第2話 選ばないでください、王子様

 


「じゃあ、彼女にします」


 会長に、この中から誰か選んで結婚しろと言われた悪王子、じゅんはテーブルの上に広げられた見合い写真からではなく、そこに居た葉名を選び、言ってきた。


 会長が、は? という顔をしたあとで、葉名を見る。


 准は葉名の腕をつかんだまま、

「彼女と結婚することにします」

と宣言した。


 いや、することにしますって……。


 あのー、すみません、社長、私の意志は? と葉名が固まっていると、会長は胡散臭げに葉名を上から下まで見ながら、


「……誰だね、彼女は」

と言ってくる。


 准は一瞬、考えたあとで、

「……誰なんでしょうね」

と言った。


 おい、悪王子、と思う葉名を振り向き、准が問う。


「おい、お前。

 名前はなんだ?」


「き、桐島葉名きりしま はなです」


 すると、准は葉名の腕をつかんだまま、会長を振り向き、

「桐島葉名です」

と復唱する。


「歳は幾つだ」

と会長に訊かれた准は、またも、こちらを振り向き、


「歳は幾つだ」

と訊いてきた。


「に、二十二です」


「二十二です」


 ……貴方、私と会長の言葉を繰り返してるだけじゃないですか、と思ったとき、会長が、

「それで、どちらのお嬢さんなんだね」

と訊いてきたので、葉名は准が口を開く前に、直接、会長に向かい、答えた。


「そっ、そこらの一般庶民ですっ」


 そういえば、この話はすぐに終わると思ったのだ。


 だが、会長は、そうかね、と言うと、腕を組み、目を閉じる。


 そして、思慮深げな顔で言ってきた。


「そこらの普通のおうちのお嬢さんだと言うのに、野心家の准が結婚したいと言うからには、君には、人とは違う、なにかキラリと光るものがあるに違いない」


 なんですか、そのなにかの選考結果みたいなの。


 っていうか、なにもありませんよ!? と思う葉名を見て、会長は矢継ぎ早に質問してきた。


「ときに、君、出身は何処だね。

 この辺りかね?


 大学は?

 家族構成は?」


 職務質問かっ、と思いながら、葉名が会長にいろいろと聞かれている間、准はテーブルの上に並べられた育ちの良さそうな美女たちの写真を見ては、腕をつかんだままの葉名を見上げていた。


