第6話《白き巨兵》

 「これがアルビオンの陸航船か…。凄まじい……」


 アルビオンが所有する陸航船を目の前にして、ディックが口にした第一声がそれだった。


 ディックが驚嘆するのも無理もない。大抵の発掘屋が所有する船の大きさは、精々全長100メートル、全幅20メートルないくらいだ。


 それなりに有名な発掘屋だとしても、全長は150メートルに届かないだろう。ディックの驚き具合からして、ナイトフロックスの所有する陸航船ランドシップも、おおよそ百数十メートル級の艦船だったのだろう。


 だが目の前の船は、全長はゆうに300メートルを超え、全幅も50メートルもある大型艦であった。この規模クラスは発掘屋の中でも異例で、その巨大さ故にアルビオンの名を有名せしめる一因にもなっている。


 さらにふねの外装は重厚な装甲で覆われており、汚れやちり一つない純白の輝きを放っていた。そして、ここからでも充分に威力が窺い知れる程の巨大な砲門などで船体各所を武装していた。


 そんな外見からか、発掘船と言うよりはさながら軍艦といっても差支えないほどで、〈白き巨兵〉の通り名で呼ばれるのも納得であった。それほどまでに、発掘屋の誰が見ても目の前の船は異様な代物であったのだ。


 「初めて見る人間は、皆同じ反応をするな。やはり、ウチは発掘屋の中でも異質なのか」

 「そりゃそうだろ!こんな船に乗れる発掘屋なんて、両手で数えられるくらいにしかいないぞ!」


 そう話すディックは、まるで憧れていた人物を目の前にして、興奮する少年の様だった。


 「こんな船を用意できるあんたの所のボスは一体何者なんだ?」

 「さぁ、それは分からない。ただ一つ言えることは、艦長はヤリ手の発掘屋だという事だけだ。それ以上は俺も知らないよ」


 実のところ、ラルフも艦長については人柄以外良くは知らなかった。何故ならこのアルビオンに入って、まだ三年という月日しか経っていない。他の乗員クルーから見てもラルフはまだ新参ルーキーの部類だ。


 だからラルフは艦長がどういった経緯で、発掘屋として開業し、成功を収めて来たのか、詳細までは知らないのは仕方のないことだった。


 「でも、この陸航船に関して知っている事はある。なんでも元々は、民間造船所で軍艦用に設計されて建造していたのが、諸事情により建造途中で生産計画が頓挫したらしい。そこに目をつけた艦長が特殊な人脈コネクションを使い、買い取ったそうだ。普通に考えれば軍艦用に設計された船を、何の問題もなく買えるのも眉唾物な話だが、ウチの艦長ならやりかねないな」


 そうどこか説明染みて話す。ラルフ自身もこの話自体、古株のメンバーから聞いたので、細かい詳細までは分からないが。


 「本当に世の中ってのは、広いもんなんだな……」


 未だに感心しているディックをよそに、ラルフは乗員用入口付近に近づき通信をとばす。


 『ラルフ=ティミアーノだ。任務を終えたので帰艦したい、乗員用ハッチを開けてくれ』

 『個体番号を確認。――認証いたしました』


 事務的な返答の後、ゆっくりと音を立てながら重厚なハッチが開いていく。数秒後には人が通れるほどの入り口が二人の目の前に現れるのであった。





 二人が船内に入ると、すぐさまホログラム姿の女性が突如として現れる。


 見た目は二十代後半ぐらいで、髪は肩まで届く長さのところで揃えてあり、とても物腰の柔らかそうな女性であった。また、清楚さに溢れる気品が漂う感じがした。


 そして入口の管理者である彼女から笑顔で出迎えを受ける。


 『お帰りなさい、ラルフさん。任務の方はいかがでしたか?』

 「ただいま、ドロシー。今回の任務・・・・・は特に目ぼしい収穫はなしだったよ。あんまり俺を茶化さないでくれ」

 『あら、それは災難でしたね』


 ドロシーと呼ばれた女性は、しなをつくりながら少し残念そうに返すと、ラルフの隣に佇むディックの存在について問いただす。興味津々といった感じだ。


 『ところで……こちらの方はお客様でよろしいでしょうか?』

 「あぁ、ちょっとした依頼人でね。艦長が帰って来るまで来客ゲストとして扱いたい」

 『畏まりました。それでは、来客手続きに移りますね』


 アルビオンの来客と聞き、ドロシーは手を動かし意気揚々と空中に表示されたタッチパネルを操作し、自らの業務を開始しようとする。


 ドロシーの表情が非常にウキウキしているのが傍から見て分かる。何せ、アルビオンに来客が来ることは滅多にない事で、ここの業務を任されている彼女は日常的に暇を持て余していたからだ。

 だからこそ、久しぶりの来客に心が躍るのも仕方ないことだった。


 そんな目の前で会話するラルフと表情豊かなドロシーに、ディックはまた驚嘆していた。


 「これって、本物の人間をホログラムで投射しているのかい?」

 ディックの面白い反応に、ラルフは返答する。

 「本物に見えるが、彼女はこの船の入艦AI〈ドロシー〉だ。一般的なAIとは違い、表情が豊かで驚くだろ」

 『初めましてディックさん。私はアルビオンの入艦管理業務を主にしております、ドロシーと申します。この度は当艦にお越し頂き、ありがとうございます』


 満面の笑みで丁寧に挨拶をすると、ドロシーは礼儀正しく深々とお辞儀をする。そんな彼女の姿を見て、ディックも慌ててお辞儀を返す。人間がAIに頭を下げる、なんとも不思議な光景であった。


 実際、ディックがその様な態度をとってしまったのには理由がある。世間で利用されるAIは未だに機械的で、ドロシーの様な相手の会話に合わせて表情豊かに反応レスポンスをする最新鋭のAIはまだ珍しい存在であるからだ。


 そんな人間と代わり映えない程の高性能なAIを初めて目にすれば同じ人間だと思い、つい見知らぬ人に挨拶するように礼儀正しい態度をとってしまうのも無理もない。


 もっとも、表情がなくても業務がこなせれば機械的なAIでも一般的に支障はない。だから、世間ではその様なAIはあまり必要とされず、今日まで広く普及していないのだろう。


 「こんなAI見たことも無い……。本当にアルビオンには驚かされるばっかりだ」

 「時期になれるよ。とはいっても、こういった経験はそうそうないと思うが」

 ラルフは苦笑しながらそう返した。

 『ではディックさん、来客手続きに入りますね。まずは個人情報などを…』

 「えぇ、よろしくお願いしますぜ」


 ディックは入艦に必要な情報をドロシーの優しく分かりやすい指示に従って来客手続きを無事に済ますと、ラルフに来客室まで案内されるのであった。




 

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