第4話 夜襲

 神殿には乗り合い馬車で15日かかった。

 聳え立つ巨大な城壁に囲まれた神殿を中心にした城塞都市だ。城門の開閉時刻は厳格に守られていて、わずかでも遅れれば、例え王侯貴族の馬車であっても通過できない。


 乗り合い馬車が到着したのは、もう陽が落ちた後のことだ。

 当然、城門外で野営になる。

 そう思って、干し肉を囓りながら、道中で汚した短剣や細剣の手入れをしていると、


「冒険者協会から派遣されたのは君かな?」


 聞き覚えのある声をかけられた。

 見ると、鑑定の時のエルフの青年神官が旅装で立っていた。どこかへ行って戻ってきたところらしい。神殿の紋章が縫われた幌馬車が3台連ねて続いていた。


「改めまして、冒険者協会から派遣されたシンです」


「神官のミューゼルだ。神殿騎士を兼務しているんだけどね」


 青年神官が長いローブの前をちらと開いて見せた。内に、銀色の胸甲を着けて、腰に巻かれた革ベルトには長剣が吊られていた。黒革紐を巻いた柄に擦れがあり、鯉口周囲の金具に脂汚れが見られる。


 俺は無言で、神殿の紋付き馬車へ眼を向けた。


「怪我人が出ちゃった」


 ミューゼルが馬車を眺めながら言った。

 幌馬車の中は、異様なくらいに静まりかえっていた。怪我人が居るのだろうに、うめき声すら聞こえない。


「魔物ですか?」


 そうじゃ無い気がしたので訊いてみた。


「見かけは、山賊・・かな」


「・・どこかの兵隊ですか?」


「どうなんだろうねぇ?部下を残してきたから、少しは調べてくれていると思うんだけど・・人間相手はちょっと生々しかったかな」


 ミューゼル神官の口ぶりで、おおよその事情が飲み込めた。

 幌馬車に乗っているのは、"実地訓練中"だった召喚勇者達なのだ。あの少年少女達の訓練中に、正体不明の武装集団に襲われたということなのだろう。


 魔物を狩るのと、生身の人間を相手にするのでは、相手を殺害した時に感じる罪悪感は雲泥の差だ。


「死人が?」


「こちらは早めに逃げ出したから怪我人だけだね・・王国軍が担当していた子達は非道いことになっていたよ」


「・・そうですか」


 仲間の死骸を目の当たりにする状況だったに違いない。

 辛い経験になってしまったようだ。


「君に担当して貰いたい子達も乗っている」


「怪我を?」


「男の子が矢を受けて倒れてね、その子を庇おうとした女の子が斬られたらしい」


「俺が担当するのは何人なんです?」


 話を聴くうちに不安になってきた。そもそも、ろくに事情を知らないままに強引にあてがわれた仕事だ。準備不足は否めない。


「う~ん・・どうなるんだろう。本当なら25人お願いするつもりだったんだけど、こんな事があって、まだ訓練に参加するかどうか」


「訓練は強制では無いんですか?」


「希望者だけだよ?」


「しかし、外へ出られるようにならないと、暮らせなくなるでしょう?強制してでも訓練を受けさせた方が良いんじゃないですか?」


 そもそも何のための召喚だったのか。


「国王陛下は、今回の勇者召喚を悔いていらっしゃるようでね。希望する子達には、王都で寄宿舎を用意して、ある程度の自立した生活ができるように職業の支援をするらしいからね。わざわざ危ない思いをする必要は無いんじゃないかな?」


「えっ? それって、事前に通知されていたんですか?」


「もちろん。全員に通知して、理解したっていう署名まで貰ったよ?」


 実地での訓練は命を落とす可能性があると説明した上で同意書をとってあるそうだ。もちろん、訓練など止めて王都へ行く選択肢があると通知した上での事らしい。


「そう・・なんですか。なのに、わざわざ外に?」


「みんな、妙に自信いっぱいだったからね。根拠は不明なんだけど・・でも、もう行く人はいなくなるんじゃないかな?」


 ミューゼルが苦笑して見せた。


「そうかもしれないですね。その場合、俺が受けた依頼はどうなるんでしょう?」


 まさかの無駄足だろうか? 今更、支度金を返せとか言われても困るんだけど・・。


「う~ん、その辺は司祭様か、神官長様に訊いてもらった方が良いかなぁ」


「・・そうですね。そうでした。神官長様に会うように言われていたんでした」


 確か、アマンダさんだったかな?


