第19話 普通のみそ汁ください。

「1年ぶりかな。元気にしてたかい?」


松本さんは「ふぅっ」と白い息を吐いた。タバコの煙は風に流されていく。


「あのころよりは元気ですね。農業を手伝いながらゆっくりしてますんで。」


まぁ、若干3人ほど騒がしい女の子が家にいるけれども。


「そっか、農業の手伝いをね。もったいないな、あんなに優秀だったのに。」


「やめてください。会社の名前に助けられていただけです。」


「看板の力があっても仕事ができない奴は大勢いると思うけどね。」


松本さんはタバコを加えると短く吸って煙を吐いた。


「・・・。松本さん、さっき視察って言ってましたけど。」


「この街に食品スーパーが出店するの知ってるかい?」


「もちろん、その噂で持ち切りですよ。」


そう言えば松本さんはそのスーパーの本社にいたはずだ。まさか。


松本さんはタバコの吸い殻を灰皿に捨てるとポケットから名刺を取り出した。


「僕の新しい肩書だ。」


『店舗開発部 部長』そう書いてあった。


「オープンから軌道にのるまでここに滞在することになる。」


「・・・と言うことは競合になるこの店を見に来たんですね。」


「そうなんだ。商品の価格帯を調べるのは基本だからね。それともう1つ理由がある。」


「もう1つ?」


「うちと契約してくれる農家をリストアップしようと思ってね。直売所のラベルには生産者の名前と住所が記載されていることが多いから。」


なるほど、その情報を元に農家のところへ交渉に行くわけだ。おそらく農家と直接契約することで仕入価格を抑えるつもりなのだろう。間に業者を挟むと手数料が取られるし。


「大変ですね。」


「うん。それは、そうなんだけど。・・・黒崎君、さっき農業の手伝いをしてるって言ってたけど、要は無職ってことだよね?」


無職、改まってそう言われるとグサッとくる。だが、反論の余地はない。


「・・・そうなりますね。」


「よかったら、うちのスーパーで働かないかい?この街担当のバイヤーとしてだ。地元の農家を説得して商品を集めて欲しい。君にはその能力がある。」


突然のスカウトに驚き言葉が出ない。いろんな考えで頭の中がごちゃごちゃになる。


正直誘われるってのは悪い気しない。認めてくれてたってことだから。


でも、会社という組織に戻るということには抵抗がある・・・。


「どうかな?」


「・・・すみません、ちょっといきなりすぎて。少し考えさせてもらえませんか?」


「いいよ。ゆっくり考えるといい。名刺に僕の連絡先書いてあるから。」


俺は申し訳なさそうに頭を下げた。



―――――

「黒崎くぅん。何をお話ししていたのかな?」


「ずいぶん親しげだったねぇ。」


松本さんと別れて車に戻ると牛田と玉崎が待ちかねたように話しかけて来た。


「「あれはどこの誰なんだ?」」


田舎はヨソ者に厳しい。すぐ素性を調べたがる。


「前の仕事をしている時にお世話になった人だよ。久しぶりだったからお互いの状況を確認し合ってただけさ。」


こいつらに松本さんは『今度出店するスーパーの部長』なんて言ってみろ?血の雨を降らそうとするに違いない。


「お前が仕事で世話になったのなら食品関係だろ。スーツ姿で何しに来たんだ?」


「それは、その・・・あ、あれだ。この土地にしかない食材を探しに来たらしい。あの人の会社、通販をやってるから。」


「それなら商工会や農協に行けば手っ取り早いのに。あ、青年団に聞いてもらってもいいぞ。な、玉崎。」


「おお、それがいい。質のいい豚肉があることを教えてやる。な、牛田。」


「いや、牛肉だろ!」 「豚肉だ!」と2人はつかみ合いを始めた。


車が揺れてハンドル操作を間違えそうになる。


「やめろっ、暴れるな!危ないだろ。ちゃんと牛肉と豚肉の両方があることを伝えておくから。」


こいつらには松本さんに言われたこと相談できそうにないな・・・。


そう思いながら家へと向かうのだった。


―――――

家に戻った俺達をクラウスさんとプリムが出迎えてくれた。婆ちゃん、リリーナ、ユイはすでに作業へ向かったらしい。


屋敷に入ると同時にお腹が『グゥッ』となった。それを聞いたプリムがピョンピョン手を上げ飛び跳ねながら言う。


