第4話予期せぬ事態

 男の叫び声で周囲は、また騒然となる。


 「……おいおい、あのアルビオンがこの街に来てるのか!」

 「しかも、今この酒場にメンバーが居るとは、お前さん運が良かったな。彼らなら、引き受けてくれるかも知れないぜ」

 「報酬金も遺跡丸ごとだろうから、少し足りないかもしれんが依頼を頼むことは可能だと思うぞ」

 「でも、彼らのことだ。俺たちみたいな一端の発掘屋の依頼を引き受けてくれるのか?」


 名前を聞いただけで、発掘屋連中たちは思い思いの言葉を口にする。


 さきほどまで、暗く重い雰囲気だった酒場の空気を一瞬で変えてしまった、〈白き巨兵アルビオン〉という発掘屋。それはまさしく、先ほど述べた異例の部類に入る発掘屋である。


 彼らは各国をまたいで転々と発掘をしており、今迄に様々な遺物を発見・回収し、数ある功績を残している。また、統率のとれたチームワークや最新鋭の武装やドールを駆使するなど、正規の軍隊にも決して劣らない戦力をも保有している程である。

 その戦力で実際にグローラ軍などを退けた事も幾度とあり、発掘屋の中ではアルビオンという名前を知らない者がいない。寧ろ知らない方がモグリと言われるほどだ。


 しかし、発掘屋としてあまりに有名であるにも関わらず、アルビオンの実態の多くは謎に包まれている。それは彼らが組織の秘匿性を重視し、極力外部の人間と接触することを避けているからである。


 そういったアルビオンが持つ独自の方針から、ラルフがメンバーとして男の救助要請を進んで受けなかったのはそのためであった。

 だが、この様な状況になってしまっては、知らない振りをして立ち去ることは出来ないだろう。何せ酒場のマスターには、定期的に情報を仕入れるためこちらの素性をある程度教えているのだから。


 ここで上手く逃げようとしても、おそらくあの男に誰がそのメンバーであるかをはっきりと伝えるはずだ。もはやどう転んでも、逃げ道などは存在しない。

 ラルフは覚悟を決めて席から立ち上がる。それと同時に、男の傍に佇むマスターにこの貸しは高くつくぞと目配せすることも忘れなかった。


 実際、アルビオンから契約違反の旨(むね)で多額の請求が、後日この酒場に届くだろう。


 「俺がそのメンバーだ。状況はさっきの話しで大体把握している。だが、もう少し詳細に話が聞きたいので別の場所で確認したい。同行願えるかな?」

 「あぁ…………勿論だとも! 何処にでもついていくさっ!」


 男はまるで、もう助かったと言わんばかりにラルフの言葉に二つ返事で承諾した。


 「では、ついてきてくれ。マスター、奥の商談用の部屋を借りるぞ」

 「畏まりました。五番の部屋が空いておりますので、ご自由にお使いくださいませ」


 事務的に会話をやり取りし、ラルフは男についてこいと促す。周囲はそんな歩き出した二人の背中に、どうか助けてやってくれ、無事であることを祈るぜ等、思い思いに声援を送るのであった。



 バーカウンター裏にある扉を開け、ラルフ達は通路を進んでいく。商談用に使用されるこの一角は、表の酒場とは違い何処か清潔感がある空間だった。

 それでもある程度マシというぐらいで、小汚い所に変わりはないが。


 やがて部屋に着くと、ラルフは男に席に座るよう勧めた。そして、二人が着席すると部屋には少し重苦しい雰囲気が訪れる。

 男はこういった商談の経験が無いのか、どこか所在なさげにそわそわしていた。ラルフはそんな姿を確認すると、伝えなくてはいけないある言葉を口にする。


 「申し訳ないが先ほどの依頼、引き受けられるか分からない」


 第一声から拒否の姿勢を示した。その言葉に男は虚をつかれたのか言葉を失っていた。まさか商談部屋に入って、断られるとは思ってもみなかったのだろう。


 「な、何でだよ、どうしてだ! あんた、詳細を聞きたいって言っていたじゃないか!」


 少しの間の後、男は何とか食らいつこうと言葉を返す。


 「あの場で断ればこちらの発掘屋としての名に傷がつく。それに少し冷静に考えれば方便だと理解できるだろう」


 確かにラルフの判断は正しかった。あの場で即断ってしまえば、アルビオンの発掘屋としての評判も落ちるし、それに乗じてこちらの悪い噂も流れかねない。


「まず、勘違いしないで貰いたいのだが俺はメンバーであるが、依頼を受けるほどの決定権を有していない。あくまでもそれを決めるのは、我々組織のトップである艦長ボスだ。だから、貴方の依頼を承諾するという判断は俺にはできない」

 「そ、そんな……せっかく何とかなると思ったのに……」


 事実を聞かされて男は、か細い声で呟くと脱力してしまう。

 さすがに前置きが長かったか。少し可哀想な事をしたな、と思ったラルフは次の言葉を口にする。


 「だが、可能性は無いとは言っていない。これから艦長に連絡し、俺からこの依頼を引き受けるべきか打診することはできる。その上で、艦長の許可が下りれば正式に依頼を受諾しよう」


 脱力していた男は一瞬、ラルフが何を言っているのか理解できなかった。けれど、その言葉が自分にまだ、チャンスを与えてくれているのだと気づき必死に懇願する。


 「本当かい! あんたの所のボスに掛け合ってくれるんだな、嘘じゃないんだよな。信じていんだよな!」

 「分かったから、少し落ち着いてくれ。それと、まだ艦長に連絡していないのだから勝手な期待はしない方が良い」

 「そ、そうだな……まだ決まったわけじゃないんだよな。でも掛け合ってくれることには礼を言う」


 そう言うと、男は素早く座っている姿勢を正して躊躇なくお辞儀をした。そんな姿を見て、自分も大変な立場にあるのに律儀な人だ、とラルフは思った。


 「では、今から艦長に連絡を取るから静かにしていてくれ」

 「どうかよろしく頼む、あんただけが頼りだ」


 男の返事に頷いて返すと、ラルフは脳内にある通信用端末のナノマシンに意識を集中する。するとナノマシンは、すぐさま艦長への固定回線にアクセスを開始した。


 しばらく、頭の中で呼び出し音が鳴り響く。しかし、数十秒経っても相手が通信に出る気配は無かった。普段なら直ぐに繋がるのだが。おそらくタイミング悪く取り込み中で、通信機能をオフにしているのだろう。


 そう考え、現在の通信を切り、別の回線につなぐ。彼女なら必ず出るだろうと確信して。そして、呼び出し音が三回コールした後。ラルフにしか見えないモニターが目の前に現れ、通信が始まった。

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