第29話 悪いものではない。

「姫様、姫様。起きてください。」


ユイがリリーナを揺り動かす。いつの間にか眠っていたらしい。


「外が騒がしいようです。何かあったのかと。」


起き上がって窓から外を見る。陽が落ちたせいか暗く詳しいことはわからない。しかし、多くの人間が走り回っているような影が見えた。


「何が起きているのでしょうか。」


「・・・わかりません。」


そう言いながらもリリーナは鼓動が高鳴っているのを感じた。あの人が助けに来てくれたかもしれないと。


「ユイ、いつでも脱出できるよう準備をしておきましょう。」


――――――

「黒崎、すごいことになったな。」


牛田が興奮して話しかけて来る。俺も目の前にある光景が信じられないという感じで「ああ。」と返事をした。


鍾乳洞の入り口を守っていた兵士たちは計画通り牛と豚が蹴散らした。何事かと集まって来る兵士たちもプリムが魔法の電撃で痺れさせる。俺達はクワを振り回しながら一気に屋敷の前まで来ることができた。


予想外だったのはそれを見ていたこの農場の人間も一斉に暴れ出したことだ。あっと言う間にあちこちで「もううんざりだ!」とか「解放してくれ!!」という言葉とともに兵士が襲われる。


俺達がクワを持って騒いでいるのを見て反乱が起きたと勘違いしたのかもしれない。


「農民を怒らせると怖いってことだ。」


「でもチャンス。今の内に屋敷へ入ろうぜ。」


「待て、誰か出て来るぞ。」


屋敷の入り口付近の壁に張り付き、息を潜める。扉が開いたかと思うと兵士が走り出てきてそのまま直進して行った。


「よし、今だ。」


俺達は隙をついて難なく屋敷に入ることができた。


――――――

「まったく、奴隷の管理もできんのか。」


公爵は2階にある自室の窓から外を見てつぶやいた。


「・・・私が指揮を取らんとだめのようだな。」


騒ぎを沈めて来いと命令をしたものの状況を見るに部下だけでは難しそうに見える。公爵はユイから取り上げたヴァレンタインを机に置くと、壁に掛けてあった自分の剣を取り部屋を出て行った。

