第32話 最強無双の父親

『ダンマル、ちゃ……ちがっ。俺、こんなことになるなんざ思って――』


 精一杯の言い訳を俺がダンマルに言った。いや、違う。違うな。

 自分を肯定する為に、自分にそう言い聞かせたかったんだ。

 こんなにも残酷で、馬鹿みてぇなことをしておいてアレなのは。


 重々に承知なのは。

 頭の中では理解してるってのにさ。


『思いもしなかったんだって‼』


「なんて。嘘だよ、……あいつらを倒す、殺す為なら少々の犠牲なんか、どうでもいいさって、俺はこんとき、思ってたもん」


 当時の俺の心境を、初めて会った乗客なんかに、どうして俺は話したりしてんだよ。

 教会の神父みてぇに懺悔して、赦されたいのか。


 それとも――ただの欺瞞か。


 こいつらを巻き込んで、背負わせようなんて。

 まあ、どうだっていいよ。

 蜂の巣を突いたのはあンたらだろう。


「焼け野原になったって。復興すんだろ、どうせって。本当に思ってたんだ」


 俺は、この過去の動画フィルムを上映するにあたって、辺りには四重にも結界と魔法陣を張り捲らせている。どんな奴らにも、やらかしてしまった俺の失敗を観せる真似なんかしなくたっていいだろう。


『本当だって! ダンマルは信じてくれんだろう?! 兄さんをっ!』


 今に思えば、俺って奴は最低に兄貴だろう。慕ってくれているダンマルを、騙そうとして、懐柔しようなんて思っていたんだから。


『御託はいい。早く、この糞みてえな術式を止めろっっっっ‼』


 雨はダンマルに降り注ぎ、コートを焦がしていった。白い煙が上がっていて、見える皮膚の箇所は、イズミノミフとゴリラ同様に真っ黒に、グロく焼き爛れている。でも、術式を発動させている俺には、何の被害もない。


『早くしろ‼ 糞莫迦野郎っっっっ‼』


 いつにもなく大きく口を開くダンマルの口腔内は、鮫のように獰猛な鋭利な牙が生えている。姿や、格好が日本人のように化けても、結局は中身は変わらない。


《17丁目》の住民だ。


『無理だよ。ダンマルちゃんっ』


「初めて扱った魔術式は暴走してて。もう、これが俺なんかの手で仕舞える程の、生易しい状況じゃななかったんだよなァ。今に思えば、本当に。馬鹿やっちゃったなぁ~~って他人事に思ってた自分をぶん殴りたいわ」


『俺。この、止め方――知らねぇ、もん……』


『――~~っはぁ!?』


 俺の言葉の意味に、数秒だけどダンマルが制止してしまった。顔の表情も、無になっている。

 本当の達磨のように。


「ねぇ? この、……周りが赤いのは。どうして?」

「! 違うっ‼ これは燃えてんだっっっっ‼ 空知っ‼」

 宙ばかりに気を取られてたが。ここでようやく、水科と先方が地上を、辺りの光景を見渡した。


「思い、出し……たっ! っこ、これはっ、……20年くらい前に起きた――」


 深夜にどこからともなく起こった火災があった。その炎はあっという間に、燃え広がり、大火災になった。火傷を負い、息を吸い込み、建物の下敷きになった死傷者も、諸々と大量に出した。


《北海道丑三つ刻大火災の夜》


「はい。犯人は――俺だよ」


 俺は大きく息を吸って吐き捨てた。

 ニュースで、この話題が出る度に、自分の幼さと馬鹿加減に呆れてしまう。


「っそ、そんなことがっっっっ??」

「冬だってのに、火が収まらずに広がり続けた。あの火災の、犯人だって?!」


「だから。そぉうだって言ってんでしょうが」


『おいおいおい。ヤケに明るいじゃねぇかァ。フジタぁ?』


 ここで来てしまったのは。親父フムクロだった。

 正直に言うなら、こんな場面に来たことに感謝をするところだろうが。


 俺は自分の身の危険を察知したもんだから、愕然としてしまう。


 ヤバイなというのが。

 全てのことを要約している。


『ぉ、親父、……どうやって。ここに来――』


『そんな言葉を吐いてどうすんだぁ? フジタよぉう。王女誘拐の手引きに、禁忌術式を現実世界ここでヤリやがった罪は、すこぶるに重いぜぇ? 覚悟はいいかい……糞餓鬼がよぉう』


 禁忌魔術師の正当衣裳。

 真っ黒いロングコートに、真っ黒い兜を被り、全身の至る箇所に魔法陣を纏う姿は勇ましく。

 俺の恋焦がれる――父親の後ろ姿だ。


『フムクロ。私も手伝おう、……あんな莫迦でも。私のかけがいのない兄だからねっ!』

『本当に出来のワリィ~~莫迦ってのは。ムカっ腹に来るほどに可愛く見えちまうっわァ‼』

『同意はしかねるね! 莫迦は莫迦だ、流石に懲罰を与えるべきだっ!』

 長い耳に、小さな身体の本来の姿にダンマルも戻っていた。


 まず、ダンマルがしたのは。

 狼狽えるゴリラからイズミノミフの奪還だった。


『っだ、大丈夫ですか!? 王女様っ‼』

『これが! 大丈夫に視えようかっっっっ‼』


『……です、よねぇ……っはぁ~~っ』


 少し息吐いたダンマルにゴリラが襲い掛かる。

 不意打ちを吐いたダンマルの目が丸くなったのが見えた。


『●$#¥××‼‼』


『!?』


『油断してんじゃねぇよォ! ダンマルぅう‼』

『っす、すいません‼』


『ま。いいけどよぉう』


 反撃しょうとするのをフムクロが手をかざし、シャボン玉のようなもの生み出すとゴリラを中に取り込み、一気に縮小させた。

 さらに、そのシャボン玉を落下させると、シャボン玉は木っ端微塵に割れた。

 ゴリラ共々にだ。


『っは! 悪ぃねぇえ~~っふっは!』


 嘲笑うフムクロの表情は、明らかに悪役のものだ。正義の使者には見えない。

 少なくとも、フムクロのことを知らない奴らからにしたらだ。


『一丁。この辺り一帯に潜む連中を全て《捕縛》だぜぇ』


 フムクロを包む魔法陣が一斉に光りを放ち、全方面に奔った。

 かと、思えば。フムクロが指を動かすと。フムクロが言うところの《連中の全て》が球体の中に入ったまま集まった。ゴリラにダチョウ、キリンにサイといった、様々の形状に《17丁目》の回し者が集結をした。


『流石ですね! 相変わらず手際もよく、まだまだ現役でもいけるんじゃないですか?』


『っは! 止せよ、老体じぃさんにゃあ厳しぃってもんよ』


「ぁ、あれが、……尾田さんのぉ、父さんなのかい?」

「はい」

「っい、いいねぇ~~! デッサンっ、デッサンをキャラデザにいいよ! ぃいいよぉう‼」

 萌えたようで鼻息荒くデッサンを描いていく先方。

「親父は。どんな生涯だったかなんて聞いたこともないし。聞く必要もなかった、……ずっといれば、……いられればよっかたんだ。俺は」

 どんな顔で、俺はこの場面を視ていたのか。


「まぁ。結局ところ《王家》と違って、ただの住民には《寿命》はあったんだから。それは知っておいてもよかったんじゃないのか? あんたは」


 俺の肩を数回叩く水科。


「ああ。《王家》は――不老不死を超越した王者だもんな」

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