「あ、そうなんだ?もう門が閉じちゃってるから、明日にでも会ってみたら?」


「そうですね」


 俺はちらと大きな門を見てから、その脇へ寄せられた乗り合い馬車を見やった。


「ん・・?」


 ふと、俺は違和感を覚えて首を巡らせた。


「どうかした?」


 と問いかけた、ミューゼルの顔に緊張がはしる。



「魔人・・かな」


「あれが?」


 俺は闇を見透かすように眼を眇めた。


 ボルゲンが化けて出たかと思ったくらいに、筋骨隆々とした巨漢だった。青白い肌色に、銀色の髪、瞳は金色に輝いていた。側頭部に左右二本ずつ、ねじ曲がった角が生えている。

 魔人は、金属というより、何かの甲羅のような突起物のある甲冑を身につけ、手には反った大刀を握っていた。


 たった1人だ。



「俺、魔人って初めて見ました」


 龍などと並んで、冒険者が生涯出会いたくない敵の一つだ。

 背負っていた鎧櫃を下ろして、楯と兜を取り出しながら、俺は神官達の位置を見回した。全員がほぼ反応できていない。怪訝そうな視線を向けて、ぼうっと立っていた。


「みんな、呑まれちゃってるのかな?」


 ミューゼルが嘆息しつつ、ローブの裾を払うようにして長剣を抜いた。


「俺、前で抑えます」

 

 とりあえず、兜だけ頭に載せ、円楯を左手に右手に細身の剣を握るとミューゼルに声をかけた。他の連中が動けないのなら、俺が前で敵の動きを抑え、ミューゼルに聖魔法で攻撃して貰うのが一番良いだろう。なにしろ、俺には近距離でしか、まともな攻撃手段が無い。


「よし・・前は任せよう」


 ミューゼルが頷く。


「行きます」


 短く宣言して、俺は細剣を手にするすると前へ出た。

 魔人らしい巨漢との距離は百メートル程度だ。

 俺の攻撃の間合いは、3メートル足らず。


 近寄るまで放置してくれるとは思えないけど・・。


「どこの人かな?」


 とりあえずの時間稼ぎになればと、歩きながら声をかけてみた。


 まあ、返事は無いんだろうけど・・。


 そう思っていたのに、


「貴様達が魔族領と呼ぶ土地より参った。ヨルンツ混沌が沌主、ヴィ・ロードという者だ」


 野太いが、意外なほどに落ち着きのある男の声だった。声の感じだけで言えば、30代くらいの人間に近いだろうか。


「シン・・と言います。1年ほど冒険者をやってます」


 俺は、魔人の正面やや左側へと回るようにして近づいて行った。

 これといって攻撃はされない。

 すんなりと、10メートルほどの距離まで近付くことができた。


「我が威を浴びて、平然と立っておるとは・・面白い輩がおるものだ。貴様・・シンと申したか? それから、あそこで呪を準備しておるエルフの神官・・楽しげな輩に2人も出会えるとは・・・たまの散歩も悪くないな」


「散歩・・ですか?」


「ふん、少し戯れてやろうか。大量に勇者共が招き出されたと聞いたのでな。さぞや遊び甲斐のある奴等だろうと来てみたが、まだまだ雛鳥ばかりでウンザリしておったところよ」


「雛鳥・・見事な表現ですね。確かに・・ヒナだな」


「・・? 妙な感心の仕方をする。シン・・貴様もまた勇者であろう?」


 魔人が面白いものを見るかのように俺の顔を眺めた。


「いえ、俺はどうも・・毛色が違うようです」


「ほう?」


「転生者なのでは無いかと言われました。この体に、異世界から転生してきたと・・前のことを覚えて無いので・・はっきりしないんですけど」


 だらだら話せたおかげで、5メートルまで近づけた。

 ここからが、俺の間合いだ。


「・・なるほど。確かに、少々、気配が異質だな」


「そうなのですか? 自分ではよく分かりませんが・・」


「まあ良い。今、この場において、我が遊び相手と成り得るのは、シン・・貴様と後ろの神官のみだ。ちょうど良い月が出ておることだし、しばし戯れようではないか」


 沌主ヴィ・ロードが大きな曲刀を頭上へ高々と振り上げた。



「・・望むところです」


 俺は、細剣を眼前に直立させ、左手に握った円楯を腰近くへ引きつけた。

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