――――――

公爵の屋敷は入るとすぐにだだっ広いエントランスがあり、真ん中から階段が2階へと伸びている。


「黒崎、リリーナさんたちがどこかわかるか?」


ミートリオがキョロキョロと辺りを見回しながら聞いて来る。だが、それは俺にもわからなかった。


「すまん。どこに連れて行かれたかわからない。」


「しらみつぶしに探すしかないな。」


俺達が手分けして走り出そうとした瞬間、頭上から「どこに行くのかね?」という声が聞こえて来た。


見上げると2階から公爵が不機嫌そうな顔で見下ろしている。


「・・・君は満田君と帰ったはずではなかったかな?」


「さぁ、あんな身勝手な奴のことは知らないね。俺はある人がここで待ってるって言うから迎えに来たんだ。」


「ふむ。満田君にも困ったものだな。自分から言い出しておいて懐柔もできないとは。これは契約を見直す必要もあるかな。まぁ、それは後でもいいことだ。まずは・・・。」


すると公爵は2階の手すりを乗り越え、いとも簡単に下へ飛び降りた。そして俺達の近くへと来る。


「く、黒崎、こいつ誰だ?」


鳥飼が聞いて来る。相手の威圧感に押されてか声が少し震えていた。


「・・・ロリータ公爵だ。」


「そうか、こいつがユイさんを男嫌いにした変態か。」


玉崎の言葉でミートリオに気合が入る。公爵を睨み返していた。


「どうしてそんな目で見る。ここは私の屋敷で君たちは侵入者。そうじゃないかね?賊は排除しないとな。」


威圧感が一層増した。いや、これは恐怖なのかもしれない。冷や汗があふれ出る。


「黒崎、俺達がこいつの相手をする。その間に2人を見つけるんだ。」


牛田が小声で話してくる。「だけど・・・。」とためらう俺にプリムも言った。


「ボクもいるから大丈夫。リリーナ様とユイを早く助けてあげて。」


「プリム・・・。」


彼女は笑い魔法を使うため手を高く掲げた。


「「行け黒崎!うわああああ!!」」


玉崎と鳥飼がクワを振り上げ公爵に向かって突進する。


「早く!」牛田が叫ぶ。


「・・・みんな、気を付けろよ。」


そして俺は階段の後ろにある廊下に向かって走り出した。


――――――

走りながら手当たり次第に扉を開けて行く。そして廊下の一番奥にカギのかかった部屋があるのを見つけた。


ドンドンドンッと力いっぱい叩く。


すると、中から聞きなれた声が返って来るのだった。


「・・・ゆ、雄太か?」


「ユイさん!ここにいたんですね。リリーナさんは!?」


「一緒だ。」


よかったと安堵する。しかしすぐに扉には鍵がかかっていることを思い出した。ガチャガチャと力いっぱいノブを回してみたが開く気配はない。


「くそっ。」と思わず声が漏れる。何かないかと辺りを見ますと、自分の手にあるクワの存在を思い出した。


「ユイさん、リリーナさん。下がっていてください!」


「どうする気だ?」


「扉を・・・壊します!!」


俺はクワを思いっきり振りかぶり思いっきり打ち付けた。何度も何度も。


・・・・それから何回振り下ろしただろう。「はぁっ、はぁっ。」と肩で息をする。手にできたマメが何個も潰れていた。


だが扉も無傷ではない。使われている木は削れ、ささくれ立ち弱っているのがわかる。


もう一息だ!




「お、俺の、俺の家族を、仲間を返せーーーーー!!!!」





バキャッと激しい音がしてついに穴が開く。


その先にはユイとリリーナがいるのがわかった。


「はぁっ、はぁっ。や、やった。いつっ。」


ズキッと手に鈍い痛みが走る。クワの柄が手の平から流れた血で赤く染まっていた。


「・・・雄太、そのクワをよこせ。」


穴からクワを渡すとユイは「下がっていろ。」と言った。そして振りかぶるとたった一振りで扉を破壊してみせる。


「あ、あら・・・。そんな簡単に。俺って情けねぇ。」


力尽きてその場にへたり込んだ。するとリリーナとユイが中から駆けよって来る。


「お前が扉にかかっていた防御魔法を破ったお陰だ。」


「そ、そうですか。・・・あ、ユイさん。手に俺の血が付いちゃってます。す、すいません。」


「・・・気にするな。悪いものではない。」


ユイは手を拭くこともせずこちらをじっと見ていた。


「雄太さん、本当に来てくれたんですね。」


リリーナは涙ぐんでいる。俺は彼女の顔を見て優しく微笑んだ。


「だって『助けに来て。』って顔してたじゃないですか。わかってたんでしょ?いつものように。」


「・・・そ、そうです。私の思っていること雄太さんなら気づいてくれると、信じて、まし・・・た。」


そう言ってリリーナは笑う。目から涙を1つ2つと流しながら。






「プリムと牛田たちが公爵と戦っています。」


俺がそう告げると2人はゆっくり頷いた。


「公爵様は剣の達人だ。早く行かないとみんな危ない。」


「ユイさん、でも武器が・・・。」


「武器ならあるさ。」ユイはニヤッと笑い、その手にあるクワを握りしめた。


――――――

「ぐえっ。」


公爵の出した蹴りが牛田のみぞおちに入る。彼はたまらず膝をついて悶絶した。


玉崎はそれを見て尻込みをする。鳥飼は先ほど投げ飛ばされ気絶していた。


「おじちゃん!」


プリムは叫びながら電撃を繰り出して公爵に放つ。魔法は公爵の体に当ったもののまるでダメージはない。


「無駄だ。この服に魔法は効かない。それに君たちは何の訓練もされていない素人だ。私には触ることもできないよ。」


公爵は憐れんだように見下しながら言った。


「お、おい、牛田大丈夫か。」


「ぅえっ。はぁはぁ。な、なんとか。」


「もうやめにしないかね。勝ち目はない。それよりどうだ?私に協力しないか?異世界の協力者はいくらいてもいい。金ならやる。地位も与えよう。」


牛田はクワを杖にしてヨロヨロと立ち上がる。


「い、いやなこった。仲間や地元を見捨てて金儲けなんかしたくないね。それに・・・。」


「それに?」


「協力するなら女の子のほうがいいね!!」


牛田の魂の叫びに公爵はやれやれと言って首を振った。


「じゃあ、仕方ないな。そろそろおしまいにしよう。」


そう言って鞘から剣を抜く。今までは手を抜いていたのだ。圧力に押され牛田はたまらず尻もちをつく。


公爵は剣を構え牛田を切るためそれを振り払った。




ガキィンッ。




エントランスに金属と金属がぶつかり合う音が響き渡る。牛田が恐る恐る目を開けると公爵の剣をクワで受け止める女の子が前にいた。


「ほう、逃げ出したのか。」


「そうです。あなたの野望を阻止するため。」


いつの間にかプリムの横にいるリリーナが毅然と言う。


「リリーナ様!ユイ!」


プリムが嬉しそうに2人の名前を呼ぶ。ユイは振り返らず「ここからは私に任せろ。」と言った。


「あ、あれ・・・?黒崎は。」


「雄太?」


牛田、玉崎、プリムは辺りを見回す。しかしどこを探しても俺の姿はなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る