第2話

昔々、この世界は1組の男神と女神によって作られた。

二人は空と海と大地を作り、その後光の女神は昼と人を作り、闇の男神は夜と魔のものたちを生み出した。

互いの種族は争うこともなく共に繁栄していった。

しかし、ある時を境に互いの種族は争い合う事になった。

それから魔の王、魔王と光の使者、勇者との終わることのない戦いが始まった。

勇者と魔王の戦いは何代にも渡り、最後は勇者が勝つが数百年の後に必ず魔王は生まれ、戦いが終わる兆しは一行に見えなかった。

永遠に終わることのないと思われた戦いも200年前その終止符を打った。


その日、全世界の王たちは苦渋の切断を迫られていた。

突如、地水風火の4大国の国王の元に美しい黒髪を携えた魔王の幻影が姿を現し告げた。


「選択せよ。1国が滅びるか100万の兵の命を我に差し出すか」


「100万だと…」


風の国王が呻くように呟くと魔王は微笑さえ浮かべ、


「何も一国からではない、4国から最低100万の命を我に捧げれば良い。国が滅びるのと各国25万の兵。どちらが利巧か分からぬお主らではなかろう?」


国王たちはただ呻るしかなかった。

正面きって魔王と戦うならばどれほどの被害が出るか誰にも予想は出来なかった。

それでも100万の犠牲より少なく済むという確率がかなり低いものであるということを国王たちは理解していた。


「す、少しばかり時間をくれないか」


震える声で水の国王が声を発すると


「良かろう。お主達に時間を与えよう。今日より一年の猶予を与える。生贄の回収は…そうだな水の国大樹の森が良いかのう。では、良い返事を待っているぞ」


自身の言いたいことを告げ踵を返すと魔王の幻影は国王たちを振り返ることもなく消えていった。

後日、各国の王たちは水の国に集い会議を開き決断を下した。

王たちは100万の兵を魔王討伐という名目で集め、生贄として捧げることを選んだ。


風の国の山の麓にある町の馬車乗り場はに魔王討伐の為に集められた多くの屈強な男性の姿が

多く見られたが、中には場違いなまだ幼い少年の姿があった。


「おい、お前もほんとに行くのか?」


心配してか一人の男性が場違いな黒髪金目の少年に尋ねた。


「勿論。ボクが父さんの変わりに母さんと弟を守るんだ」


答える少年の目は決意に満ちていた。


「そうか、じゃあ生きて帰らないとな」


男性の鍛え上げた岩のような大きな手が優しく少年の黒髪を撫でた。


「おじさんもね」


目を細めながら少年が応えると


「出発の時間だ!乗り遅れるな」


出発を告げる御者の声が響いた。

急いで少年と男性は熊の様な逞しい2頭の獣の引く馬車に乗り込こむと馬車の縁に手をかけ見送りに着ていた母親に少年は手を振った。


「いってきます!」


見送る母親は生まれたばかりの赤子を抱きかかえ、微笑む瞳には涙が浮かんでいた。



魔王が国王たちの元に訪れてから1年、約束の日は訪れた。

魔王討伐の名目で各国から集められた兵士は水の国、大樹の森への進行を今かと待つなか屈強な兵士の中に一際幼い少年の姿があった。


「お前、結局、帰らなかったのか」


少年に声をかけたのは町から一緒に旅立った漆黒の鎧を身にまとった戦士だった。


「帰ったんじゃ、なんのためにこれまで訓練したのか分からないじゃないか」


漆黒の戦士を見上げながら、黒髪金目の少年は腰に差した父親の形見の双剣を撫でた。


「そうだな、俺たちは勝つぞ」


鼓舞するように男性が拳を少年に向けると、少年も拳を打ち返した。

それを合図にしたかのように100万の兵たちは大樹の森へと進軍を始めた。


進軍を始めて数時間、この間魔物との戦闘もなく進軍は非常に快適なものだった。

むしろ快適すぎてそれに不安を覚えるものも出るほどだった。


「おかしい。静かすぎる」


