仮面騎士ヒーローになってお姫さまの笑顔を守りたい!

綾崎サツキ

第1話 あこがれのヒーローに

 やあ、初めまして。こんにちは、こんばんは。私は女神です。

 羽が生えてない? 輪っかがない? うん、実際は付いてないんだよね。この金髪碧眼が証拠ということにしてほしい。一種の人種と判別は付かないと思うけど、信じてほしいな。

 ここは、君たちの言う天国のようなところ。いや、その入り口というか、外というのが正しいのだけど、道を選べる場所、かな?

 つまり、君には選択肢があるんだ。

 え、死んでるの? だって? うん、残念ながら死んでしまった。ここにあるのは君の二十一グラムだけだ。

 なぜ死んだかは……おいおい思い出してほしい。どちらに進もうとも思い出せることだろうから。

 それで選択肢なんだけど、このまま死後の世界に行くか、異世界に行くか。

 アニメや漫画みたいだろ? 実際、別の世界というか、違う歴史をたどった世界はあるんだ。その中に、君に言ってほしい世界が一つあって、そこでもう一回生きられる。死んだ時の年齢でね。

 死後の世界に行けば、幸せに生きられるよ。だけど、そっちだと転生はないからごめんね。神さまが許してくれないんだ。

 異世界に行けば……今まで通りに生きることができるよ。

 悪いけど、神さま、女神さまからの加護は今まで通りだと思ってほしい。特別な何かは与えられないんだ。

 もちろん、つらいことも悲しいこともあるかもしれない。同じくらい幸せなこともあるかもしれない。

 それでも、もう一回、生きてみない?

 ……ありがとう。異世界に行くことを選んでくれて。君ならきっと救える。

 私からは特別な力は与えられない、ってさっき言ったけど、一つだけ、助言というか特別な何かを見つけるための道しるべをあげる。

 どんなことがあっても、正義を忘れないで。ラブ&ピースでもいいや。正しくあろうとしてほしい。そうして生きてくれれば、きっと良いことがあるよ。つらいことがあっても、それを乗り越えた先にね。

 それじゃあ、今度は君が人生をきちんと全うしたら、また会おう。成長した君と出会えるのを楽しみに待っているからね?




 一度死んで蘇る。上手くは説明できないけど、苦しくなるまで水の中に潜って、やっと浮上した、そんな息苦しさと開放感があった。

 だけど、大きく吸いこんだ空気は、鉄臭くて……思わずむせる。

「げっほ……」

 だけど、それがいい気付けになったようだ。目を覚まし、起き上がる。

 取りあえず、膝立ちで辺りを見渡すと……レンガ作りの廃墟にいた。周囲には、割れたガラスに、なにか機械のようなもの。

 それと……さっきまで命だったもの――……遺体がいくつか。中世の騎士のような甲冑を身につけている。……だけど、どの遺体も鎧を切り裂かれ、血が流れている。

 寝ぼけた頭だったからか……残酷な現場にいるはずなのに、吐き気や嫌悪感は襲ってこなかった。

「どうして……?」

 どうして、こんなことに……そもそもオレはなぜここに……?

 立ちあがろうとするが、上手く力が入らなくて、血だまりの上に倒れてしまう。べっちゃっという粘着質な液体の感触が気持ち悪い。

 まるで、生まれて初めて体を動かしているみたいだ。しばらく眠っていたからか、力の加減が分らない。

「……ほんとに、死んで蘇ったのかな……」

 さっきまでの夢を思い出す。金色のきれいな髪をもつ少女。羽は無かったけど、天使や女神と言えるくらい美しい人だった。

 ……異世界転生、してしまったのだろうか? アニメや漫画のように。

 ふと、騒がしい音が外から聞こえてくる。鉄と鉄を打ちつけ合うような音と、人の大声。

 まだ、体が不自由だが、力を入れてよろよろと扉へ向かって歩き出す。扉には鍵がかかっていなかったので、ドアノブを回せば簡単に開いた。キィという軋む音を鳴らしながら。

 部屋は暗かったので、太陽の日差しで目がくらむ。

 耳に鉄のぶつかる音がより鮮明に聞こえてきた。そして大声、いや、人々の悲鳴や断末魔も。

 視界が元にもどった時、目の前に広がっていたのは……戦場と表現すべき地獄だった。兵士が倒れ、そしてなにかと戦っている。

 そのなにかは……化物だった。人と似たような形をしているが、肌は……いや外殻は昆虫のような甲殻に覆われ、背中から三本の毛が生えた脚と太い腕、それとは別に人と同じ二足の脚。

 蜘蛛の怪人、そう良い表すのが適切な姿をした化物だ。その顔には八つの黒い目があり、正直気持ち悪かった。

「ぐあああ」

「ぎゃああああ」

 兵士が一人また一人と挑んでは、怪物の腕に薙ぎ払われる。どうやら爪が鋭いらしく、その爪は頑丈な鎧すらも引き裂くようだ。鮮血が飛び散り、倒れた兵士から流れていた。

 その兵士たちは、一人の少女を守るように戦っている。陣形、というのだろうか? その女の子を囲むように立っているのだ。

 遠いのではっきりした外見はわからないが、銀色の髪に、その子も騎士のような格好をしている。剣身のない鍔と柄だけの武器を持っていた。

 なにかを叫んで、前に飛び出そうとしているがお付きの女性騎士がその子を抑えていた。

 きっと……あの子は泣いているんだと思う。遠くて、顔も何も見えないけど、ここまで伝わる必死さは犠牲が増えることに心が傷ついて流す涙だ。

 ああ、あの子の力になりたい。心の中にあるなにかに火が付いた。

 上手く歩けないけど、オレはよろよろと前に進む。




 私は、ただ泣くことしかできませんでした。私なら、唯一あの怪物に対抗できるかもしれないないのに、みんなが傷つく中でどうして私は、見て、泣くことしかできないのですか……!

