱責され、罵倒され、殴られながら体で覚える事だった。そこから抜け出すためには、早く技術を身につけ、一人立ちする以外にはなかった。


「ほう、大したものだな、エルニカ」


 昔を思い出していたエルニカは、声をかけられて、はっと我に返った。自分の織物を、アウローラが覗き込んでいる。


「私の初めての機織りは、完成までに丸五日はかかった。それを数時間で仕上げるとは」

「一つ聞くけどさ、まさかその甲冑をつけたまま織物をしたんじゃないだろうね」

「勿論だ。こいつは滅多に外せない。道具がうまく使えないから作業が一向に進まない」   


 何の励ましにもならなかった。ところが、意外な事に他の少女達からも感嘆の声が上がりはじめた。皆、エルニカの周りに集まり出す。彼の織った布を手にとって、ため息をつく者までいる。


「本当、最初の頃のあたしたちに比べたら、断然上出来よ!」


 私は三日かかった、私はもっと織り目を間違えた、私は穴が開いてた等と口々に語り始め、エルニカを囲んでわいわいと話の花が咲いた。ようやく誉められていると気づいた彼は、またぞろ背中が痒くなってきた。こういう空気には慣れていない。

 詐欺のために変装をして、上辺で貴婦人と話を盛り上げる事はあっても、それは嘘で塗り固められた自分の虚像に過ぎない。生身の自分を誉められた事のないエルニカには、逆に居心地が悪かった。しかし、居心地が悪いだけでもなかった。


「ほうら、失敗した事があるというのはこういう事だよ。今、ほんの少し胸の奥が暖かくなっただろう。アンタをそんな気にさせるんだから、失敗ってのも悪くないだろう?」


 そうかもしれないと思う自分がいる事が、エルニカ自身、意外であった。ここに来てから、彼の調子は狂いっぱなしである。


「失敗したところで、上達しない奴もいるみたいだけど」


 調子を取り戻すために、エルニカは親指でアウローラを指して、精一杯皮肉を言う。

 それを聞いて、少女の一人が慌ててエルニカに耳打ちする。


「姉様はすごいのよ、指示に的確で無駄がないの。忙しい時期は作業場が混乱して仕事が滅茶苦茶になるんだけど、姉様が一声あげれば、すぐ解決しちゃうんだから。模擬戦では姉様のついた陣営には絶対勝てないもの」

「模擬戦?」

鬼ごっこタグに毛が生えたような戦の真似事だが、今の時代、いつ何時戦乱が起こるか分からぬからな。その時、争いを生業とする連中が何を考えてどう行動するかが分かれば、生存する可能性が高くなるだろう?」


