第9話 ファストフードはご飯に含まれません?



「そうですね。

 やっぱり、モンステラとか、アンスリウムとか、ウンベラータとか。


 ハート型の葉や花を持つものとか、特にいい気がしますよね」

と誠二は恋愛運アップの植物を紹介してくれる。


「あと、実がなるようなものとか。

 ワイルドストロベリーとか有名ですよね」


「あ、ウンベラータ、私、好きです」

と葉名は笑って言った。


 あの細い幹が不思議な感じに曲がっているのが、なんとも言えず、いい感じだ。


 リビングに置いてあったりすると、その場に自然に馴染んでいるのに、ふと見ると強いインパクトがあるというか、ちょっと不思議な感じで好きだ。


「欲しいんですけど、大きくて形がいいのは高いし。

 ウンベラータ、いつかなにかで成功したら、欲しいです」

と葉名は語る。


 准が居たら、

「いつかって、いつだ?

 なにかって、なにでだ?」

といらぬツッコミを入れて来そうだな、と思いながら。


 だが、その場に居たのは、悪王子ではなく、愛想のいいお花屋さんだったので、

「じゃあ、今度、安くていいのがないか見ておきますよ」

と言ってくれた。


「ありがとうございます。

 あ、私、晩ご飯買いに来たので」

と右側に見えてきたファストフードの店を指差しながら、葉名が言うと、


「じゃあ、僕も買って帰ろうかな」

と誠二が言い、そのまま、なんとなく一緒に店に入った。


「そうだ。

 掃除する気になる観葉植物とかないですかね?」

と呟いて、


「……なにそれ?」

とやさしい誠二を苦笑いさせながら。





「おはようございます。

 あれっ? 室長は?」


 翌朝、葉名は室長に用事があって、秘書室に訪ねていったのだが、居たのは、涼子だけだった。


「桐島っ、桐島っ」

とノートパソコンを打ちながら、涼子が手招きしてくる。


「昨日のイケメン誰っ?」


 えっ?

 社長のことかっ? と一瞬思ってしまったのだが、それなら、誰とは訊かないはずだと気がついた。


「ほらっ、夕べ、あんたが一緒にご飯食べに行ってたっ」


 誰かと一緒に食べに行ったっけ? と思ったあとで、ああ、と気づく。


「あれ、たまたまお店に一緒に入っただけのお花屋さんのおにいさんです」

と答えた。


 いや、一緒に食べたのは事実なのだが、それはただ単に、店に入った誠二が、

「僕、やっぱり食べて帰ろう。

 その方が片付けるのにも手間いらずだしね」

と言い出したからだ。


 それを聞いた葉名が、


 確かに……。

 買って帰ったら、結構ゴミ出るし、パンくずも意外に散らばるよな~。


 部屋汚すと、また社長に怒られるしな、と思っていると、誠二が、


「葉名さんもどう?」

と言ってきたので、


「ああ、そうですね」

と返事をして、持って帰らずに店で食べただけなのだが……。


 ガラス張りの店で、道沿いのカウンターに座って食べたから見られたんだな、とは思ったが、まあ、別に見られてまずいこともない。


 そう思っている葉名の前で、涼子は、

「えっ?

 あの人、お花屋さんなのっ?


 何処にあんなイケメンのお花屋さんが居るのっ?


 紹介して、葉名っ。


 あんたの彼氏じゃないのならっ」

と言ってくる。


 あ、葉名になってる、と思いながら、葉名は笑って言った。


「その先の商店街のお花屋さんなんですよ。

 今度ご案内しま……」


 そこまで言ったとき、背後に不穏な気配を感じた。


 振り返ると、悪王子が立っていた。


「桐島。

 昨日のミスにより、ちょっと言いたいことがある。


 来い」


 いきなり、そんなことを言い、准はさっさと社長室に入っていってしまった。


「……ねえ、あんた、またなんかやった?」

と涼子が言ってくる。


「また、はいりませんよ、三浦さん……」


 いや、いるかな? と思いつつ、パタン、と閉まってしまった社長室の扉を葉名は眺めた。




「失礼します」

と頭を下げ、社長室に入った葉名は、顔を上げた瞬間、シュッ、といきなり、なにかを吹きかけられた。


「つめたっ」

と言いながら、顔についたものを手で払うと、観葉植物用の深緑の霧吹きを持った准が目の前に立っていた。


「おい、モンキー」

とドスの効いた声で言ってくる。


 ……だから、モンキーやめてください、と思っていると、


「イケメンと食事に行ったってどういうことだ?