「ノクタ、退いて! 私が……! 私が戦うから!」

「ダメです! 作戦通り、奴を弱らすまでは姫は出てはいけません! その剣を振るえる時間は限られているのですから!」

 私の隣にいるお付きの騎士、ノクタは私を抑えて離しません。今も、目の前で私の国民が傷ついているのに……。私は、聖剣を握りしめる。あの怪物に一番効果的な武器なのに……これを満足に振るえない私が許せません……!

 神狼のベルトも、聖剣もまともに使うことが出来ないなんて……私は、この国の王族失格ではないのでしょうか……? ますます、涙があふれてくる。

 次の瞬間、目の前にいる騎士たちも、私も、ノクタも衝撃で吹き飛ばされます。宙を浮く気持ち悪い浮遊感を味わったあと、地面にたたきつけられます。

「あぐぁ……」

 衝撃で口から空気がもれ、うめき声を出してしまいます。

 痛みが治まって来てやっと目を開くことができました。辺りには騎士たちが倒れていて……その上に白い糸がかかっていました。

 その糸を辿ると……怪物の口に繋がっています。あの蜘蛛の怪物の能力なのでしょう。本来の蜘蛛が使う捕獲用の巣、それを張るための糸を攻撃に使ってきたのです。

 何人もの騎士が絡め取られ、身動きが取れずにいました。

私は、ほかの騎士にぶつかっただけのようなので、糸に絡められてはいないものの……痛みで満足に動くことができません。

すると、怪物は近くで倒れている騎士に跨ると、その鎧を剥いでいきます。そして、醜悪な顔を近づけ、食らいつくのです。

「あああああいやだああああたすけ、いた、うぐええ」

立ちあがれない私は直接その様子を見ることはできませんでしたが……ぐちゃぐちゃばりばりという捕食する音が、耳に届き、いやでも想像させられるのです。

私が……倒さなきゃ。

聖剣を何時の間にか手放していることに気づき、私は上体を少し起こして辺りを見渡します。

「これがあればやれるんだな」




 手に触れた途端、頭の中にイメージが湧いてくる。この剣の使い方、過去にこれを使った戦士が如何に戦ったかが。

 この柄と鍔しかない剣を持った戦士は、『魔力』という物を流し込み、『刀身』を作り出していた。魔力で出来た剣身だ。

 まるでSF映画やロボットアニメに出てくるビームの剣のようだった。それを振るい、あの怪物に似た生き物をなぎ倒している。そんな映像が。

「これは、いわば魔力の受信、出力機なのか。そして送信機は……」

 オレは、近くに倒れている女の子を見る。さっき必死に叫んでいた子だ。

 ほかの騎士たちよりも、きれいな装飾が施されている鎧を着ていた。きっと身分が上なのだろう。十八のオレと同じくらいか、少ししたか。

 背中の真ん中辺りまで伸びていて、ちょっぴり癖がある銀色の髪は綺麗で……銀色の月を連想させる冷たさを持っていた。つんとしている鼻に、赤くぷっくりしている唇、きれいな大きな瞳をもっていて、少し強気な目つきをしている。その目の色は蒼色だった。空と同じ高く澄み切った色。総合的に見ても、どれ一つ取って見ても、可愛い女の子だろう。

 そして一番特徴的なのは……耳だろう。 動物の耳。イヌ科っぽい耳。それがこの子には生えていた。あとしっぽも。……狼っぽい?

 さっき、部屋に倒れていた騎士たちにはなかった。ここにいる騎士の半分くらいにも似たような動物の耳が頭にあったり、尻尾があったりする。

「そこの人、その剣を私に渡してください! 一体なにをするつもりですか!?」

 彼女は必死に、涙を流しながらそう言った。

 ……彼女たちの言語を、オレは理解できるのか。同じ日本語なのか、それとも女神さまが理解できるようにしてくれたのか……。

 オレは、彼女の側に屈むと、腰に手を伸ばす。

 起き上がらせるため、ではなく、腰にあるベルトを奪うため。

 イメージで見た戦士のシルエットにはこのベルトが必要だったのだ。

 きっと、オレがここにいる理由。あの女神さまと自称する存在は、オレにこのベルトと剣を使って、戦せたかったんだ。

 人間相手なら恐ろしいが……人を襲う化物になら、容赦しなくていいよな。

 ベルトのバックル部分、その一番端に、ベルトの連結を解除するボタンがあり、それを押すとするりととれた。まるで、なりきりのおもちゃみたいだ。

 だけど、バックルのデザインはファンタジーに出てくる装飾品に近い。銀のような金属で作られたバックルで、蔦と花、そして狼の意匠があった。中心には蒼いダイヤモンドのような宝石が埋め込まれている。

 彼女の体を離れた途端、右手と左脚の鎧が光の粒になり霧散し、白くてきれいな素肌があらわになる。

 鎧をつくる力がこのバックルには秘められているのだろう。

 オレは、ベルトを巻き、剣を握る。不思議と、負ける気はしなかった。怪物は、恐れることはなにもないと食事を続けている。今から、その首を切り落としてやる。

「まって! それは王族にしか……!」

 魔力、というファンタジーなものはよくわからないけど、意識を集中してみる。腕から剣に力をゆっくり込めて行くイメージ。

 すると、剣身が現れる。淡い青の剣身が。それは片刃の刀のような形状だった。日本人だからか、そっちにイメージが偏ってしまったのかもしれない。

 パキンッ、という薄い氷を砕いた音と共に、右腕と胸に、鎧が現れた。大分細い鎧だ。周りの騎士たちと違って、防御できるのかどうか分からないくらいデザインを重視しているような鎧。

