召喚された少女達にしか救えない世界 ~先生っ、もう止めてぇ~!

ひるのあかり

第一章 冒険者群像

第1話 召喚勇者達

 この世界には、異世界からの漂着者が少なからず居る。


 国や教会などによる勇者召喚が有名だが、巻き込まれてしまって召喚された者や召喚された訳でも無いのに移住するように世界を渡ってきた者、魂だけが漂着してこちらの世界に転生した者・・・さらに、そうして召喚された者や転生者の子供達まで居るのだから、稀少というほど人数は少なく無いらしい。


 だからといって、いざ当事者となってしまうと、ああそうですか・・とは言えない。


 俺を召喚したのは、何かの宗教の団体だった。

 何か魔術の手違いがあったのか、召喚をした時に術者達が命を落としてしまった。おかげで何の説明を受ける事も無く、ぽつんと1人で床に座ったまま呆然としていた事を覚えている。


 何しろ、俺には記憶が無かった。

 これも困ったことだった。

 

 詳しい人によれば、種別としては"転生"だろうと・・記憶は何かの弾みで蘇るんじゃないか?そういう話だった。召喚では無く、降ろした感じなのだと言う。


 記憶は、前世の記憶を持った人間との会話などで、ふいに蘇ったりするそうだ。

 そうした訳で、冒険者協会の副支部長から紹介状を貰って、俺は勇者召喚の現場に立ち会うことになったのだった。


 ああ、言い忘れていたが、俺はこちらの世界で言うところの、グラスランナーと呼ばれる高原の花妖精を祖とする種族・・(たぶん)・・の身体らしい。

 一般の成人よりも、ほっそりとしていて手足も華奢だ。

 顔付きも童顔で、15、6歳くらいに間違われる。実際の年齢は不明だったが、いくらなんでも自分自身の物の考え方など15歳とか、そんな幼い感じはしない。世間擦れしている自覚がある。なので、転生前はもうちょっと年上だったんじゃないかと思う。


 同じく妖精を祖とするエルフが、涼しげな目鼻立ちの繊細な美貌をしているというのに、俺の方は・・・まあ、それなりに整っている・・と言われることもある程度だ。花妖精というのは、同じ妖精種でも残念な部類なのかもしれない。


 妖精が祖だと言うだけあって、まあまあ長命種らしいんじゃないかという話だった。そもそも、グラスランナー種というのは非常に神経質で滅多に人前には姿を見せないらしい。見つかると、びっくりするくらいの速さで逃げて行くのだとか。要するに、どんな種族なのか、どんな生活をやっているのか誰も知らないのだ。草原を走って逃げて行くから、グラスランナー・・種族名というより、単なる渾名あだなのような感じだ。


 外見の整い方が、ボチボチなおかげで、エルフがその容姿ゆえに狙われたような、種族狩りのような凄惨な歴史は無かったらしい。

 そういえば、ちょっと耳が尖り気味かしら? 肌が女の子みたいに綺麗ねぇ・・という程度なのだった。つまり、かなり地味な種族なのだった。



「リア・・・いえ、ボルゲン殿の紹介ということでしたが・・・貴方も一緒に説明を聴きますか?」


 どうやら司祭様らしい豪奢な司祭服を着た二十代半ばくらいの女性に問われて、


「邪魔はしません。隅の方で様子を窺うだけでも良いのです。お願いします」


 俺は、なるべく礼儀正しく見えるようにと冒険者協会のリアンナ副支部長に教えられた作法通り、胸元に手を当てて頭を下げた。

 どう見ても年少者にしか見えない人間が、不慣れながらも丁寧に礼を尽くそうとしているのだ、司祭はもちろん、周囲の神官や護衛の騎士など表情を和らげて見ている。


「では、特別に許可を致しましょう」


 司祭に促されて神殿の片隅へと移動した。司祭達は、そのまま大扉の向こうへと入って行った。

 すでに異世界の人間が召喚された後で、今は王国の代表者による状況説明が行われているという。

 それが終わると、この場へ移動して来て、健康状態などの検査、今後の進路などについての相談や仕事の斡旋などが行われるそうだ。


 ぽつん・・と、廃墟に放り出されていた俺の時とは、えらく違う。



「あちらにあるのが、鑑定の魔導具になります。召喚された勇者様方の後になりますが、ご自身の能力を調べてみると良いでしょう」


 若い神官が説明してくれた。いつもお祈りをやっている訳では無いらしい。神官の仕草にどこか油断ならない凄味を感じた。おそらく、何かの武芸をたしなんでいる。


 水晶球にびっしりと模様が刻まれた物が台座へ据えられていた。男女の神官が左右に立っていたが、水晶球の高さだけでも二人の背丈くらいある。


「ずいぶんと、大きな物なんですね」


 俺はその巨大な魔導具に眼を見張った。青白く湯気のようなものが立ちのぼっているように見える。もの凄い存在感だった。


「ええ・・大陸広しと言えど、これ以上の精度で測れる鑑定具は現存していないでしょう。神々の残された品だと伝えられております」


「やっぱり、カリーナ神殿は凄いんですねぇ」


 俺が素直に感心すると、


「ここは、大地神をお祀りする最古の神殿ですからね」


 年若い神官が微笑して見せた。

 この神官が若いというのは見た目のことだ。種族は、どこからどう見てもエルフ族。隣に立つと悲しくなるくらいに美的な存在感が違う。


 大地神というのは、豊穣の女神として農耕が盛んな地域で祀られる事の多い神様で、日照りが起きると女神様のご機嫌が悪いとか、豊作になれば感謝の祈りを捧げたり・・まあ、そんな感じで庶民から愛されている神様だ。・・と、俺は認識している。


