第16話 あやうく、わらしべ長者になるところでした


「好みではないけど。

 ありがたいイケメン様の説明つきって言うのがいいわね」


 そんなことを呟きながら、涼子はグリーンネックレスの鉢を抱えて帰っていった。


 敦子はしばらく誠二と話したあとで、

「今日はとても楽しかったですっ。

 また来ますっ」

と言って去っていった。


 葉名はなは二人とは反対方向なので、なんとなく花屋の前に立ったまま、彼女らを見送る。


 誠二を振り返り、えーと、と思ったあとで、

「……コロッケ、おひとつどうですか?」

と茶色い紙袋から、コロッケをひとつ差し出した。


「ああ、ありがとう。

 晩ご飯にでもさせてもらうよ」

と微笑み、誠二はそれを受け取る。


 こうしてると、普通に愛想のいい人なのになー、と思っていると、

「男運が上がって、准と別れられる植物は入荷してないけど。

 いい感じのパキラが入ってるよ」

と観葉植物の並んだ丸テーブルの向こうにあるパキラを誠二は手で示す。


 細い幹が三つ編みみたいに編んである、小ぶりなパキラだった。


 これなら、抱えて帰れないこともない。


「パキラはなんといっても、育てやすいからね。

 ほんとは十メートルくらいになる木だから、こういうのは本当に、まだまだ幼木なんだよね。


 本当は、今、君にはオススメしたくない感じなんだけど。


 パキラの花言葉は、勝利。

 ……勝利だからね」

とパキラを見ながら誠二は呟いている。


 私が勝利してはいけないのですか……? と思っていると、誠二は、こちらを振り向き、

「ああでも、悪い虫を追い払えばいいんだよね。

 パキラを玄関に置くと、悪いモノを遠ざけてくれるよ」

と言ってきた。


 悪いモノとは、もしや、あの人のことだろうか……?

と思う葉名に、


「そうだ。

 コロッケのお礼にこのパキラあげるよ」

と誠二は言い出した。


「ええっ!?

 そのコロッケ、百円もしてないですよっ?」


「いいよ、あげるよ」


 家まで持っていってあげる、と言う誠二に葉名は慌てる。


 誠二を家に入れるな~と鬼のような形相で、じゅんが言っている気がしたからだ。


「あー、いえいえいえ。

 結構です~っ。


 その、我が家で十メールくらいになっても、大変ですしー」

と言って、


「いや、そこは切りなよ……。

 っていうか、ならないよ」

と言われてしまった。





 誠二がどうしてもパキラを運んできてくれると言うので、葉名は誠二がお客さんの相手をしている隙に、お金を置いて、


「お釣りはいりませんっ」

と叫び、パキラを抱えて、逃亡した。


「えっ? ちょっとっ」

と誠二はこちらを振り返りながら言うが。


 少し耳の遠いおばあちゃんが来ていたので、そちらも気になるらしく、誠二が何度もあっちもこっちも見ている間に、葉名は商店街を出ていった。


 重い……パキラ。


 そして、これ、何処に置いたら。


 玄関に置けと誠二さんは言ってたけど、うちのマンション、玄関は真っ暗だしなー。


 第一、玄関に置いたら、社長が来なくなると言うのなら――


 言うのなら――


 まあ、それでいいはずなんだが、とりあえずは置くまい、と思いながら、葉名は家へと帰った。





 うう、重かった。


 とりあえず、窓辺の床にパキラを置いてみたら、夕陽が差し込む中に、パキラ、クマ、ガジュマルが並んでいて、すごくいい感じだった。


 うん、此処でいいじゃないか。


 パキラとクマとガジュマル……


 ……クマ!?


 そこで、ようやく葉名はクマを下ろした。


 クマはふかふかになっていた。


 ぎゅっと抱きしめると、お日様のようないい匂いがする。


 洗ってよかったな、と思った。


 幼い頃、このクマを小脇に抱えて遊んだ夕暮れの龍王山公園を思い出す。


 あの頃はまだ、お父さんもお兄ちゃんも居たっけな、とちょっと切なくなった。


 さて、今日は早く帰れたし、社長も来ないようだから、軽くコロッケとなにかでご飯食べて、おうち片付けるか、と葉名は最近、社長のおかげで、比較的片付いている室内を見回した。