「これなら、戦えるでしょ?」

「うそ……なんで……?」

 狼の女の子は驚いた顔をしていた。信じられないものを見たような、そんな感じ。

「ここは任せて」

 その子に泣きやんでほしくてオレは一言つげて怪物に向かって進みだす。転がる騎士たちをよけながら、前へ。

 怪物はいまだ、食事に夢中で、オレに気付いていない。剣……いや、刀を構えながら一歩一歩近づく。

 そして、ついに怪物がオレの接近に気付いたが、もう遅い。

 そこすでに、刀の間合いだった。

 剣道なんてろくにやっていないので、見よう見まねで刀を振るう。横に薙いだ刀は、奴を切り裂いた。

『キィイイイギィイイイイイ』

 甲高い、耳触りな声を出しながら奴は後ろに飛びずさり間合いを取った。 

 致命傷にはならなかったようだ。オレの一撃はやつの腕を一つ斬りおとした程度の攻撃に留まってしまう。怪物の腕から、黒い血液がぼだぼだと流れていた。

 女神さま、力は用意してないなんていってたけど、こんなものを最初に渡してくれるなんて……チート能力ってわけじゃないけど、この世界で生きて行けそうだ。

 オレは距離を詰め、怪物に斬りかかる。上段に構え、振り下ろす。奴は背中から映える腕でそれを受け止めようとするが、バツンッと斬りおとされる。

 振り下ろした刃の向きを上に向け、今度は逆に下から切り上げる。やつが、少し後ずさっていたせいで、その攻撃は浅かった。奴の胸の甲殻を傷つけた程度で終わってしまった。

『キィイイイイ……』

 カクカクと頭を振るわせた後、後方にある森に向かって怪物は逃げ去った。分が悪いと思ったのだろう。知恵が回る奴だ。

 オレの戦意が薄れたからか、刃が消え、柄と鍔だけに戻ってしまう。鎧もぱぁっと光の粒になって消えた。って、すごいかっこうしているな……。手術着のような服装だった。布切れ一枚来ているような状況。ズボンは別にはいているけども、心もとない。

 ベルトを外し、あの子に歩み寄る。倒れていた騎士たちも立ちあがり始めて、重症の騎士に駆けよって助け合っていた。

 いまだに立ちあげれていないあの子の側に、屈みベルトと剣を渡す。彼女は、オレの顔をまだ驚いた顔でみながら、無言で受け取った。

「怪我ない?」

 そうオレにきかれて、やっと彼女は返事をした。

「え……? はい、ないです……」

「そっか。ならよかった」

 このベルトと剣がないと戦えないかもしれないが、この世界がファンタジーの世界なら同じようなのがゴロゴロあるだろ。

 この世界なら、オレはヒーローになれるかもしれない。

 憧れていたテレビに出てくるような、ヒーローに。

 悪を倒す、正義を為す。弱いものを守り、誰がために戦い続ける悲しき愛と平和の戦士たち。

 可愛い笑顔を前に、ほっとしながらオレは立ちあがり、この場を去ろうとする。

 さっきはあまり、視界の開けた場所にいなかったから気付かなかったが、すぐ近くに城壁が見えた。その中心にある大きな城も。

 東京スカイツリーより高いんじゃないか? あの街に行ってみるのがいいかもしれないな。入り口で追い返されないといいけど。

 どこかで服、奪った方がいいかなぁ……。

「だれか……」

 少し歩き出してから、耳に彼女の声が届いた。可愛い声だなぁと思って振り向くと、彼女がオレのことを指差している。

「誰か……あの人を止めて!」

 その声と共に、周りにいる騎士たちが、オレの方を振り向く。

「え……?」

「あれ……?」

 オレも、そして止めてといった彼女自身も驚いていた。そして、騎士たちがジリジリと詰め寄って来て……オレに襲いかかって来たのだった。




「ここに入ってろ」とオレは手枷に目隠しまでされて運ばれ、ついたのは牢屋だった。

 ……みんなを救ったのに、恩をあだで返されるとは。まあ、殆どの人が倒れてたしなにかを勘違いしても仕方がない。それに加え、余裕がないし、一番偉い子の命令だと捉えられちゃったみたいだし。

 唯一見ていたであろうあの子の指示を勘違いされて取られていたようだし、もう少しすれば牢屋から出してもらえるんじゃないだろうか。

 あの子から間違えと言って貰うか、あとは罪状を確認したら不当な逮捕だと分かるだろう。

 さすがに血だらけの服は問題だと言うことで、看守の人が服を用意してくれた。囚人服というわけでなく、簡素な服だった。

 上着のサイズが大きかったので、支給するものではなく誰かのお下がりかもしれない。

「お兄さん、なにしたんだい?」

 同室になった人間のおじいさんがオレに尋ねてきた。

 ちょっと気恥ずかしいけどオレはその場で着替えながら、おじいさんに返事をする。

「冤罪、ですよ。悪いことしてないのですぐ解放されるはずです。おじいさんは? どんな悪いことしたんです?」

「酒飲んで、見周りしてる騎士さんに絡んじゃって、公務執行妨害……一日反省したら返してくれるって……」

 情けないことしてるおじいちゃんだなぁ。いい人そうなのに。と口には出さずに思ってしまった。

「って、ことはここきちんとした牢屋じゃない?」

「……お前さん、ひょっとして旅人か。ああ、違うよ。軽犯罪やちょっと迷惑な人を入れるだけの保護室兼牢屋さ。本当に悪い人間は、城の地下牢にいれられるし、そもそもこの国は大きな犯罪が起きることがない。貧富の差が少ないし、それでも豊かな国だからね。この大陸で唯一の獣人と人が共生できている国家だ」

 おじいさんは親切にきちんと説明してくれた。こんな風に国の説明が出来る良い人なのに、こんなところにいるなんて……。

 獣人……あの子みたいに動物の特徴を持つ人たちのことか。

「旅人さん、名前は?」

 おじいさんは、そう尋ねてきた。普通に名乗ろうとしたところ、こんこんと鉄格子がノックされた。

 振り返ると、看守の人がいて、あの女の子が申し訳なさそうな顔で立っていた。

「申し訳ない。誤認逮捕だったと聞いて、釈放になりました」

 看守が牢屋の鍵を開けながら、そう伝えてきた。

「いえいえ、お気にせずに」

 オレは扉を潜り、おじいさんに振り返って名前を告げた。

「オレの名前は日比野白って言います。またお会いしましょう」




 人生で初めて、馬車に乗った。道がレンガで舗装されているから揺れは余り感じず快適だ。

 オレは、あの女の子と向き合うようにして座っていた。女の子は気不味そうにうつむいている。……御者とは別に、たぶんお付きの人と思われる方がここを覗き込んで監視していた。ホントは並んで座って警護したいところなのだろう。

