第4話 《17丁目》へのトンネル

「へぇ。どんな風に鳴くのかな? 尾田さん。動画とかはないのかな??」


 目を輝かせて、少年の目で俺を見るサラリーマンに俺は、今まで他の誰にも見せたことのないんだけど、交差点で止まった時に携帯を操作して、彼に渡した。

 姉の子供から送られた動画だ。

 一匹しかいないというのに、貰った鳥は卵を産み続け、姉の家の室内には鳥が飛び回るといった、メルヘンな世界になっていた。

 流石の姉も調理して食べたことがあるのだが。味は至って普通のものだが、肌がつるつるになり、しわも滲みもない姉を見ても、まるで不老不死の薬のようだった。

 ちなみに、姉の嫁ぎ先はパン屋。

 卵がパンに使用されていることは門外不出の極秘事項だ。


「いいねぇ! あぁ~~おじさん、癒された気がするよっ! あ。返すね、携帯。有り難う!」

 彼から戻って来た携帯受け取って、

「お疲れなんですね。よりお疲れの方が聞くと、眉唾ですけど」

 あの時の、あの乗客の言葉を言った。


「運気が上昇するらしいですよ」


 ◆◇


「はぁ。それでは、……頂戴させて頂きますね」


 本当に、正直困ってしまったものの、受け取らないのも失礼アレなのかなと、引き取る他なかった。頭の上で、項垂れる俺にピーチクパーチクと鳴いていた。

「ああ。可愛がってやってくれ」

 意外に声は優しいもので、人は見かけによらないなとも思った矢先に、乗客がフードをここに来て外した。

 露わになった顔に俺も、またしても急ブレーキをかけて、大声を吐いてしまう。


ウリっっっっ‼」


「む。ああ、ワリィが。俺は人間じゃねぇんだわ、17丁目の住民なのさ」

「っそ、ぉですかぁ~~……あぁ、はい。行きましょうっ!」

 色々と聞きたい半面。

 一刻も早く降ろしたい衝動に、俺は駆られてしまう。

 誰だって、こんな見慣れない生物が、日本語喋って二足歩行とかして、人間同様に服も着こなしていたら、研究対象、待ったなしだろう。関わったが最後ってことになんかなりたくもない。


「つぅか。お前、いい奴だな。前に乗ったタクシーの運転手なんかよぉう、車置いて逃げて後続の車に轢かれて死んだぞ。真っ赤な血が道路に染まった光景にため息しか出なかったわ」

 呆れた口調でいう彼に俺も、死んでしまった運転手に冥福を祈って、可哀想にとも思った。

「多分。それは大半の運転手も、そうするかと、……思いますけど??」

「なんだ。お前もそうなのか?? の割に、胆が据わった奴だなぁ」

「っは、ははは。ラノベの影響かなぁ?」

 俺の言った『ラノベ』って言葉に、彼は頭を傾げた。

「あ。赤レンガのトンネルに着きましたよ。お客様」

 

 キキキ――……


 車を、俺は赤れんがのトンネルの前に停めた。

「なぁ。運転手、中に入ってくれやしねぇか? 奥が深いから歩くのも面倒なんだよ」

 彼がそう言っても本音の正直言うと。

 この先には行きたくも、入りたくもないんだ。

 だって、この《17丁目》の都市伝説は、神隠しなんだから。

 入ったら最後、戻ることが出来ないとされている程だ。

 このトンネルに着く前から、立て看板が警告を発しているんだぜ。


「安心しろ。頭の上の鳥が帰りに、とても役に立つはずだ」


 笑う彼の言葉に、俺の背中を押したからなのか。

 俺はアクセルを全開に踏み込み、中へと発進した。

 まず、驚いたのが照明が点いていることだろうか。だって、この一帯に電柱なんか、一本もないんだから。

 本来、電気だって通っていない場所だというのに。

 まるで、化かされているかのような気分だった。中は進んで行くと、照明もきちんと整備されたものに、変わっていた。俺は目に映るものが信じられずに、食いいるように見てしまった。


「! の、ぁ‼」


 突然、前に現れた影に、俺は今日何度目かの急ブレーキをかけた。

 俺の心臓も、ばっくんばっくんと、荒く息を吐いている。


「っな、何なんだ??」


「この先に何か、用事でもあるの? こっから先は《17丁目》の領域テリトリーなのを、知らないのか??」

 トントン、とノックされた窓を視ると、牡鹿が立っていた。

 また、あり得ないモノの登場に、俺は絶句をしてしまう。

「ぇえ~~と? お客様。これは、一体」

「関所だ。人間を来させない様にするために、置かれているんだ」

「あのぅ、俺。人間なんすけど……」 

 ガクブルだよ。ガクブル!

「よぉ! マクベスの旦那っ!」

「!? ぉ、おおう! フムクロじゃねぇか! 久しぶりじゃねぇの‼ 外界に行って、2年間どうだったよっ! 暫く、居るのかい?? 今日、お前ン家に寄るなっ‼」

「おう。そうしてくれや~~! あ。このタクシーは通してやってくれるかい? 足を悪くしちまってなぁ」

 そう、彼が右足を撫ぜて笑ったのを見て、マクベスって牡鹿が見下ろすと踏み切りを開けた。

 そして、腕を回して俺とタクシーを中へと通した。

 びっくりしたのは地面がコンクリートだったことだ。きちんと、道路も整備されているんだ。

 そして、彼が言うように直線の奥にあるはずの出口が、全く――見えなかった。


 ◇◆


「牡鹿!? 猪?! 何それ! 何だっ。その展開っ‼」


 乗客の彼が、声を荒げて言った。

 息巻く様子は、興奮のし過ぎなのは十分な程に分かるから、俺も心配してしまう。

「あの、お客様。少し、落ち着いて下さい」

「《17丁目》かぁ~~おじさんもねぇ。子供の頃に入ったんだけど、途中で怖くなっちゃってさ。引き返したんだよ。その点、尾田さんはやっぱり、胆が据わってるよねっ!」

 手を拳にして、身体の前で振る彼に、俺も苦笑してしまう。

 こんなにも、童心に戻って聞いてくれたら、話してる俺も、昔をもっと思い出していく。


「私の仕事は目的地にお客様を送ることですので」 

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