 いやー、どう考えても、その美しいお嬢さんたちの方がいいですよね、悪王子。


 どうか私を選ばないでください、と思いながら、准の横顔を見つめていると、准は葉名の腕をつかんだまま、立ち上がり、言ってきた。


「そんなわけで、この話は此処までで、会長」


 その言葉に、葉名は、少し、ほっとしていた。


 この人、やっぱり、見合い話を断りたくて、適当なことを言ってるんだな、と思ったからだ。


 会長も、こんなその辺の小娘と結婚したいと苦し紛れに言い出すほど、孫が追い詰められていると気づいて、話を取り下げようとしてるんだろう。


 そう勝手に解釈した葉名は、やれやれ、もう帰っていいだろう、と思いながら、

「では、失礼致します」

と頭を下げた。


 そのまま行こうとして気づく。


「……すみません、社長。

 手、離してください」


 准は、……ああ、と今気づいたように言い、そっと手を離してくれた。





「育ちの良さそうな娘さんだな」


 葉名が出て行ったあと、閉まった黒い扉を見ながら、会長、東雲将司しののめ まさしはそう言ってきた。


「そこらの庶民だそうですよ」

とやはり、扉の方を見ながら、准は素っ気ない口調で答える。


 葉名が居るときには、厳しい顔つきをしていた将司だったが。


 彼女が居なくなった今、目を細めて、笑い、言ってくる。


「美人じゃないか。

 ばあさんに似ておるな。


 お前、ばあさんっ子だからな」


「……似てませんよ」

と言ったあとで、准は、


「一般的には綺麗な顔かと思われますが。

 私の好みではありません」

と言って、


「……なんで結婚したいんだ? お前」

と言われてしまった。


 さあ? と答えたあとで、ふと壁際を見ると、葉名が運んできたお茶はまだそこに残されたままだった。





 一体、なんだったんだ……と思いながら、葉名が秘書室に戻ると、

「できたっ」

と涼子が束にした資料を手に、立ち上がるところだった。


「ありがとう。

 お疲れっ。


 もう帰っていいわよっ」

と言いながら、涼子は資料を確認していた。


 そこで、はた、と気づいた葉名は、

「……あ」

と声を上げる。


 その不穏な「あ」に気づいたように、涼子が目を上げ、こちらを見た。


「すみませんっ。

 お茶、サイドテーブルに置いたまま、忘れてきてしまいましたっ」


「あん……っ!」

と叫びかけ、涼子は社長室を気にし、慌てて声を抑える。


「あんた、なにしに行ったのよーっ」

と小声で叫んでくる。


「すみませんっ。

 テーブルの上が物でいっぱいだったのでっ」


 見合い写真で、などと言ってはまずいかと思い、そこのところは伏せておいた。


「汚してはまずそうなものだったので、サイドテーブルに置いて戻ってきたんです」


「そう。

 じゃあ、まあ、いいわ」


 後ろを向いた涼子は、壁に造り付けの細長い鏡で身だしなみを確認しながら、

「社長には、ちゃんと止むを得ず、そこに置くこと、断ったんでしようね?」

と訊いてくる。


「……えーと、たぶん、伝わったと思います」


「なにそれ、以心伝心っ!?」

と叫びながらも、それ以上構ってはいられないっ、と思ったのか、涼子は急ぎ足で、社長室に向かい、ノックする。


 だが、

「入れ」

と准に言われ、


「はい」

と答えときには、ちゃんといつものしとやかな涼子に戻っていた。


 さすがだ……、と思いながら、葉名がそちらを見つめていると、

「はい、お疲れ様」

と浅田室長が、ころんとした可愛らしいガラス瓶に入ったカラフルな金平糖をくれた。


 細くなった瓶の首のところには、赤い組紐がかけられている。


「あ、可愛いですね」

と言ったときにはもう、資料を渡し終えたらしい涼子が社長室から出てきていた。


「お疲れ様、桐島さん」

とすっかり普段の落ち着いた秘書の顔に戻り、涼子は言う。


「別に会長たちもお怒りではなかったわよ。

 ありがとう。


 はい。

 冷えてもぬくもってもないけど。


 自分でいいようにして飲んで」

と涼子らしい物言いで、テーブルの上にあった缶コーヒーを渡してくる。


 葉名は、金平糖と缶コーヒーを抱え、

「ありがとうございます。

 お茶運んだだけで、こんなにすみません」

と頭を下げたが。


 いや、危うく、お茶運んだだけで、悪王子と結婚させられるとこだったんだよな、と気づく。


 金平糖と缶コーヒーの対価にしては高すぎるっ、と思ったとき、

「桐島さん」

と室長に呼びかけられた。


「はいっ」

と慌てて返事をしたとき、金平糖と缶をつかんだ腕に、ポン、とバインダーを載せられた。


 そうだ。

 室長の印鑑もらいに来たんだったと思い出し、葉名は苦笑いする。


 そこらのデスクに放り投げていたのを見て、室長が印鑑を押してくれていたようだ。


「あっ、ありがとうございますっ」

と深々と頭を下げ、葉名はようやく秘書室を出た。


 デスクに戻り、ペペロミアの白い鉢の横にそのカラフルな金平糖の小瓶を置く。


「ほうら、ペーちゃん。

 金平糖もらっちゃったよー。


 幸運を呼ぶ君のおかげかな」


 いや、ぺーちゃんが呼んできたのは、強引でマイペースな悪魔の王子様だったのだが。


 このときの葉名はまだ気づかず、呑気に、


 三浦さんにもらった缶コーヒー冷やして飲もうかなあ。

 まだちょっと寒いよなあ、などと考えながら、備品伝票を整理していた。






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