 実際の身分は知らないが、上の方だと言うのはこの豪華な馬車と彼女のきれいな鎧で分かる。戦いにはなんの影響もない意匠がこらされているお洒落な鎧だった。

 沈黙を破ったのは、彼女の声だった。

「まずは謝罪を。申し訳なかったです。私の指示の出し方が誤解を与えてしまったようで……不当に牢屋にいれられるようなことをしてしまって……お詫びはなんでもしますので言ってください! あのとき、みんなの命を救ってくださったあなたに、そんなことをしてしまうなんて……っ」

 ……こんなかわいい子が何でもなんて、気軽に言っちゃあいけないな。

 それにして、泣いてるときはただの女の子だったのに、なんというか騎士っぽい凛々しさがある。強気な目をしているから益々凛として、可愛いよりもきれい、と思ってしまう。

「いえいえ、気にしないでください。あんな血だらけな格好をした浮浪者みたいなの、怪しくてつい逮捕しちゃうのは当然ですよ」

 オレは優しく、彼女に気にしないでほしいと伝えた。なんとなく、落ち込んだ顔はみたくないな、と思ってしまう。

「ありがとうございます……」

 たれていた尻尾と耳が、少し元気になり、彼女が顔を上げる。きれいな目と視線があう。やっぱ可愛い子だなぁ。きちんと手入れとかしてるんだと思う。

 身分が高いようだし、いいものを使っているんだろう。

「自己紹介が遅れました。私は、リュコナ・ヴォル・ウルレイス……このウルレイス国王の王女です。一応、騎士団にも所属していて……あの怪物との戦闘をしていました」

「私は、日比野白って言います。……旅人です」

 日本から来ました! といってもこの世界に日本があるかどうかわからないので、旅人と名乗っておいた。便利な言葉だ。

「ヒビノ・シロさんですね。シロさん……二文字のファミリーネームは珍しいですね」

 ……こっちの世界でもファミリーネームなんだな。その上、名前が先で名字があとか。

 初めてこの子と話した時も疑問に思ったが、なんで、言語が通じて言葉の使い方も一緒なのだろうか……? 気にしていてもしかたがないのかもしれないが。

「いえ、ヒビノがファミリーネームなんです」

「そうなのですね! 申し訳ない、ヒビノさん、いきなり名前でよんでしまって……」

 絵にかいたようなお姫様だな、という印象だった。奢らず、しかし自分の立場を考え行動する。見た目も可愛いしね。

 今見えている性格は取り繕ったものや、表面しか見えていないのかもしれないけど、優しい子だと感じた。 

「それで……差し支えなければですがどちらのご出身ですか?」

 避けていたことを尋ねられてしまった。

 ……日本というわけのわからない地名をいっても伝わらないだろう。ここはどうやりすごそうか……。

「……旅人と名乗ったものの、実は、記憶喪失でして……今名乗っている名前も本当は自分のもの解らず……」

 つい、口から嘘をついてしまった。知らない、解らないといちいち言うより便利だろうし、実際、右も左もわからない赤ん坊や記憶喪失と違いはない。

 ある意味オレは、この世界に生まれたばかりなのだから。

 本当は、日本の高校生で、十八歳です! なんていってもきっと年齢しか伝わらないだろう。

 旅人だけでもいいかもしれないが、こっちの方が余計な詮索をされずに済むだろうからね。

「そう、だったのですね……。お辛いことを聞いて申し訳ないです」

「いえ、気にしないでください。記憶がないこともあって気楽に旅できますから。少しのお金があれば、ですけどね」

 少しでもウルレイス姫に安心して欲しくて笑顔で言う。

「だとしたら……このベルトと聖剣が使えた理由は、解らないですよね……? 実はそのことを尋ねたくって」

 ますます困った顔で、姫さまは尋ねてきた。

 彼女は、剣を両手の平の上に乗せ、オレに見せてくる。

「この聖剣……タイシンガミとベルトは、私の祖先である初代国王が、神狼から授かったとされるものなのです。伝承によると選ばれたものの血筋……つまり王家でなければ使えないものなのですが……」

 タイシンガミ、大神噛み? いや、漢字を当てるのは簡単だが、こちらの世界の固有名詞かもしれない。よくファンタジーの世界で言う伝説の剣、伝説の防具、みたいなものなのだろう。

「頭の中に、イメージが湧いたんですよ。こう使えって言ってくるような……。剣の使い方しか解らなかったですけどね」

 あの時のことを思い出す。忘れていた記憶を思い出したような、夢をみていたような、そんな感覚。

「そう、なのですね。……本来は王家のみ、と伝承で伝えられているのですが、解読に間違えがあったのでしょうか?」

 うーんとお姫さまは唸りだす。

 このまま、悩ませていてもいいが、一度話してしまうと沈黙が嫌になってしまったので話題を振る。

「そういえば、これどこに向かっているんですか?」

「あ、お伝えしていなかったですね! ごめんなさい、謝ることばかり考えていて……。とりあえずは私の屋敷に。お詫びをしたかったので。そこでこの話をさせていただいて、使い方が解るのでしたら、伝授していただきたかったのです」

 彼女は剣を強く握り、悔しそうに言う。

「……本当は、私が戦うべきだったのです。満足に振るえませんが、神狼のベルトも聖剣も一応は私は扱えるのです。あの怪物を倒すのは私であるべきだった……それなのに、満足に剣を扱えないばかりか、犠牲をなくしたいのに増やして……通りすがりの貴方に助けられてしまって……」