 神殿に入ったのは初めてだったが、先ほどの女性司祭様も、ここにいる神官様も、雰囲気は柔らかく、人を見下したようなところがないのは好感が持てた。


「リアンナ・・・ボルゲン様の紹介状には、貴方は転生者だと書かれていましたが、そうした記憶が無いのですか?」


「はい・・それで困っています。冒険者協会でも魔導具を使って調べて貰ったのですけど、召喚では無く、転生だということでした。ただ、転生の前のことが思い出せないのです」


「それはお辛いでしょう。鑑定の魔導具では、現在の状態を調べることは出来るのですが、前世のことなどは・・」


「はい。リアンナ副支部長には、召喚された人と会話などすると、それが切っ掛けで何かを思い出すんじゃないかと言われました」


 何が呼び水となって記憶が戻るのか分からない。とにかく、色々なことを見聞きするのが近道だろうと・・。


「確かに、そうしたことはあるのかも知れませんね。ただ、異世界の方々が・・温和に話を聴いて下さるとは限らないのですけれど」


「・・危ないんですか?」


「伝承では、あちらの世界で命を失う間際の方達を招来するのだと・・そう記されているのですけれど。例え、そうであったとしても・・・逆に私が異界に召喚されたとすれば、おそらく・・とても不安になるでしょうし、すぐに事態を受け入れるのは難しいと思います」


 青年神官が言った。


「なるほど・・それはそうでしょうね」


「召喚の儀というものは、こちらの都合では成し得ません。本質的には、こうした召喚・・転生などを希望する気持ちを持っている方々にしか因子の糸は結べませんから」


 つまり、ここで行われたのは、強制的な召喚では無く、妙な言い方になるが"お見合い"のような召喚らしい。


「そうなのですか?なら・・俺・・私もそういう感じだったんでしょうか」


「おそらく・・ですが、様々な手法が存在するようです。貴方自身で思い出すしか本当のところは分かりませんね」


「そうですね。忘れていても生活に困る訳では無いので・・気長にやってみます」


「ふふ・・それが良いでしょう」


 青年神官と和やかに会話をしていると、大扉を閉めた祈りの間の方が俄に騒々しくなってきた。

 ちょっとした口論のような感じだ。


「説得に失敗したのでしょうか」


 神官が小さく溜息をついた。


「説得?」


「私達は魔物を斃すことで少しずつ神力を得られるのは御存知ですか?」


 魔物というのは、生きとし生けるもの全ての憎悪や怨念、悲しみや絶望などが大地に染みて大地の生気と混じり合い、ある種の膿のようなものとして姿形を成したものだと言われていた。魔物を斃すことで、そうした生気が大地へと戻される。

 その時、魔物の討伐者が得られる神力はその御褒美のようなものだと・・マシッドという先輩冒険者が笑いながら言っていた。


「はい。先輩から教えて貰いました」


「微々たるものですから、一般にはあまり知られていないのですけれど・・こうして異世界から渡って来られた方々は、大きな恩恵を得られるのだそうです」


 ゆえに、勇者の素養がある者達だと重宝がられているのだ。


「そうなのですか・・すると、魔物討伐を依頼しているのでしょうか?」


 さすがに、異界から喚ばれてすぐに魔物と戦えと言われても困るだろうな・・と、俺は内心で苦笑していた。

 彼ら彼女達が暮らしていた異界がどんな場所か知らないが、ここは城壁や防塁の外に出れば魔物だらけである。王国の依頼が無くても、戦わないと生き延びられないのだが・・。

 後ろ盾の無い異世界人となると、いきなり1人で生きて行くのは困難だろう。感情的なことは我慢してでも、王国に頼った方が良さそうな気がする。

 王国が気前よく無償で生活保護をやってくれるのなら別だろうが・・。


「・・3人だと聴いておりましたが、どうも・・多いですね」


 神官が扉越しに聞こえてくる声に耳を澄ませながら首を傾げていた。


 確かに、3人どころか、数十人・・・それも若い男女の怒声やら罵声みたいな興奮した声である。


 少数人数なら大人しい人間も、数が多いとなると強気になるものだ。

 これは、相当にもめるかもしれない。


 俺は、ちらと周囲の神官や神殿の衛士達を見た。


「大丈夫ですよ。中には騎士の方達がおられます。召喚されて間もない内は、こちらの人間と大差ありませんから・・ただ、互いに宜しくない邂逅になってしまいましたね」


 神官が諦観したように呟いた。


「俺・・ここに居て大丈夫ですか?」


 俺は小声で訊いた。見せしめに何人か斬り殺すとか・・外部の者に見せたく無いことが起こるんじゃなかろうか?

 王族や貴族に不敬を働いたら、その場で斬り殺されるのが当然の世界だ。

 騒ぎ立てる異界人達は一線を越えてしまった感がある・・。



「大丈夫・・ですが、そろそろ耳を塞いだ方が良いですね」


 そう言って、神官が両手で耳を塞いで見せた。


「耳を・・?」


 俺も急いで耳を塞いだ。


 直後、


「黙らんかぁーーーーーーっ!」


 びりびりと空気が振動するほどの大音声が扉の向こうから響いてきた。


 あの、女司祭の声だった。

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