「はいはい!雄太のために朝ごはん作ったよ。ボクが。」


「・・・また虫じゃないだろうな。」


「エッヘン。ボクも日々成長するんだよ。クラウスの真似をして海藻入りのお味噌汁を作りました。」


「どうしても作りたいとおっしゃったので・・・。」とクラウスさんが頭を振る。


「まじかよ、プリムちゃんの手料理が食べられる。」 「俺、感動で泣きそう。」


その言葉忘れるなよ。お前たちが思っているようなまともな料理は出て来ないと思うぞ。


なぜならプリムはリリーナに似て俺が驚いたり困ったりするのを見るのが大好きだからだ。


「・・・うぅ、おはよ・・う。」


「鳥飼、鳥飼じゃないか!?」 「生きてたのか!」


「ひどい言いぐさだな。まぁ俺も忘れてたけど。」


顔を真っ青にしながら鳥飼がどこからともなく現れる。おそらく今まで眠っていたのだろう。ひどい二日酔いのようで酒のニオイをプンプンさせていた。


「な、なんとか。それよりも、俺にもみそ汁食べさせてくれ。」


「ふふーん、4名様ご案内~。さぁどうぞどうぞ。」


プリムが手招きをする。そんな彼女の顔を見ていい予感は少しもしなかった。


―――――

椅子に座ると『ご飯、みそ汁、漬物』がそれぞれの前に置かれる。見た目はどれも普通だった。


ほっ、どうやら今日はまともに作ったようだな。


「申し訳ありません。玉崎様からもらったポークウインナーはプリムが全部食べてしまいまして。」


「おまっ、少しは残しておけよ!」


玉崎が持って来たってことは天然羊腸を使った豚肉100%のものだ。この辺じゃほとんど売ってないんだぞ。


注意されたプリムは「ごめんなさぃ。」と言いながら下を向く。


「黙れ黒崎。」 「腐れ外道。」 「こんなカスの言うこと気にしなくていいよプリムちゃん。」


ミートリオの3人は俺を罵倒するとプリムに優しい言葉をかける。なるほど、こいつらにとって俺の意見は鼻くそ以下らしい。


そんな女の子至上主義な男たちにフォローさて、プリムは元気を取り戻す。顔を上げると大きな声で言った。


「たんと召し上がれ!」


『いただきま~す!!』


部屋に男たちの野太い声が響き渡る。


「(ズッ・・・)ん、おいし・・・く、ねぇ!!なんだこのみそ汁は。なんでこんな『ヌメヌメ』、『ジャリジャリ』してんだ!」


一口飲んだだけで『海』そのものという味がまず広がる。次に何やら不快な食感の具材が口内に飛び込んできた。そして極めつけは喉を通らない強力な粘りだ。とても食べられない。


「おいおい、プリムちゃんの作ったものがまずいわけないだろ。」


「黒崎、お前はいつも大げさなんだ。」


「自重しろ。」






「「「(ズズッ・・・)」」」


「「「・・・」」」



「ブヘェッ」 「ゴハァッ」 「(ガリッ)は、歯が欠けた。」


くそっ、一体何が入ってるんだ。


箸でみそ汁の具を掴み出す。赤や茶、紫に黒といった様々な海藻が現れる。


本当に海藻か?と思うようなものまであった。


「お婆ちゃんから聞いた!海藻は栄養たっぷりなんだって。だから、ボクがさっき海で採ってきた。」


俺はプリムにチョップをくらわせる。彼女は「あいたっ!?」と言いながら頭を手で押さえた。


近場で採れる海藻を手当たり次第に入れて長時間煮込んだんだろう。だからこんなにヌメりが。それにちゃんと洗ってないから砂もたくさん混じってる。


「こんなヘドロみたいな汁飲めないよ。」


プリムは「ごめんね。」と言ってガックリとうなだれた。涙を拭く真似までしている。


・・・ワザとらしい。


だが、そんな彼女の仕草に心を打たれた3人の男たちがいた。


『うおぉぉぉぉぉ!!!』


「俺達が!」 「食べるから!」 「安心してプリムちゃん!」


もの凄い勢いでみそ汁をかき込んでいく。


・・・俺もこいつらに負けてられないな。よしっ!






「すみません、クラウスさん。普通のみそ汁ください。」


「かしこまりました。」


勇気を振り絞ってクラウスさんの料理を堪能するのだった。

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