第7話「本日は絶賛開店準備中です」

「銭湯を作れ、下等生物」


 部屋に帰ってきて早々にそれですか、ベルゼさん。


「ちょっとあっち行っててくれ。ってか戻れ。俺は向こうに持っていくのを整理しているんだ」


「貴様、魔王であるこの私をないがしろにするとは何事だ!」


「うるさいわ!そんなに銭湯を作りたければ、戻って部下に命令すればいいだろーが!?何でも俺に頼るんじゃねえ、このクソバエが!」


「なななななな、言ってはいけないことを言ったなあああ!!」


「ああ言ったよ!なんだ!?俺を殺すってのか!?やってみろ!魔法でズドンとやってみろ!その瞬間にお前は食神と銭湯の作り方も知ってる(知らないけど)俺という存在を失うんだからな!誰にものをいってやがる!俺はルーラーで食神でお前達のために色々喜ばせようとしているのに、ちょーっと気にくわなければすぐに「殺す!」とかお前は殺すしか脳のないハエ頭なのか!?」


「わわわわわわわわわわわわ」


「おいシス!黙ってないでこの女に自分の立場をわからせろ!」


「ぐぐ……ベルゼ、逆らうで……ない…!」


「わわわわわわわわわ」


「わかったら、たった今からお前は俺のことをちゃんと名前で呼べ!呼ばなければ俺はもう二度と料理は作らんし、向こうには帰らん!」


「ぐっ………わわわわわ、わかった……令司…」


「全く、いいか、俺とお前達は対等なんだ。地球の文化をもっと味わいたかったから今後の言動に気をつけろ」


 これだけ言っておけば、暫くは大丈夫だろう。

 まあその後はまた元の口調に戻るだろうが、な!

 こいつだって悪気はないんだ(きっと!)。


 少しずつ対等の立場を作っていけばいい。


 そんなことよりも、金がいる!


「ええと…調理器具は全て持っていくか。油も調味料も…ってか全部必要か」


 料理に関する物は電化製品以外全て持っていく。

 足りない物もやはりある。

 だがこの辺のスーパーはもう既に閉まっている。


 また今度だな。


 他には洗面具に筆記具、トイレットペーパー、ティッシュも。

 スマホは向こうじゃ繋がらないし意味がない。

 充電しながら放置だ。


 金が貯まったらホームセンターで色々と買い揃えよう。


「令司ーこの押し入れにある料理本も持っていきたいのじゃ」


「あーいいぞーっと、ちょっと待て。その先の領域には踏み込んではならない。踏み込めば俺の命が散ることになる」


「な、なんじゃと?そんなやばいものがあるのか?」


「あるとも。だからそこでストップだ。料理本は俺が出す。そして勝手に家を物色するな」


 危ねえ…!

 ばれたらさっきの立場がまた逆転するー!


「料理本はたくさんあるんだよな。何冊だ?」


「全部!」


「いや、一応これ俺の財産でもあるんだよ。数冊程度にしてくれ。読み終わったらまた新しい本を持ってくるから。それじゃあ和洋中菓1冊ずつな。よし、戻るぞ」


 あ、こいつら…土足だったのかよ…。

 畳にくっきりと足跡がついちゃってるじゃねえか…。


 そうだ、昔来ていた服を持っていくか。

 接客業になりそうだし、格好もつくだろうしな。


「あれ、さっきと景色変わってないな。地球で3時間くらいいたから3日くらい経ってるんじゃないか?」


「そんなわけないだろう。向こうの1日はこっちでは1時間だ」


「ええ……意味がわからない」


「令司、銭湯を作れ」


「俺の名前をちゃんと呼べるようになったか。わかったよ。ヘイさんと一緒に計画してみる」


 ベルゼの冷たい顔がパァッと明るくなった。


 うっ!なんだこいつ、笑うともっと美人になるじゃないか!

 と、ときめいたり、し、しないんだからね!?