 お姫さまには悩みと葛藤があるのだろう。沈黙はいやだったがこれ以上は声がかけられなかった。

 ……そんな静寂を破るように、悲鳴が鳴り響いた。

 何人もの悲鳴が聞こえ、そして次に、大きな物音……大きな木製のものが高いところから落とされるような音が聞こえてくる。

「まさかあの怪物……!?」

 お姫さまはそう一言つぶやくと、馬車を飛び出す。シャン、という音と共に、彼女の右腕と左脚に鎧が編まれた。

「姫様!」

 お付きの人が慌てて後を追い、オレもその後に続くように飛び出した。




 私は、逃げまどう国民たちの合間を縫うように走り抜けました。私の鎧はデザイン重視なのでとても軽い。見てくれだけがいいはりぼての様なものです。

 本来、王族なら鎧など用意しなくてもよいはずだったのです。王家の力、この神狼のベルトが編む魔法の鎧があれば、ほかは必要ありませんから。

 ……私の父、十三代目国王ですら、胴の部分の鎧しか出せず、そこからさかのぼり第七代目国王より前の王でなければ、全身の鎧を編むことは出来なくなってきたと言い伝えられています。

 ですが、私には全身の鎧が欲しいのです。その為に、国民を守る騎士として、偉大なる初代国王の末裔として、研鑽を欠いたつもりはありません……しかし、片腕片足しか、私は認めてもらえていないのです。

 それでも、私は、国民を守りたい。

 あの怪物に有効な、聖剣の刃を出す時間もほんの僅かだけではありますが……私が、戦わねばいけないのです。

 国民が逃げまどうその元凶に、私はたどりつきます。そこは、王都の噴水広場でした。中心に狼の群れと一人の美女の像が、木に見立てた噴水の下で寄り添っていると言う噴水。

 そこを中心に、露店があり、馬車のターミナルにもなっていたのです。

 美しく、人の営みで満ち溢れていた場所は、荒れ果てていました。

 食べ物がつぶれ散らばり、屋台は壊れ、馬車は近くの民家を破壊するようにつきささり、馬や何人かの人が倒れています。

 その破壊の中心に……あの怪物、今朝戦った蜘蛛の怪物がいたのです。

 片腕のない怪物は、腕の代わりに糸を使い、馬車や物を掴み、投げ飛ばし破壊活動をしていたようで、今も糸を樽につけ、瀕死の重傷だった人に止めを刺していました。

 ……間に合わなかった。

 うめき声が聞こえている人もいれば、もう声を出していない人もいて……一体あの怪物に何人もの人を殺されたのでしょう……その犠牲は、全て私たち王族……いえ、一番有利に戦える私の責任なのです。

「炎よ……」

 私は、短い詠唱をし手のひらから火球を放ち、先ほど止めをさした人を捕食しようとする怪物にぶつけます。

 炎上した怪物はゆっくりと立ちあがり、不気味に揺れ、炎を消すのです。

 下級の魔法ではこの程度……魔法が怪物に有効でも、上級レベルでなければ致命傷は与えられないのでしょう。

 そして、純粋な魔力の塊である聖剣の刃なら……致命的なダメージを与えられる。

「はぁ……っ」

 剣を構え、魔力を流し込みます。ヒビノさんよりは細いものの、両刃の剣身が現れました。私の魔力の色、薄い紫色の刃が。

「もう、これ以上は好きにさせない!」

 駆け出し、怪物へ接近します。騎士団で剣の練習はしていて、相手は手負いです。ここで私が仕留めなくては……。

 私の魔力が枯渇する前に、倒してみせます!

 剣を振り下ろし、敵の頭を切断しようとします。怪物は反射的に左腕を構え、攻撃を防ぎました。

 私自身の腕力が弱いため、切り落とすことはできませんが、純粋な魔力によって怪物の腕がじわじわと毛ずれて行きます。

 よし! これなら倒せます!

 私は少し食い込んだのを確認し、左に払います。剣と一緒に怪物の腕がばっと左へ振り払われました。

 無防備になった怪物の胴に、一撃、二撃、三撃と連続で剣戟を振るいます。ヒビノさんのように致命的な一撃を与えることはなくとも、小さな一撃を重ね、じわじわと追い詰めて……弱ったところを止めを刺せばいい。

 今、よろけているうちに出来る限りの攻撃を……!

「あぐぅ……っ」

 バキ、という金属が砕ける音と共に、私の胸に衝撃が走ります。

 その衝撃で私は、宙を舞い、転がります。

「がは……ごほぉ……」

 その衝撃で、一時的に呼吸が苦しくなり、せき込みます。……一体、何が……?

 痛みで悶えたあと、収まったころにやっと目を開けて、一番痛みのある胸を見てみます。

 そこには……さっきまであったはずの鎧がなくなっていたのです。正確には中心が砕け散り、脇や横腹のブ部分を残し、バラバラになっていました。

 それほどの衝撃をどうやって……?

 疑問に思い、怪物を見ます。その口からは……黒い糸が垂れていました。ゴムのようなぶよぶよした糸です。今まで使っていた物とは違い、質量があるものに思えました。

 あの糸をぶつけられた……? そう判断するのは容易でした。

 ぎち、ぎちと気持ちの悪い口から音を出しながら、私ににじり寄ってきます。

 剣は……あのときと同じように私の手から放れていました。

「いや……こないでっ!」

 私は、後ずさりながら詠唱もなしに闇雲に魔法を発動します。その威力はきっと……小石をぶつけるよりマシ程度。

 それでも私は……恐怖からなにもせずには居られなかったのです。

 すると、蜘蛛の怪物は動きを止め……私とは別の方向へ歩き出します。

 ええ……安堵してしまったのです。してはいけなかったのに。

 その方向には、私より瀕死の、倒れて動けなくなった国民が居たのに!