 要は、アウローラにも役割があり、周囲にも認められているという事だ。


「ここは――僕の生きていた世界とは別の世界みたいだ」

「嬉しい事を言ってくれるねぇ。そうさ、あたしは今とは別の世界が作りたいのさ」


 老婆は遠い目をして宙を見つめた。


「この世は過酷だよ。恐ろしいこと、おぞましいこと、悲惨なことが毎日のように起きている。人は飢え、病に伏し、争い、憎み合い、奪い合う。そんな世界は悲しいだろう?」


 だからね、エルニカ。と言って。コルネリアは彼の目をじっと見つめた。


「あたしは、幸せな世界に住みたいんだよ」


 その目があまりに真っ直ぐすぎて、エルニカはコルネリアから目を反らした。まるで、疑うことを知らない子どものような目だった。


「そんな世界はこの世のどこにもないよ」


 エルニカの否定的な言葉に、コルネリアは堂々として答えた。


「そうさ、どこにもない。どこにもないから、あたしが――あたし達が作るんだよ」


 その背筋は曲がっていたが、エルニカより、なお真っ直ぐ伸びているように見える。


「そんな事はできっこないさ」

「やらなければ何事も成し得ない。誰もやらないから、あたし達がやるんだよ」


 その目はここではないどこか遠くを見つめている。それは夢想ではなく、未来である。


「婆さんに一体、何が出来るっていうんだ」

「我が名は『サウォインの憧憬』コルネリア・マルゴット・ヴァルプルガ。我が謂いは憧憬に過ぎぬが、だが憧憬では終わらせぬ」


 痩せて枯れて小さくなったその体には、偉大な力が宿り、実際よりも大きく見える。

 エルニカにとって、コルネリアの言っていることは空想に過ぎなかったが、そうではないと思わせる迫力がある。

 ――心臓が早鐘を打つ。

 だがそれは、何かから逃げる緊張と疲労から来るものではない。

 それは憧れである。

 来るはずのない憧憬を来ると思わせる、その眼差しへの憧れである。

 エルニカには永遠に来ないと思われるその憧憬に、この老婆は辿り着こうとしている。

 その事に、エルニカの動悸は速まった。

 彼自身は、何故突然鼓動が高なったのか分かっていない。

 だがこれこそ確かに、コルネリアがエルニカの心に種を蒔いた瞬間に他ならなかった。



◇◇◇



 エルニカが『真珠の家』に来てから、一月あまり経った朝。

 布団から這い出て、空気が暖かい事に気付く。窓の外は、最近には珍しい晴天だった。外は徐々に春めいてきている。

 ふと、夢も見ない程熟睡していたことに気付き、彼は驚いた。アウローラとフィーは先に起きて部屋を出たらしい。こんな事は何年ぶりか。

「だいぶ毒されてきたな……」

 実際、ここでの生活にはかなり慣れてきて、要領はよくなっている。水くみや水やりは、誰にも気付かれぬように手を触れずに物を操る力――見えざる手アポート/デポートを使い始めた。アウローラの言っていた、植物の声とやらも何となく分かる様な気がしてきた。

 染料の採集は子ども達が教えてくれた。彼らはコルネリアやアウローラ、フィー等の『教える立場』に強い憧れを抱いているらしく、折あらばエルニカに教授しようと、うずうずしている。

 織機は一週間と言わず、五日で使わせてもらえた。これには女の子たちが感嘆していた。聞けば、使わせてもらえるまでに早くても十日、長いと一ヶ月はかかるという。

 料理に関しては、いつの間にかフィーの右腕扱いされ、彼としては不本意であった。

 水やりをせねばと着替えをしている途中で、はたと今日は休息日であることを思い出した。子どもたちは、週に一度作業から解放され、自由に過ごしてよいことになっている。とは言え、エルニカには、ゆっくり休む以外にすることはない。ロンドンにはもう少しほとぼりが冷めてからでなければ、入る気にはなれなかった。

 ジョージに関してはコルネリアが探してはいたが、未だに見つかっていない。妖精郷に1ヶ月もいたら、まず無事ではいないそうで、見つかる望みも薄かったが、それでも老婆は捜索をやめることはなかった。エルニカにとっては終わったことである。


(面倒なのは生きていた時だ、死んでいるならそれでいい)


 その考えに、何故かまた胸にじくじくとした嫌な感覚が訪れるが、エルニカはこれをジョージから復讐される事への心配だと思っていた。

 部屋でぼぉっとしていると、子ども達に模擬戦に誘われた。いつもはフィーの陣営について参加しているやんちゃな男の子達が、昨日、厨房に忍び込んで大目玉を食らい、気まずいのでエルニカを大将に据えて参加しようというのだ。エルニカは色々考えて、自分の当番の仕事を一週間肩代わりする、と言う条件で参加を承諾した。勝てない勝負はしない主義のエルニカだったが、これで勝っても負けても、彼に損はない。

 模擬戦は、真珠の家の西、羊が放牧される丘陵地帯で行われている。通常、年長であるフィーとアウローラの陣営に分かれ、一つの陣営は十五人ほどで構成される。六才以下の子ども達には、安全面から参加は認められていない。

