第14話 江戸っ子は夜更かししない

 質素な夕飯を終えた後、源左衛門さんは紙をいくつか取り出した。

「さて、寝る前にちょっと絵を進めるか。」

「あれ?灯りは大丈夫なのですか。」

 暮れ六つの太鼓が鳴り響き、夕闇の色が濃くなっている。確か、江戸時代はロウソクだか行灯の灯りだけど、灯明の油って高いものだったのではないだろうか。でも、天ぷら屋台があったしなあ。

「油がちょっともったいねえが、昨夜は飲み過ぎたし、ちぃーとばかし締め切りが過ぎているのもあるんでな。」

 そういって、行灯に火を灯した。うっすらとした灯りが広がるが、現代の蛍光灯にははるかに及ばない。これでよく目が悪くならないな。そしてなんだか魚臭い。

 でも、確かに昼間は僕のことで仕事の邪魔をしてしまったのだ。申し訳ないことをしてしまったから、罪滅ぼしに現代のアイテムでも出そう。

「何か役に立つものがショルダーに入ってないかな。」

 僕はまたショルダーをまさぐった。博士は何でもかんでも放り込む人だから、何か入っているかもしれない。防災用の手回しライトとか無いかな?


 あれ?口紅といい、なんでまた博士はこんなものを入れてるのかな?ま、いいや使えそうだ。


「じゃあ、油の節約になるかわかりませんけど。この鏡を広げますね。」

 行灯のそばに折り畳みのライト付きの三面鏡を広げてみる。良かった、あんなに乱暴に扱ったのに割れていない。この反射光とライトの灯りで少しは明るくなるはずだ。

「へえ、240年も経つと鏡って、こんなにはっきり写るんだな。しかも光るのか。まるでそこに人がいるみたいだぜ。」

 源左衛門さんが鏡を手にしてしげしげと眺めている。

「ってそんなに夢中にならなくても。仕事するのではなかったのですか?」

「いや、これはすげえな。絵を書くときにこれを見ながら書けばより写実的になるし、自画像もはかどる。」

 あ、なるほど。仕事の助けになるのか。

「ふむ、なかなか俺はいい男じゃねえか。これ、もらっていいか?」

 うーん、未来の物を置いて行って歴史が変わりやしないか?って、源左衛門さん、ナルシストかよっ!子孫の自称大博士といい、どんだけ自分を過大評価してるんだよっ!?それとも平賀家のDNAの為せる技なのか?!

 まさか、口紅や鏡も博士の趣味なんじゃ…疑惑が頭をもたげるが、とりあえず先に寝ることにして考えないようにした。


 ※電気なんて無い時代、ロウソクはまだ高価な物であり、寺など限られた場所でしか使われていませんでした。庶民は行灯を使っていましたが、菜種油は高価でしたので、安い魚油を使ってました。材料は鰯やサバなどの油なので、当然魚臭くなり、煤が出るなどあまり品質は良くないものでした。そりゃ、そんな思いまでして夜更かしするならさっさと寝ますね。

 ちなみに現代で近いものはと言うと、災害時に使う技「ツナ缶ランプ」です。ツナ缶に穴を開けて芯を通せば火を灯すことができます。そして、ツナの匂いが充満してきます(汗)

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