「おぐぅぉおおお……」

 今度は……直接見てしまいました。骨を砕き、肉を引きちぎり……怪物が人を食らうさまを……私が守るべきだった国民を、殺す様を。

「あ……だめ、止めて……! 止めて!」

 悲鳴、いえ、泣き声でした。子どもの泣き声です。自分の愚かさを、無力さを、泣き叫ぶことしかできなかったのです。

 痛みと恐怖で、ろくに立ちあがることもできず、情けなく這って近づくことしかできませんでした……。

「炎よ、貫け!」

 聞き覚えのある声が魔法を詠唱しました。三つの炎の矢が、怪物に命中します。怪物はよろめき、その方向を振りかえりました。

「オラァ!」

 男らしい声と共に、怪物に向かってヒビノさんが蹴りを入れます。大したダメージにはなりませんが……とりえず、怪物は捕食を止める程度の衝撃にはなったようで、一旦退散していきました。

 ……しかし、その方向から別の断末魔が聞こえてきます。捕食対象を切り替えただけのようです……。

「姫様、ご無事ですか!?」

「ノクタ……」

 私は、まともな返事を返せず彼女の名前を呼びます。

「お怪我は?」

「大したことはありません……ないですが……私はっ」

「後悔はあとにしましょう。姫様の大したことはないはあてにできないので」

 ノクタが私を担ごうとしたところに、ヒビノさんが現れます。するりと、私の腰に手を出し、ベルトを簡単に外して取るのです。

「ダメ! もうヒビノさんは戦わなくていいんです! 貴方は、旅人で、記憶喪失で……!」

「記憶喪失でも、誰かを守るために戦えるんです。だから、見ていてください。オレの正義を」

 ヒビノさんの声は優しく……だけど力強い顔で言うのです。その顔は凛々しくて……まさに戦士でした。

「……はぁあああああ」

 ベルトを巻き、私に背を向けると体の奥底から息を吐き出しました。

 すると、彼の体を光が包み込み……次の瞬間――……。




「神狼は、救世主に力を授ける。邪悪を斬り捨てる聖なる剣と、邪悪から身を守る狼ごとき堅牢なる鎧を」

「……神話、ですか?」

 オレは、並走するノクタさんと名乗った騎士に質問をする。

 黒い髪のショートカットで、耳としっぽがある。どことなくネコっぽい。大人びた顔に、金色の瞳はますますそれを連想させる。

 ……お姫様は鎧を着ているから解らないが、ノクタさんは体型も大人の女性だった。騎士の鎧ではなく、軍服のような格好をしていて、そのタイトな服装が彼女の体のラインを強調する。

「近いものね。この国に伝わる伝承よ。王国建国の伝説。……私にも貴方がなぜ使えるかはわからない。けど、あの力を使えるのならイメージしてみて。全身を覆う強い鎧を」

 それが、この前に来るまでの会話だった。

 だから、オレはイメージする。

 堅牢なる狼の鎧。強くて、かっこよくて……自分を守るためではなく、誰かを守る鎧を。

 光が体を包む。その光の強さに思わずオレは目を閉じてしまう。

 ……次の瞬間には、光は収まっていた。

 そして、オレの視界も変わっていた。見える範囲は変わらないのだが、見え方が違う。今までより鮮明に見えるようになっていた。

 ……さっきの鎧と少し違う?

 噴水の水面に、オレの姿が映し出されていた。鎧の騎士または戦士と聴いていたが……これは違うな。これは、オレの憧れている……ヒーローそのものだった。

 SF的とも、近代的ともとれる白銀に蒼いラインの入った装甲、ぴっちりと体を覆うスーツ、そして二つの大きな複眼……ああ、オレの大好きな。憧れていたヒーローだ。

 心の持ちようで力が変わる……最初、騎士のような鎧だったのは周りが、鎧の騎士だらけでその映像しか頭の中に浮かばなかったせいかもしれない。

「今度こそ、逃がさずに倒せるな」

 オレは、食事を続ける怪物の元へ向かう。落ちていた剣を拾い、刃を生み出す。

 今回は怪物もオレを警戒していたようで、食事を止めて首を激しく動かし始めた。威嚇、なのかもしれない。

「覚悟しろよ、化物」

 ダン、と力強く踏み出す。その一歩で一気に距離を詰め、刀を怪物の腹に突き刺した。

『ギィィイ!』

悲鳴にも似たような声を上げ、怪物は暴れだし、唯一残っている腕で殴り飛ばされる。

 ダメージ自体は無いものの、それなりの衝撃のため、道路を転がった。

「つぅ……」

 情けない。手負いの怪物に、反撃を食らうなんて。ヒーローらしくかっこよく圧倒しなければ。

 刀は怪物の腹に刺さったままだ。オレは、べつの攻撃……殴り蹴り倒すことにした。

「オォラ!」

 立ちあがり、怪物の気持ち悪い顔面めがけて右ストレートを放つ。拳は顔の中心を捉え、怪物が後ろによろける。

 さすがに、一撃では倒れないか。

 続けて、左フックを胴体に向かって打ち込む。まだ足りない。右拳を喉元に、そして、刀に柄を押し込むように左の拳で殴り飛ばす。

『ギュウウウイイイイイイ』

 鳴き声を上げながら、怪物が吹っ飛ぶ。そして、数メートル先の民家の壁にぶつかり、レンガを崩した。

 身動きが取れない今がチャンスだ。止めを刺すなら今しかない。

「必殺技……と言ったらキックだよな」

 オレは、イメージする。心に浮かべる。魔力というものは解らないが、力が右足に集まるのを。

 すると、右足から放電が始まる。バチバチという小さなスパークが右足の装甲から生じた。

 ……魔法にどんな種類があるかは知らないが、おそらく雷属性の技だろう。

「ハァ……タァ!」

 オレは、助走をつけて、一気に飛びあがる。鎧の力で身体能力が強化されているため、常人離れした高い距離のジャンプだ。

 助走の勢いと、落下による加速、それらがすべて詰まった一撃を怪物に向かって放つ。

 オレ自身が雷になり、怪物に堕ちる。

 右足が怪物の胸部を打ち、それを踏み台にしてオレはもう一度跳躍する。怪物から距離を取るために。

 だって、こういう怪物を倒した時、爆発するのはお約束でしょ?

 理由は解らないが、オレの想像通り、怪物はふくれあがり、爆発四散した。

『ぎゃああああああああ』

 最期の最後で化物のものではなく、人に近い断末魔を上げて、怪物は死んだ。

 オレの戦意はその瞬間に薄れ、鎧は光の粒となって霧散した。

「ヒーローらしく戦えたかな?」

 この、ゲームやアニメのような世界で、特撮のヒーローのように、かっこよう戦えただろうか……?