 俺は此処に戻って、せっせと働いてたのに。


 お前は他の男と食事に行ってたのか?」

と霧吹きを銃のように構え、こちらに向けて言ってくる。


「いや、違いますよ……」


 そもそも、貴方のために、運気の上がる観葉植物を訊いてあげようと思っただけなんですが、と思いながら、一緒に店に入った経緯を告げたのだが、准は、


「いや、その男はお前に気がある」

と言い出した。


「ファストフード店なら、軽く誘えるし、警戒されないもんな。

 話の流れで一緒に食べることも可能だし。


 上手くいかなかったら、じゃあ、自分も持ち帰りで、とかさらっと言って、相手に警戒心を抱かせることなく、話を終わらすこともできる」


 ま、確かに流れで、スルッと一緒に食べてしまったな……と思った葉名ではあったが。


 そんなことより、

「まあ、俺でもそうするからな」

と言う准の一言の方が気になった。


 何処の女にそんなことしてやがるんですか、と思ったからだ。


 その気配を感じた准は、

「いや、お前とたまたま知り合ったら、俺ならどうするか想定してみただけだ」

と言ってくる。


「俺の好みではないが、お前は美人だからな。

 知り合ったら、ちょっとラッキー、くらいの」


「あの……その程度の好意しか抱いてないのなら、もう、言い寄らないでもらえますか?


 っていうか、その程度なのに、キスとかしないでください。

 私、初めてだったのにっ」

と思わず、昨日からの不満をぶちまけると、


「初めてだったのか」

と真顔で驚かれた。


「いや、そういう驚かれ方をすると、この歳までしてしなかった私の方が悪いみたいな感じになってしまうんですけど……」


 浮いた噂のひとつもなかった女ですみません、と謝りそうになる。


 だが、准は、

「いや、してなくていいんだ」

と言ってきた。


「嬉しかっただけだ。

 俺が初めての男なのかと――」


 あの、そういう言い方されると、貴方と他のことまでしてしまったみたいに聞こえるんですけど、と葉名は赤くなる。


「でも、幼い頃、出会った相手とファーストキスとかドラマチックだよな。


 十年愛だな」

と感慨深げに准は語ってくるが。


 いや……、貴方、すごく軽い感じでしたうえに、十年以上、私のこと、忘れてましたよね?


 っていうか、私も忘れてましたけど……。


「なんだ、不満げだな」

と准はこちらを見て言ってくる。


「勝手にキスされたことが不満なのか。


 大丈夫だ。

 お前がこれから、俺を好きになればいいだけの話だ」


「軽く言ってきますね……」

と言ったのだが、准は、まだ手にしていた霧吹きを下げると、葉名を見つめ、言ってきた。


「努力するよ。

 誠心誠意、お前に尽くしてやる――」


 いや、恋って、努力でどうにかなるものなんですかね?

と思いながら、葉名は、


「失礼します」

と頭を下げ、ひんやりとした社長室のノブを握った。


 動揺していない風を装っていたが、内心、そうでもなかった。


 あー……びっくりしたー。


 あんな風にまっすぐ見つめられると、うっかり、ときめいてしまうではないですか。


 そんな葉名の背後から、

「葉名。

 今日も行けたら、行くからな」

と准は曖昧なことを言ってくる。


 まあ、忙しいのだろう、と思い、

「わかりました。

 失礼します」

ともう一度、頭を下げ、葉名は社長室を出て行った。


 秘書室に出た途端、


「葉名っ」

とちょうど電話を切ったところだった涼子が呼んでくる。


「大丈夫なの?」


 またなんの失態をやらかしたのかと心配してくれているようなので、

「大丈夫です」

と笑うと、


「そう。

 まあ、元気出して。


 缶コーヒーくらいおごってあげるから」

と言ったあとで、涼子は、


「……だから、夕べのイケメン紹介してね」

と付け加えることは、もちろん忘れてはいなかった。


 葉名は苦笑いしながら、

「了解です」

と答える。



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