上からではなくて、下から
とりあえず、今まで起きたことを整理しよう。
ことの発端は、間違いなく犬ドロボーだ。間違いない。
ピィちゃんを拉致した灰色の男を追いかけていたら、目の前が真っ暗になったところまでは、覚えている。
転移してきたのは、わたしだけだってラッセは言ってた。けど、灰色の男も実は
ウノが言うには、アルゴって人が一番この
「ハロー、ワールド。これって、チャンスじゃないの」
膝の上で両手を握りしめて、ピィちゃん救出の決意を新たにしたんだ。
それにしても、
丸呑みにされた時は死んじゃったんじゃないかって思ったけど、この
立ちっぱなしで疲れたと言えば、こうして座り心地のいいソファーを用意してくれた。
白一色でちょっと息苦しいというのが欠点だけど、もう慣れた。
かなり
もうすぐ本部ってところにつくらしいけど、それまでに少しでもたくさん
「そう言えば、わたしの前にも地球から来た人がいたみたいなこと言ってたけど、その人たちはみんな帰ったんですか?」
「もちろんである。我のように移住が認められる方が少ない」
ウノは意外とおしゃべりなやつだった。
目の前に浮かんだウォーターボールに表情はないけど、高校の数学の中年男性教師の得意げな表情と重なる。好きか嫌いかってなると、嫌いじゃない先生だ。数学は得意じゃないけど、自分の教科に自信を情熱を注げるのは、暑苦しいけど嫌じゃない。
たぶん、ウノみたいなイケボだったら、嫌いじゃないよりももっと好感度高かっただろうな。
「移住の条件は、ただ一つ。帰る世界がないことである。例外もまれにあるが、な」
「じゃあ、ウノの世界は……」
「そのような顔をするでない。世界は無数にあるのだ。今この時も、我の故郷ザナドゥのように、消滅する世界もあれば、生じる世界もある。我がザナドゥで生を受けたときには、荒廃がかなり進んでおったからな、むしろ
「そ、そうな、んだ」
せっかく、触れてはいけないことに触れてしまったのかと気を遣ったのに。
空気のような奴なのに、ウノは空気がよめないやつなのかも。
「我はザナドゥとともに消滅するはずだった命を、この
「こいつ、喋りだしたら止まらないから、適当に聞き流していいよ」
肩に腰掛けているラッセが、耳元で囁いてきた。
たしかに適当に聞き流すしかなさそうだ。下手に相づち打ったりしたら、さらに話がややこしくなって長くなりそうだし。
いや、でも、放っておいても、このままずっと喋りっぱなしかも。それはそれで困る。
気になることがあるのに、解決しようにも面倒くさそうで困っていると、床で伸びてたダルが尻尾で床を強く叩いた。
「るせぇよ、ウノ。少しは静かにしてくれよ」
「なんだと、脳筋が……」
ダル、ナイスです。
たぶん、今までも黙って聞き流しておけばいいものを、下手に口を挟んで
案の定、二人が不毛なやり取りを始めると、ラッセがコツっと頭を叩いた。
「こりないよねぇ、ダルのやつ」
『ですが、ダルとウノのコンビネーションは、巡る円環の
「あーそれって、二人で一人分の優秀ってことでしょう?」
『もちろんです』
しれっとトビーもラッセもひどいこと言ってる。この二人は、たしか
相性が良いのか悪いのかよくわからない
そんなどうでもいいこと考えてながら、次に何を訊こうかちょっと迷っている。まだまだわけがわからないことが多すぎる。もし、ピィちゃんがこの
『まもなく本部に到着します。排出準備を開始します』
中性的で抑揚の少ないトビーの声が、ことさら事務的に告げてきた。
床に伸びていたダルが気だるそうに立ち上がったり、肩に座っていたラッセも金色の
「排出って?」
なせだか不穏な響きに、不安になってしまう。
『リンも立ってください。
「エ、エッグって、まさか……」
それは、排出ではなくて産卵ではないか。
おそるおそる立とうとしたけど、腰が引けてしまっているわたしの目の前で、ダルとラッセの体が一回り大きな白い卵になってしまった。その向こうには、ワゴン車くらいある大きな卵もある。きっと中には、
『リン、できるだけ直立してください。排出は一瞬ですみますので、早く直立してください』
「は、はぃ」
そうだった。ここはあのバカでかい目付きの悪い鳥のお腹の中だった。
閉所恐怖症とか暗所恐怖症じゃなくて、本当によかった。
『それでは、排出のカウント開始します。10、9、8……』
思わず止めていた呼吸をうっかり再開したけど、息苦しくない。
っていうか、一瞬ですむのは排出だけで、カウントダウンはふくまれていないのか。
『……4、3、2、1、
一瞬、エレベーターが下降するような浮遊感があったけど、すぐに目の前が明るくなった。
「これが、本部ってとこ?」
それは、まるで巨大な深緑色の天球儀だ。
わたしは、巨大な天球儀の一番外側の帯の内側に立って、頭上でゆっくりと動いている深緑色の帯たちは、とても神秘的だった。
わたしなんか、ちっぽけな存在だと突きつけてきた。
無数にある世界の中で、地球の中でもちっぽけなわたしが、ピィちゃんを取り戻せるのか、泣きたくなるくらい不安になった。
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