 あの女神さまが言う正義の人になれただろうか。

「あれ……」

 視界が揺れ、次の瞬間には軽い衝撃が走り――……。




「やっほー! シロくんの女神さまこと女神さまだよー! お久ぶり」

「今朝振りになるんですかね……?」

 気が付けば、暗い空間にいた。中心に灯る蒼い炎が辺りを照らし、お互いの姿は解るものの、それより先はなにも見えない闇だった。

 そこに女神さまとオレは、椅子に座って向き合っている。椅子はシンプルな白い木製の椅子だった。

 以前もこの空間に来たことがある。……オレが死んだとされて、あの世界に送られる時だ。生きようと必死で……まだ、死因を思い出していなかったなぁ。

「というか、女神さま、オレが天寿を全うしたらまた会おうって言ってたし、オレ、もう死んじゃったんです?」「ホントはその予定だったんだけどね……。さすがに説明もうちょっとした方がいいって神さま友達に怒られちゃって」

「……かみさまともだち」

「確かに! って考えを改めて君が眠っているときを借りて、こうして天国の外にある私の部屋へ招待したのよ? 神にもルールがあるから教えられることや教えられないこともあるけど、ある程度力になる」

 高校生か、中学生くらいの外見年齢の金髪碧眼の女神さまは、とびっきりの笑顔でそう言ってくれた。

「じゃあ……まず、お礼を。転生させてくれてありがとうございます。どうやって死んだかは分からないけど……あの世界で新しく頑張っていきて行きたいと思うんです」

 お姫さまの力になりたい。自分に出来ることがあるなら精一杯やりたい。危険なことでも、自分に出来ることが元の世界ではなくあの世界にあるのなら、あの世界で精一杯生きていたい。

「……お礼なんて言わなくていい。全部、私たち神の都合なんだから。君たちが言うほど万能ではないけど、ね」

 可愛い顔が少し曇る。

 その表情を見て……誰かに似ている気がしたけど、誰かは解らなかった。

「あと、なんだかんだ力をくれてありがとうございます! チート能力ってわけじゃないけど、誰かのために戦える力があるのはすごく助かります! あの世界でなにをすればいいか、一つの指針になってくれて……」

「いえいえ! ホントはここで授けるべきなんだけどね……。君はちょっと特別だから、授けられなくて……。元々、君は適性が高い人間だったけど、選ばれるかどうかは賭けだったんだよねぇ……」

「賭けだったなんてそんな……」

 よくあるアニメの主役たちのように授けられた力ではなかったのか……すっごく女神さまに感謝していたのに。

「でも私の予想通り、君は選ばれた! だからこの女神さまが君のこれからやるべきことを教えてあげよう!」

 彼女は椅子上に立つと、叫ぶのだった。

 ……女神さまは白い膝上のワンピースを着てるので、素足が素敵だなぁとつい男ごころが動いてしまう。ほっそりして、脚線美という言葉が似合いそうな脚だ。

 さすが女神さま。

「君はこれから、あのウルレイス王国を守りながら、その国のお姫様を守りながら、生きてほしい。特に魔王軍という悪いやつらがいるからそいつらを正義に基づいて倒したり倒さなかったりしてほしいんだ。きっとつらいこともあるけど、それ以上の幸せが待っているはずだから……最初にも言った通り、愛と平和のために戦ってほしい。あの世界の人類を救うために」

 ピース、と彼女はVサインをオレに向ける。

「……はい、任せてください。ヒーローになったんですから、誰かのヒーローで居続けたいと思います。笑顔を、命を守りたいです」

「……君は特撮ヒーローとか大好きだもんね、だから正義のヒーローでいてね? 何があっても」

 その声は、表情は、慈愛に満ちていて……まさに女神と呼ぶにふさわしいように思えた。心を揺らし、少し瞳が潤む。

「さあ、そろそろ目を覚まそう。まだまだ君にはやって貰わなきゃいけないことがあるから。色々進展したら助言とかしにシロくんの夢にお邪魔するね」

 女神さまが言った途端、世界が変わり始める。黒から白へ、まばゆい光が視界を埋め尽くし、そのまぶしさでオレは目を覆う。

「女神さま!」

 大きな声で、彼女を呼ぶ。

「なぁに?!」

「名前、なんていうんです!?」

 つい、気になっていたことを聞いてみる。

「また今度、教えてあげるね!」

 それは、女神というより、からかうのが好きな女の子ような声だった。




 天蓋付きのベットなんて……人生初めてだ。

 目をあけて、すぐには理解できなかったがその布の架かり方と、ふかふかの感触で判断することができた。ベット心地いいなぁ……。

「目が覚めてよかった。気持ち悪かったりはしない?」

 ノクタさんが、ベットの側に椅子を置き、看病してくれたみたいだ。

「ぐっすり寝たからか、すっごくよくなりました! ただ……どうして気絶しちゃったんでしょう……」

「急性魔力失調症……魔力切れよ。ベルトと聖剣は大きく魔力を使うから、上手く調整できなかったようね」

 冷静に、オレの疑問に答えてくれた。

「改めまして、私はノクタ・パルツ。姫様のお世話係兼副官。今後あなたが王都に滞在するなら関わることは多いでしょう。……体調がよろしいのなら、姫様の元に向かってもらっても? 私より、今は貴方の言葉が力になると思うので」

 そう言われ、オレはお姫さまのもとへ案内される。

 あくまで、彼女の父の屋敷であって城ではないようだが、とても豪華で広い廊下に、窓から見える大きな中庭、そして時々すれ違うメイドたちは驚きでしかなかった。

 本当にお姫様で、本当にお屋敷って感じで……貴重な経験をしているなぁと感動してしまう。

 一番上の階にあると思われる彼女の部屋の前まで案内された。どうやら三階建てらしく(三階、といっても普通の一軒家と違うので、ビルの五階くらいだろう)、その階は子供の階になっている、とノクタさんが説明してくれた。

