姫女苑

3-1

 雨の上がった帰り道、私とすーちゃんは長靴を履いていた。

 少しぶかぶかの長靴は歩くたびに、ぼっかぼっかと音をならしている。



 長靴はすごい。

 長靴を履くと私たちは無敵になった。

 ぬかるんだ運動場のはしっこ、大きな水たまり、水滴のたくさんついた草原、どこへでも傍若無人に歩みを進めることができた。


 素敵な冒険のはじまりだ。

 普段歩かないところを順番に踏みつけていく。乾いているいつもの道路なんて面白くない。



 私たちが選んだのは「綱渡りの道」だ。

 これは、「道」などという名前がついてはいるがそうではない。ただの溝の側面だ。




 道路のはしっこにある、家庭用排水を流す側溝は、蓋もなく流れがよく見える。当然、雨が降ったあとは少しだけかさが増している。


 側溝の向こうは、水はけが悪くぬかるんだ野原がある。上から見ると「道路・側溝・野原」の順だ。


 私たちの言う「綱渡りの道」というのは、ぬかるんだ「野原」と排水の流れる「溝」のあいだにある、ただの「溝の側面」である。



 溝の側面は、ちょうど足の幅くらいの細いもので、コンクリート製。

 雨が降ったあとのこの道は、溝の中の水と、土のえぐれた部分に溜まった水とにはさまれて孤立する。私たちはその上を、平均台のようにバランスを取りながら歩く。

 スリル満点の綱渡りだ。

 落ちれば、右も左も汚く深い水たまりが待っている。



 ここで落ちてしまうのが、私だ。

 私はいつもそう。ドジなくせに何でもやりたがる。


 ぼっかぼっかとなるぶかぶかの長靴、手にはサーカスの人をイメージして開いた傘。


 落ちる寸前、「あ、私、落ちるなあ」と思った。


「綱渡りの道」は、つるんとしたコンクリートではなく、長年、雨風をうけてとげとげしていた。そこに、長靴の底がひっかかったのだ。

 それほど、深くない溝だが、かさの増した汚い水は、私の長靴より高かった。


 じーわ、じーわと靴下に水がしみこむ。落ちた時についた手が痛かった。





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