 工事は着々と進んでいる。

 500名が作業する光景は壮観だった。

 こんな工事、日本だといくらかかるのだろうか。


 現場監督であるトレントのヘイさんによると、今後色々拡張するところが発生するだろうから、簡易的で拡張し易い造りにするとのことだった。


 ほんとに有能過ぎて涙がでてくるよ。


 敬意を払って「さん」付けで呼ぶことにしている。


 下水設備について思案してみるか。

 激走ラッシュ村でもやってたから思い出しながら。


 二人は……料理本がないことから、どこか静かな所で読み耽っているのだろう。


 鶏小屋にはあと4匹。

 今日は2匹締めて、明日はまた何匹か連れてこないとな。



 夕方。


 夕飯の準備に取り掛かる。


「令司、今日はなんじゃ?」


「唐揚げだ。料理道具が揃ったからな。レシピの幅が広がった」


「か・ら・あ・げ!」


 そのリアクションは素なのか?

 ベルゼはすぐ横で俺の動作を凝視しているし。


「そう言えば、他の魔族には飯は必要ないのか?」


「こういう物を食べるのは高位の人型魔族だけじゃ。あやつらは英気や負感だけを食べる」


 それじゃ変わらず3人前。


 ご飯も炊く。

 野菜が欲しいんだが、買い出しまで我慢しよう。


 よし、完成だ!

