「もうちょっと考えさせてください」

「上書き《オーバーライト》」


 屋上の扉に触れて唱える自己暗示じゅもん


 本来、魔法は。口に出さなくても魔法を発動させることはできる。

 しかし多くの魔法使いはそれを行わない。なぜか。人によって多少はニュアンスの違いはあるだろうが基本的にそうしないと、という一点に尽きるだろう。


 魔法と言うのは現実には起こり得ないこと、奇跡を起こすものだ。

 奇跡はそうそう起きるものではない。

 しかし魔法使いはそれを起こす。ではそうそう起きるものではないものをどうやって起こすのか。

 それはによって起こる。

 例えば空中に火の玉を飛ばす場合。普通、燃えるものがない場合火は点かない。だがそれを奇跡によって補っているのだ。「燃えるものがなくても炎は上がる」そう思い込むことで奇跡は起こる。


 もちろんイメージだけで魔法が起こるわけではない。他にも先天的なパスや魔力を細かく編み上げる器用さだって求められる。あくまで魔法使いにとって確固たる意志というものが重要、ということが言いたかったのだ。


 話を戻そう。なぜが必要なのだろうか。

 それはさっきも言ったように魔法が発動しにくくなるからだ。

 ではなぜ魔法が発動しにくくなってしまうのか。

 それは意志が弱いから、つまり雑念がは入っているからだ。

 こいつが実に厄介で、少しでも不安に思ったり他のことを考えていたりするとダメなのだ。


 さて、なぜ俺はこんなにつまらない事を中途半端に思いだしているのだろうか?

 なぜならからだ。


「……え?」


 全く手応えがない。編み上げた魔力が霧散していく。相変わらずその鉄扉はそこに重く佇んでいる。

 失敗した。そう自覚するのにたっぷり十秒もかかってしまった。

 多分気合いとか覚悟とかそのあたりの精神的なモノが足りなかったのだろう。


「はぁ……」


 一度深呼吸をして体内の空気を入れ替える。

 右手をドアノブに添えて目を閉じる。呼吸を抑えて手の感触だけに集中する。


 魔力形成。概念変更。閉錠から開錠へ。魔力射出。


 ガチャリと重い音が鳴って魔法がかかったことを知らせる。


 よかった……。これで失敗したら爺さんに殴られるな……。また「修行が足りん!」とか言って正座三時間とかやらされるんだろうな……。


 ドアノブを捻って重い扉を押し開ける。

 すると爽やかな風が流れてきて俺の髪が小刻みに揺れる。


「遅いです!」


 同時に後輩の怒声も飛んできた。


「悪い、ちょっと開けるのに手こずっちゃってさ」

「手こずるって、この扉開けた回数私より先輩のほうが多いですよね? 前に一年の時から時々来てたって」

「そうなんだけどな、俺が使ってるのは正規の手段じゃないから」

「……ピッキングですか?」

「違う、そういうんじゃない」


 後輩の目線が鋭くなって俺の肌を刺す。


「じゃあ何ですか? 合鍵ですか?」

「俺は金属は使ってないよ」


 後輩はさらに怪しげに目を細めて俺を見る。


「プラスチックの鍵?」

「多分そんなものは地球上に存在しない」


 そんな壊れやすいものを鍵の材料にはしないだろう。多分。


「……わからないです」


 あれ、ギブアップ早いな。もうちょっと粘ると思ってたんだが。もうちょっと粘らせてみるか。


「諦めちゃうのかー、正解したら何でも言うことを聞いてやろうと思ったのにー」

「もうちょっと考えさせてください」


 急に真剣な表情になって考え出す後輩。そんなに言うこと聞いてほしいのか……。


「チャンスは三回までな?」

「はい……」


 うんうん唸って考える後輩。それを優しく見守る俺。

 なんか平和だ。こんなことで必死に悩めるって素晴らしい。


「実はカードキーでも開く扉だった」

「不正解」


 確かに金属でもプラスチックの鍵でもないな。カードの材質はプラスチックだろうけど。

 でも意外と面白いな。これでカードキーが出てくる発想は悪くない。それくらい突飛でないと当てられないだろう。


「……実はあの扉は先輩に対してだけ鍵が開いてしまう、とか?」

「全くないな」


 俺が開けた後は勝手に閉まるけど。魔法の効果が切れて概念が閉錠になっただけのことだ。すると勝手に物体は概念通りの状態になる。

 つまり、俺がここの扉を開けると、ここの扉は鍵まで閉まる。

 端から見れば不思議現象だ。


「さあ、あと一回だぞ」

「わかってますよ……」


 すると後輩は何を思ったのか俺の顔を眺め、体を眺め、最後に目を見た。

 しばらく見つめ合ったまま動けない。喉が張り付いて思ったように声が出なかった。


「先輩」

「……なんだ?」

「…………」

「…………」






「……もしかして魔法使いですか?」


 俺は絶句した。


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