 ピンポン、とチャイムが鳴って、振り返った葉名はリビングの扉の上にある丸時計に目をやった。


 ……どうやら、タイムスリップしたようだ、と思う。


 もう十時半なんだが、どうしたことだ。


 さっき、夕暮れどきに、お掃除しよう、と誓ったばかりのはずなのに。


 テレビの下を片付けているうちに、時をかけてしまったようだった。


 過去にはタイムスリップできないが。


 未来には簡単にできるようだ、と思いながら、葉名はテレビの画面を見つめた。


 後ろでは、チャイムが連打されている。


「開けろっ、葉名っ。

 さもなくば、鍵を寄越せっ」


 その言葉に、やっぱり、過去に飛んだのだろうか、と一瞬思う。


 この人、この間もこんなことを言っていたような、と思いながら、インターフォンに向かい、


「すみません。

 今、森に行って、材料を集めてるんですが。


 全部集まってないんですよ。

 あと二日で依頼品を完成させないといけないのに」

と言って、


「なに言ってんだ、葉名っ。

 現実に帰ってこいっ」

じゅんに叫ばれた。





「……ゲームやってたのか」


 テレビの前の惨状を見ながら、呆れたように、准は言う。


 いやあ、と葉名はまだぼんやりしたまま、答えていた。


「テレビの下がごちゃっとしてたので、片付けようと思ったんですよ。


 木のカゴを引っ張り出したら、古いゲームが出て来たので、捨てる前に一度やろうかと――」


「よくおちいる罠だな……」

と腕を組み、結局、散乱させただけのテレビの下の木製のカゴの中身を見ながら、准は呟く。


「大丈夫です。

 すぐ正気に戻ります。


 今は、なんで私、こんなところで、呑気に会話してるんだろう。


 早く、森に帰って材料集めなきゃって思ってますけど、すぐに正気に戻りますから」


「……そんなことをいい大人が人に向かって堂々と言ってる時点で、相当正気じゃない気がするがな。


 ところで、飯は食ったか?」


「はい、食べました」

とまだ、森から抜け出せないまま、葉名が言うと、


「そうか。

 もし、食べてないようなら、一緒に食べに行こうと思ったんだが」

と准は言う。


「そうだ。

 コロッケがありますよ。


 商店街のお肉屋さんのコロッケ、美味しいですよ」

と言うと、


「商店街?

 また、誠二のところに行ったのか」

と准は眉をひそめる。


「はい。

 コロッケがパキラになって、わらしべ長者になるとこでしたよ」

と言って、


「……早く現実に帰ってこいよ」

と言われてしまったが。


 いやいや、そこは現実に起こったことですよ、と思いながら、葉名はキッチンへと向かった。




 准のために、コロッケやご飯を温めているうちに、葉名は完全に正気に戻っていた。


「あのー、こんなものでよかったですかね?」


 社長にコロッケと残り物なんて出していいだろうか、と今になって気がついたのだ。


「……社長?」

と呼びかけてみるが、准からの返事はない。


 電子レンジの方を見ていた葉名が振り向くと、准はゲーム機のコントローラーを握り、連打していた。


「……社長」


 呆れたような葉名の呼びかけに、准はハッと我に返り、

「俺までやってしまったじゃないかっ。

 俺の貴重な時間を返せっ」

と叫び出す。


 うーむ。

 この人も所詮、同じ穴のムジナのようだ。


 そういえば、パントリーのときも、一緒に脱線してしまったし。


 二人でやっても、あんまり片付けが進まないはずだな、と思いながら、ダイニングテーブルに食事の載った盆を置いた。






「恐ろしいな、ゲームと漫画。

 つい、最後に、と思って読んだりやったりして、罠にはまるよな」

と言いながら、准は葉名の用意した晩ご飯を食べていた。


「美味いな、このコロッケ」


「でしょう?

 揚げたて、もっと美味しかったんですよ」


「ほとんどイモなのに、なんで、肉屋のコロッケは美味いんだろうな?

 コロッケを揚げるラードがいいからという話もあるが――」

と准が言いかけたとき、ピンポン、と鳴った。


 え?


 今、十一時なんだけど、と葉名は時計を見る。


「誠二が釣り銭持ってきたんじゃないのか?」

と准は言うが。


 いや、あの人はこんな非常識な時間にお客さんの許を訪ねてきたりはしないだろう。


 第一、うちを知らないはずだし。


 ……もっとまずい人な気がする、と思いながら、葉名は立ち上がる。






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