 家から持ってきた皿に盛り付け、二人にだす。


「ふぁああああああ!いただきます!」


「い、いただきます!」


 こういう時だけ礼儀正しい。


「ふぁふ!ふぁふ!ふぁあああ!美味ーーー!!なんじゃこの肉汁は!?」


「くうううううううう!!うまい!!くそ!下等生物のくせに!くそ!」


「おい……」


「唐揚げを口に運んだら、一緒にこの米も掻き込むと尚美味いぞ?」


「くわああああああああ!!もう!これは!とまらん!」


「あ、ずるいですシス様!食べるペースが早いです!」


「馬鹿者!早い者勝ちじゃ!」


 旨そうで何よりだよ。


 夜も工事は続く。

 職人魔族は眠らないのだろうか。

 常に動いている。

 思った以上に早く建物が完成しそうだ。



 翌日。


 例のベルーサから来た荒くれ4人衆が復活する日だ。


 だがルーラーとしての知識を得た俺は特に慌てない。


 腕時計で間もなく正午。

 復活ポイントが稼働する気配がした。


 俺はヘイさんと他の魔族を連れ、ポイントで待機する。

 シスとベルゼもやって来た。


 復活ポイントである『ブルースフィア』が光を発し、4人が復活した。


「…あ…?俺は生きているのか?」


「あれ?アタシ確か木杭で…」


「うーん…あれー?」


「俺様は…なぜここにいるのだ?」


 全員が、自分が生きていることに驚きを隠せずにいる。

 俺も驚いた。


「お前達は復活したんだ。ダンジョンで死んでな」


「テメエは!?ってうわああああああ!!」


「きゃあああああああああ!」


「うわーーーーーーーーー!」


「ぎゃあああああああああ!」


 4人が俺の周りにずらっと立つ異形の魔物に恐れ慄いた。


「ななな、なんなのその化物は!?」


「俺の仲間だよ。さて、無事に復活したんだ。死にたくなければここから去るんだ」


「テ、テメエ!!ぶち殺して―」


 その時ヘイさんが巨大な足でドスンと地面を踏んだ。


「オマエラはサッサとココからサれ」


 ライオンの獣人よりも高い背丈の木の怪物が威圧した。

 4人は一目散に逃げていった。


「覚えていやがれ!!」


 覚えていやがれ、か。

 まさか漫画でよく聞くセリフを実際に耳にするとは思わなかった。


「なんじゃ、令司が怖がる姿を楽しみにしておったのに」


「もう怖がらねえよ。対処法がわかったしな」


 ダンジョンルーラーはダンジョンゲート、つまりダンジョンへと繋がる扉から周囲5キロ内にいる知的生命体を範囲外へ転移させることができる。


 さっきは使わなかったがな。


「ベルゼ、裁縫職人の魔族っているのか?」


「いる。それがどうかしたか?」


「ちょっと制服を作りたくてね。頼んでほしいんだが」


「……銭湯は…銭湯は約束通り作るんだろうな?」


「あ、ああ作るとも!」


「そうか。ならば呼んでこよう」


「あ、ありがとう」


「フンッ」


 よかったー今度は色々と言われなくて。


 しかし、どんだけ銭湯好きなんだよ。

 こりゃ優先建設順位変えないと駄目かな。


 ベルゼはすぐに戻ってきた。


 そして黒い霧から出てきたのは……


「ひいいいいいいいい!!」


 叫ぶしかなかった。


「この女が、裁縫職人だ」


 上半身は人間だが、下半身は紫色っぽい蜘蛛だった!


 怖い怖い!

 俺は蜘蛛はダメなんだ!


「アナタがルーラーさん?ワタシはクネ。一流の裁縫職人よ」


「は、はいー!よ、よよよろしく!宮洞令司といいますう!」


「この女と作ればいい。私の国で3本の指に入る名匠だ」


 アラクネというやつか。

 なにを素材とするのか予想がついた。


「それで、どういった服を作りたいのかしら?」


「あ、ではこちらへ……」


 畏怖の存在にはどうして敬語になるのであろう。


 俺は作りたいデザインを説明する。


 その後クネは魔界の工房に戻り製作を始めた。


 建築においては工事途中で何度も計画の見直しが起きた。

 魔族が作るため、人間に必要な設備や機能に理解できない点が数多いのだ。

 建物のサイズも魔族には小さくかなり苦労していたため、作業スピードも考え人間には大きいサイズとした。


 トイレには悪戦苦闘した。


 下水、排水設備は魔界にはないというのが理由だ。


 家に戻って下水設備の作り方を見ても、技術的に不可能なことが多すぎる。

 だができる範囲でやらないといけない。


 トイレや台所の場所となる下を掘る。

 石製の貯水槽を建てる。

 ダンジョン屋から遠く離れた場所に沈殿池を作る。

 貯水槽の弁を開けると、勢い良く水が流れ、トイレや台所下に溜まった汚物を沈殿池に流す。

 下水管は通してある。

 鉄は腐食するからということで、ヘイさんの提案で魔界産の金属が使われた。

 非腐食性で極めて丈夫。

 柔軟性もあり、加工も楽なんだという。

 ちなみに地下の下水管を通す穴はロックワームが掘ってくれた。


 魔界技術と素材やばい、早い、低コスト。


 沈殿池に溜まった汚物は手作業で取り除き、乾燥槽に貯める。

 乾燥槽で火を炊き、徐々に水分を飛ばしていく。

 そして最後は焼却である。


 沈殿池で汚物を取り除いた後の水は第一濾過池に流す。

 濾過池には上から砂、砂利、細かい小石を敷き詰め、下に濾過された水が貯まる仕組みだ。

 濾過された水は第二濾過池に流し、再度濾過され、湖から流れる川へと放流する。


 十分だろう。


 各池を囲む材料は魔界産の水晶石が使われた。

 軽く、固く、加工し易いようだ。


 パない。


 匂いが気になるので、炭も作りたいが後にした。


 トイレはぼっとん形式の座部分は洋式で、石材職人製。

 お尻拭きは2種類用意した。

 薄い木の板で籌木っぽいもの、乾燥させた聖魔の大樹から落ちてくる葉。

 トイレットペーパー?

 貧乏の俺に用意する余裕などない。


 魔族は人間の排泄物や食べ残しの匂いは全く感じないため、非常に申し訳ないが彼らに沈殿池と濾過池の作業をお願いした。


 俺もやるし!


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