「姫さま、ヒビノさまがお見えです。彼だけお通ししても?」

「は、はい! どうぞ」

 彼女の声がドア越しに聞こえてオレは大きな扉を小さく開けて部屋に入る。

 ……まさにお姫さまの部屋。可愛らしくけれども子供らしくは決してない。ピンク色の装飾は多いもののそれでも、女性らしいお姫さまの部屋と言えるだろう。

 その部屋のおそらく執務机の前にこれもまた豪華な椅子にちょことんと彼女が座っていた。

「無事にお目覚めになられてよかったっ。どうぞ、座ってください」

 オレは手で示された隣の椅子に座る。それも豪華で座り心地は良かった。

 向き合ったお姫さまの目は真っ赤で、なきはらしていたのがすぐに解った。

「本当に今日はありがとうございました。ヒビノさまのおかげで被害は最小限に抑えることができました! ……二度も救っていただいて……ありがとうございますっ」

 彼女の感謝の言葉は、ここちよかった。けれども……さんづけだったのから、さま、呼びになったことに違和感があった。

 いや、距離感か。王族であっても対等とする意思がなくなり、変にオレを敬っているような……そんな感覚。

「そこで、お願いがあります。貴方に……この国を守っていただけませんか? あの救世主の力をつかって、怪物を倒してほしいのです。……ヒビノさましか、あのベルトを使えませんから」

 彼女は、悲痛そうにオレに懇願した。本当はたたかわせたくないという優しい気持ちを感じる。

「私が……戦えないから、弱いから、貴方に頼らせていただきたいのです……っ」

 彼女の瞳が揺れると大粒の涙が溢れ、止まらなかった。

 お姫さまに泣いてほしくないな……。

「貴方が望むなら、土地も名誉も、お金も……私でよければ私さえも差し出します! だから、どうかこの国を守ってくれませんか……頼りない王族の代わりに……どうか」

 オレは、優しく言うことしかできなかった。

 最初にあった彼女の騎士としてのイメージはなくなっていた。一人で大きな責任を背負って動けないでいる一人の女の子、それがお姫さまなんだ。

「オレでよければ戦わせてください。選ばれたのなら……いいえ、オレにしかできないことだから」

「ありがとう、ございますっ……! 本当に……ありがとう……そしてごめんなさい……。きっと命の危険や大けがをすることもあると思います……それでも、ヒビノさまにしかできないことでしたから」

 立ちあがりオレに近寄ると片膝をつき、オレの手を取って両手で握る。お姫さまは泣きながら、そう感謝と謝罪をしたのだ。

 小さな手だった……だけど温かくて柔らかい。

 オレは慌てて、椅子から降り彼女と同じ目線になるように床に座る。

 お姫さまの手を握って、優しく伝えた。

「それでもオレが戦いますから。誰かの笑顔のために。ヒーローになります」

 だから、安心して。そうオレはほほ笑む。

 彼女は一瞬、笑顔になるけど、はっとして……また俯いてしまった。

「……私、今、安心してしまいました」

「……安心してくれていいんですよ、オレが頑張りますから」

「いえ、ダメなんですっ」

 強い声だった。だけど震えて、また泣き始めてしまう。

「……戦えないのならせめて、貴方と共に苦しみたいのです。……私は、怪物と戦ったとき、力が使えるのに全く歯が立たなくて……怪物に殺されそうになって……怖くなって、怯えて逃げて……怪物が私を襲うのを止めた時に、ほっとしてしまったんです……戦わなくて、済んだ。殺されなかったって! その代わりに私の守るべき国民が、怪物の餌食になって……気付いたんです……騎士で、王族で、国民を守るべき人間が何をやっているんだって……一般人で国の人でもなくて、記憶喪失で苦しんでいる貴方に助けられて……それに今、頼ることしかできなくて……私は、恥ずかしい……悔しい……情け、なくて……怖いことに負けた自分が……許せなくてっ……」

 王族として、騎士として生きてきた彼女は、きっと一度もこぼすことはなかったのだろう。怖くて辛くても、当たり前のように王族の責務を果たし、あの怪物と戦ったんだ。

 たまたま、オレは無関係な人間だったからここでこぼすことができたけど、もし……オレがいなかったら、彼女はどうなっていたんだろう?

 オレは、お姫さまを支えたくて仕方がなかった。

「……確かに王族としては許されることではないのでしょう」

「……はい」

「だけど、君は女の子だ。一人の女の子なんですから。王族に生まれても、他の人と変わりはないですよ……それほど大きなものをすべて一人で背負い込もうなんて、出来っこないんです」

「でも、歴代の王も! 父も! そして私も王族で……!」

 きっと、この子は、誰も頼れなかったんだ。正しくあろうとして、王族であろうとして。

「……みんな、一人で抱えたわけじゃない。誰かと支え合ってきたんだ。国民たちの前では、王族であるべきだと思うんです。だから……王族としてオレに戦うことをお願いするのがつらいなら、女の子としてオレに頼ってくれませんか? オレの前では、女の子になってくれませんか? ……戦いのために雇った戦士という存在ではなく、友達関係になってくれませんか?」

 目の前の女の子一人、救えない男が、国を、誰かを救うヒーローになれっこない。オレの知っているヒーローたちは、泣いている女の子には手を差し伸べ、笑顔にする。

 オレも、彼らと同じようにヒーローになりたかった。誰かを守り支えるものに。

 今、目の前で泣いている女の子を泣き止ませられ、笑顔に出来る男に。

「女の子に……なっていいと、貴方の前では責任を忘れて言いとおっしゃるのですね……?」

「ああ、オレといるときだけでいいです。少しだけ、そのことを忘れましょう。ずっと肩に力をいれて今まで生きてきたのですから。鳥は翼があるから飛びますが、それでも時折休むのです」

「……下手な例えですね、私の友人は」

 涙をぬぐいながら、彼女はそう言って苦笑した。さっきまで雨が降っていた彼女の瞳の青空がきれいに晴れていた。

 このアニメやゲームのようなファンタジーの世界で、ヒーローになれたんだ。

 これからも、目の前にいるお姫さまを支えて……人々を守り笑顔にする……愛と平和のために戦うヒーローでありたい。

 あの怪物たちと戦い続けてやる。オレなんかを頼ってくれた……ヒーローだと頼ってくれた小さな手を裏切らないために。



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