「何が?」


いぶかしむ漆黒の戦士に少年はきょとんとした表情で尋るが応えはなく


「まさか、いやそんな事があって…」


漆黒の戦士は口元に手を当てながらなにやら呟いていた。



大樹の森中央に兵が到着すると事体は急変した。

晴天だった空は雲に覆われ夜のように暗くなり、地表には薄紫色の霧が立ち込めた。

いたるところから「何が起きた」と口々に問いかける声があがるが、その答えを知るものはこの場にはいなかった。


「気をつけろ」


そういうと漆黒の戦士は少年を自身の後ろに下がらせ身の丈ほどの戦斧を構る。

少年もそれに倣い双剣を引き抜き構えた。


張り詰める緊張を破ったのは優しげな少女の声だった。


「皆者、楽にするがいい」


声に続いて艶やかな黒髪を腰まで真っ直ぐに伸ばし、こめかみからは竜の角を生やした紫の瞳を持つ少女が兵士たちの上空に現れた。

その姿は人族の肉眼では判別できないほど離れているにもかかわらず、すべての兵士の目の前にいるかのように少女の姿は兵士たちの瞳にうつっていた。


「あれは」「まさか…」口々に大人たちが震駭の声を上げる中、少年は少女のことをただ美しい人だなと見つめていた。


「やっぱり、そういうことだったのか」


漆黒の戦士の奥歯がギチリと鳴る音がした。


「我からのせめてもの慈悲。苦しまぬように逝け」


上空にいたはずの少女は全ての兵士の前に現れると優しくその額に口付けをした。

口付けを受けたものは一瞬にして鎧だけを残し灰へと変わっていった。

こんな状況にも関わらず、兵士たちは誰一人逃げようとせず、子供が眠る前の母親に口付けをしてもらうのを待つかのようだった。

漆黒の戦士も少年も例外ではなかった。

例外はただ一人、霊槍とともにあった老騎士のみだった。


上空に浮かぶ黒髪の少女の前にはほのかに青紫に輝く一抱えもある光の球体が浮かんでいた。

淡く輝く球体は一瞬で刈り取られた命が変化したものだった。


「もう直ぐ、もう直ぐあえるのですね」


球体に向かって呟く少女の声は喜びに溢れていた。


青紫に輝く球体は次第に形を変え、少しずつ人の姿に近づき、最終的には金色の髪の赤子へと姿を変えた。


少女が手を伸ばし赤子を抱きしめようとしたその時


「貴様を倒さずして倒れられるものか!」


老騎士の勇ましい声と共に投げ放たれた霊槍は魔王の腹部を貫いてた。


「貴様!よくも」


魔王は腹部に刺さった槍を引き抜き振り返ると老騎士に向かって投げ返そうとしたが、既にその姿はなく老騎士のいぶし銀の鎧だけが地表に転がっていた。

投げることを放棄し、指の力を緩めると槍はあっさりと魔王の手を離れ落下していった。


赤子がいた方に振り返り、魔王はうろたえた。

今さっきまでいた赤子の姿が忽然と消えたのだ。


「どこじゃ?どこにいった?」


慌ててあたりを見回せど赤子の姿はなく、慌てた魔王は側近である羊の角をこめかみから生やし銀髪を後ろで纏め上げ、蝙蝠のような翼を腰から生やしたメイド姿の悪魔を呼び寄せた。

召喚されたメイド悪魔は魔王の姿を見て悲鳴をあげた。


「魔王様!酷いお怪我をなさってるではないですか。早く城に戻って治療をしないと」


「我のことはいい。王子が王子が消えたのじゃ、探すのを手伝え」


探そうと魔王が身をよじるとごふっと咳き込み同時に大量の紫色の血があふれた。


「魔王様。どうか、どうか、ご自愛ください。王子は必ずや我らが探しますゆえ」


メイド悪魔は必死の形相で魔王の腕を掴むと、少しばかり魔王も冷静になったのか


「王子のこと。頼んだぞ」


「畏まりました。魔王様は先に城にお戻りください」


頷きメイド悪魔の両肩に手を置き俯く魔王の目には涙が浮かんでいた。

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