5-2

「この花には、毒があるんよ」

 すーちゃんにそう言われて私は出していた手を慌てて引っ込めた。あんまりにもきれいなのでひとつ摘んで帰ろうと手を伸ばしていたところだったのだ。

「ヒバンバナって言うんよ」

「ヒガンバナ」

 毒々しいほど真っ赤なその花。私はシャンデリアみたいだなと思った。群れるようにあっちにバサリ、こっちにバサリと咲くその花は何か魅せられそうな怖さと美しさがあった。

 摘んで帰ろうと思っていたことも、花に思わされたような気になって怖くなった。

 しかも毒があるだなんて。毒のような恐ろしいものがこんな風に道端に生えているなんて。子どもは、確実に大人に守られていると信じていた私は、大人をも知りえない恐ろしいことを知ってしまったような気がした。

「ヒガンバナってね、お彼岸の時に咲くからヒバンバナっていう名前なんよ」

「お彼岸の日」

 お彼岸の日は、特に祖父母が私に向かって「ご先祖様に感謝せんといけん日」というあの日だ。

 私は、なんだかその日が怖かった。

 ご先祖様と言っても会ったこともない人たちで、私にとってご先祖様は幽霊だった。幽霊のイメージと真っ赤が合わさって私の中で彼岸花がもっと毒々しいものにかわる。


「死人花って呼ばれることもあるんて。」

「シニビトバナ?」

「うん。あの花には毒があるけえね。これを食べると「彼岸」、つまり「死」あるのみっていう意味があるんよ。だから死人花」

 私は、彼岸花が咲くたびに少しだけ怖くなった。

 あの花がいつか私を魅了してその豪華な赤を私に食べさせる時がくるのではないか。そして私は此岸から彼岸へつれていかれるのではないだろうか。


「はい!これ使って鼻血拭きな」

 すーちゃんの差し出してくれたのは、ショートケーキの匂いのするポケットティッシュだった。

 私は甘い匂いで此岸に帰ってくる。

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