 模擬戦の勝利条件は三つある。

 第一に、拠点の確保。丘陵地に、砦や要衝に見立てた四本の白い旗を立てる。制限時間内にこの旗の過半数を、自分の陣営の旗と入れ替えれば勝利である。ただし、既に他の陣営に旗が立てられていても、旗を立て替えれば建て替えた陣営のものとなる。

 第二に、参加者を行動不能にして得られる得点を稼ぐこと。全参加者は、自分の陣営を示す色の細い帯を腰の後ろに縫い付ける。これは軽く引っ張ればすぐに千切れるようになっている。これを相手陣営に取られると、その参加者は『行動不能』となる。戦場で後ろを取られたら、殺されるか致命傷を負うか、良くて大けがをするという想定である。制限時間までにこれを相手より多く手に入れれば勝利となる。布には点数が書かれており、年長ほど点数が高い。つまり、年長者はより集中的な攻撃を受けやすく、帯を取られると陣営に大きな打撃になると言うハンディキャップを負っている。

 第三に、相手の大将の帯を手に入れることである。

 大将以外の子ども達は基本的に希望してどの大将に付くかを選ぶ。定員を超えた場合は、くじ引きとなる。

 模擬戦は、戦の真似事とはいえゲームの要素が強く、子ども達はとても楽しみにしていた。中には戦災孤児もいるので、嫌がる子もいるかと思ったが、殴る蹴るはないし、確かに鬼ごっこタグの延長線のようなもの(文字通りタグの取り合いだ)なので、忌避感はなかった。何より優勝賞品が効いた。勝利陣営にはフィーの手による菓子が振る舞われる。女の子たちが参加する理由は主にこれだった。



 


 その日の昼食後、参加者は真珠の家の玄関前に集まった。幼い子どもの面倒はコルネリアが見ているようで、この催しはほとんどアウローラとフィーが仕切っているようだ。アウローラは参加者の中にエルニカの姿を見つけると、目を丸くして驚いた。


「そなたも出るのか? こういったことには参加しないと思っていたが」

「いや、僕は――」

「そーなんだよ、エルニカ兄ちゃんは男の中の男だぜ!」


 エルニカを誘った男の子の一人が、間に割って入った。年の頃七~八才、模擬戦に参加する者の中では年齢制限ギリギリといったところで、一番背が低い。その黒髪は鳥の巣のようなくせっ毛で、あちこち絡まっているように見える。服の肘や膝には何重にも当て布がしてあり、一目でやんちゃで活動的な子どもだと分かる。


「僕は勝てるショーブはかならず勝ちに行くシュギだ、とかいってさ!」


 大筋で間違っていないような気がするが、言葉の使い方によってエルニカがやたら好戦的な男であるように聞こえる。そこにフィーが鬼の形相で近づいてきた。


「エリオ……テメェの考えてることなんざ丸わかりなんだよこのボケナス! この間のつまみ食いのせいで、俺に合わせるツラがねぇってんなら、姉様の陣営に付けばいいだろうが! テメェ等の都合で人様に迷惑をかけやがって。やりたくねえ奴を無理に誘うんじゃねぇ!」


 エリオと呼ばれた少年――本名はエリオット――は、ひぃと後ずさって怯えた。


「いや、やりたくないのはその通りだけど、彼とはきちんと取引をしてある。僕に全く利益がない訳じゃない。それに、訂正ついでに言っておくと、僕は勝てない勝負はしない主義でね」


 その言葉を聞くと、一転してフィーは面白がるような目でエルニカを値踏みし始めた。


「なるほどね……姉様、今日こそ勝ちは俺が頂くぜ」

「ほぅ、なにか策があるようだな、フィー。だけどもう少し腹の内が表情に出ぬようにしていた方がよいな、私にはそなたが何をしたいか、もう分かってしまったぞ?」

「分かってても防げねぇ策ってのはあるだろう」

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