Chapter1 銀の姫君

第2話予兆

 とこしえの闇の彼方、太古より封じられし魂は今、覚醒の時を迎えていた。

  の者の目的は唯一つ。地上の生命に救済をもたらすこと。

  遥か昔歳せきさいからの定められし運命にあらがい、己が因果を断ち切るため。

 それ故、魂は主あるじを欲した。おのが力を得るため。

  厄災を払う、しろがねに輝く光をその身に宿すため。魂はその訪れを常闇とこやみの中、唯雌伏ただしふくして時が至るのを待っていた……。



 「今回も特に変わった情報はなしか……」


 そう呟く男。ラルフ=ティミアーノは、いかにも疲れたと顔に出しながら嘆息した。

 自分が座る円卓のテーブルの周囲は、真昼間まっぴるまだというのにやかましく酒盛りをしていて大騒ぎだ。

 それに加え、葉巻などの紫煙がこれでもかと辺りを漂っていた。


 なかにはすでに酔いが回りできあがっている者、他人にケチをつけて喧嘩する者など、この場所が嫌でも酒場であることを自身に主張してくる。


 (――なんで俺がこんな所に居なくてはならないんだ……)


 どこか諦めながら心の中で呟くと、今度は帰りたい気持ちに襲われた。一分一秒でも、こんな場所に留まり続けることは正直苦痛でしかなかった。

 何故、ラルフがこんなにも酒場を嫌っているのか理由はわかっていた。


 単純に彼は酒が飲めない上に煙草も吸えないからである。酒場という場所そのものの存在を否定するような体質なのだ。だからこそ、嫌悪感なしにはいられないのである。


 では、そんな彼がどうしてここにいるのか。それは、酒場で他の発掘屋たちから情報を集めてくるという役目があるからだ。これも仕事の内であると、自分に言い聞かせながら、何とか留まっているというのが現状である。


 だが、その役目は別にラルフである必要はない。要するに彼は仲間内との賭けに負け、休日返上で情報収集をする羽目になったからである。だから、俄然やる気なんてものは最初ハナからないのである。


 酔っぱらいの同業者相手から情報を聞き出すなんて面倒なことこの上ない。有り得もしないことを話す奴や喧嘩を吹っかけてくる者さえいる。本当にはなはだしい限りだ。


 そんな仲間内との賭けにも負け、ろくな情報も得られず、酒場の雰囲気に嫌気がさしたラルフは注文したソフトドリンクを飲みながら、手元の新聞に目を落とした。

 少なくとも自分が滞在する国、ここ<シエラ>の情勢を手土産に持って帰ろうと思ったからだ。


 ――ラルフが就いている職業「発掘屋」というのは、数千年前にかつて存在した古代文明の遺跡から遺物を発掘してくるという職種である。

 遺跡とは言っても、ピラミッドやモヘンジョ=ダロの様な風化した都市遺跡・墓地遺跡のたぐいではない。古代文明期における研究施設や工場地跡などの、何かしらの科学技術を用いて生産が行われていた、生産遺跡である。


 これら古代文明の遺跡から発掘される遺物は、現代の科学技術をもってしても再現不可能な物が多く、遺物は現代科学の発展を遂げるためには必要不可欠な物品であった。


 そんな遺跡から得られる物を挙げると、10メートルを超える巨大な人型機械兵器、通称「ドール」。無限にエネルギーを生み出して供給し続けることができる「Transcendence-Coreトランセンデスコア」(略称TC)と呼称される球状の永久機関、微細な分子ほどの機械「ナノマシン」などきりがない。


 それら重要な遺物を、何処に眠っているか分からない遺跡を、長いときには数ヶ月から数年以上も各地を渡り歩き、探し出し発掘してくるのが彼ら「発掘屋」たちであった。

 そして、発発掘屋たちが持ち帰る遺物は、どれも現代科学では作り出せないため、高額で取引されている。


 特にTCは、ドールや発掘屋たちが乗る陸航船ランドシップと呼ばれる陸上を浮遊し、航行する艦船などの動力源として欠かせないものである。それらを発掘さえできれば一世代で、莫大な大金を手に入れることも夢ではないのだ。

 そのため一攫千金を夢見て、発掘屋になる者が今も後を絶たない。


 だが、発掘屋になるというのは簡単であるが、実際に活動するのは極めて難しい。なにせ荒野をさすらい、遺跡を発見し、発掘作業を行うには、高価な陸航船ランドシップは勿論、作業を行う乗員を所有していることが必須条件だからだ。


 しかし、これらの装備は遺跡からの収入があってはじめて購入・維持できるものであった。当然、遺跡が発見できなく、借金で廃業し破滅する発掘屋も星の数ほど存在する。

 加えて、発掘屋として資金繰りも上手くいき順調に過ごしていても、遺跡の防衛システムによって、突然命を落とす者さえいる世界なのである。

 生半可な覚悟でこの業界に入ることは、人生を棒に振るのと等しいのだ。


 だからこそ、発掘屋は様々な情報に敏感でなくてはならない。遺跡を見つけ、生き残っていくからには。例え無駄だと思える酒場での地道な情報収集でさえも……。


 ――と話は手元の新聞に目を落とした、ラルフに戻す。

 まず、この世界の地理について簡単に説明すれば、大きく五つの大陸に分けられる。

 大陸面積が小さい順に名称を列挙していくと、メルヴェトラ大陸、アル=マグニ大陸、ジェストランド大陸、リトフィデリア大陸となり。そして最大の面積を持つプロリセア大陸には多数の小国と四つの大国が存在している。


 現在ラルフたちが滞在しているシエラという国家は、プロリセア大陸の東西にある二つの大国、グローラ連邦・エスペラス共和国の中間にある、モルチアナ緩衝地帯より南に位置する小国である。


 ここシエラは小国ながら国内に複数の遺跡を所有しているため、遺跡近くの都市は発掘屋などの遺跡産業のおかげで大きく発展している。

 そのことから、発掘屋以外にも他国から出稼ぎに来る者たちが多く訪れており、国内の人口は年々増加しているようだ。


 また、観光国家としても有名で、遺跡から得られる科学技術を生かした前衛的な建築物やシエラの伝統的な美しい街並みは、国外から高く評価されている。

 外交問題に関しては、東に位置するグローラ連邦とは不仲で対立関係にあり、西側のエスペラス共和国と同盟を結んでおり、共和国の庇護下ひごかに入っている。


 つまり、自国の力だけではまだ国際上に強く影響を及ぼすには至らない、発展途上の国なのだ。


 「……とまぁ、田舎国家だから大した記事もないか」


 そう言いながら、ラルフは新聞の見出しを捲りながら読み進めていく。


 見出しには、〈エニシダ社、新たなドールパーツの開発に成功〉、〈国内法人税大幅緩和施策による企業活性化への狙い〉、など国内経済に関わる記事ばかりで、あまり面白いものではなかった。

 ラルフ本人としては、国際関係や外交問題、軍事面の話が好きなので、記事がそちらに重点を置いてくれたらなと思った。


 一通り見出し記事に目を通し終わると、テーブルに置いてあったソフトドリンクを飲みほした。そして、さっさと支払いを済ませ、この酒と煙草臭い酒場をあとにしようと考えた矢先。


 ――酒場の入り口から、よれよれの作業着を身に纏まとったいかにも発掘屋であるよそおいの中年の男が、勢いよく転がり込んで来た。

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