女王の友達作り⑤

「あら、卿哉兄様、お話は済んだんですか?」


 呼び出された生徒会室へと向かう途中で卿哉と廊下の角で出会った。


「ああ、くだらん説教だった。そんなことでいちいち呼び出すなと言っておいた」


「そうですか、それでは私もお説教されるのですかね?」


「お前は大丈夫だろ、お前はあいつのお気に入りだからな」


「それは…どうなんでしょうかね?」


「ああ!居たな卿哉!まだ話の途中だ…っと麻理沙も居たか」


 卿哉の後ろから彼を追いかけてきたのか生徒会長である有原透火が顔を出した。


 麻里沙の姿を見て、慌てて背筋をピッと伸ばして姿を正す。


 思うに彼なりに兄としての威厳を持った態度を常に心がけた結果らしい。 


 別に私は卿哉兄様と接する時の姿の方が好感をもてるんですけどね。 


 どうも男の子というのは格好をつけたくなるものらしい。 それは目の前に居るもう一人の兄も別の次元ではあるが常にそうあるようにしているといつか熱弁していたことを思い出した。


 歳の離れた宗雄はもっとくだけた感じなのでこの年齢相応の行動なのでしょう。


 でも何かしら滑稽に見えるのが……まあ、可愛いというか微笑ましいですけど。


「透火兄様、おはようございます」


「ああ、おはよう…ちょうどいい卿哉、さっきの話の続きなんだけど…」


「くどいな!麻理沙には俺の方から言っておく!そんなことよりも生徒会長殿、さっき理事長がお呼びだったぞ、さっさっと行ってあげたらどうだ?」


「えっ?理事長が…くそっ!わかった!必ず麻理沙にも伝えておけよ!」


 会長はそのまま大急ぎで廊下を走…らず、背筋を伸ばしままカツカツと理事長室へと向かっていった。


 十分に透火が離れたことを見計らってから、


「お兄様…さっきの話、嘘ですよね?」


「ああ、嘘だ。だがあいつは理事長のお気に入りだからな、なんだかんだと話をされて足止めされるだろうよ」


 悪戯が成功したような顔でそんなことをいう兄に、


「まったくもう…そんなんだから透火兄様にお説教されるのですよ」


 ため息混じりに妹は言うが、それでもその表情は少しだけ楽しそうだ。


「ふん、下らんことで人の時間を使うからだ!」


 悪ぶらないその態度に苦笑してしまいそうになるが、それもまたこの唯一血の繋がった兄の好きなところでもあるので麻里沙はそれ以上は言わない。


「それで、お話とはなんだったんですか?」


「ああ、最近不審者が学園内に入ることが多いので気をつけろだとさ」


「前の理事会主催のパーティのこともありましたからね」


「…!そうだ!あいつブラックファントムをゴキブリスーツを着た変態とか言ってたんだぞ!あいつのああいう美的センスの無さは本当に度し難い!」


 そりゃ、そのスーツを企画して創らせた本人からすればそうかもしれませんけど。


 安易に同意できないことなので麻里沙は困ったように口をつぐむ。


 先日にあったパーティに乱入し、ぶち壊してくれた謎の侵入者ことブラックファントムは実は麻里沙の前にいる卿哉が正体である。


 そのパーティで透火をボロボロにし、その後、これまた卿哉達が作ったアルジェント零式を装着した透火にボコボコにされたことを思い出したのか悔しそうに歯噛みする。


「まあ、負けてしまいましたものね」


「負けてなどいない!あれは戦術的撤退なのだ!」


 待ちに待った玩具で意気揚々と乗り込んで返り討ちにされたことは兄にとっては認めがたいのかその話が出てくるたびにこう強弁する。


 はあ、男の子ってみんなこうなんですかね?


 負け惜しみとしか思えない実の兄の言葉に半ばあきれてしまうが、そんなことを口にすれば三日間は拗ねて部屋から出てこなくなるので彼女はそれを言うことが出来ない。

 

 なぜなら実際にそれを言ってそうなってしまったことがあるからだ。


 そのせいで卿哉を弟と思っている透火が卿哉達の家に見舞いに行くのだと騒ぐのをなんとかなだめて阻止してきたのは何を隠そう麻里沙なのだから。


「そういえば、先日宗兄に言われたことがあったな妹よ!」


「えっ?ああ…そうですわね」


 急に話が代わったので何のことか一瞬わからなかったが、今日の昼に話したことを卿哉が唐突に話を戻してきた。


「喜べ!妹よ…兄である俺が良い手を考えてきたぞ!」


 キラキラとした瞳で凄い名案思いついた! という表情に麻里沙は多分ろくなことではないのでしょうけどという内心の思いを隠しながら、


「そうですか、よかったら教えてもらえますか?」


 話をあわせて卿哉に問いかける。


「うむ!ようするに友人というのは同格でなければそうならないと俺は言ったな?」


「ええ、言いましたね…個人的にはそうかどうかは…決められませんが…」


「まあそれもまた妹の考えではあるからな、だが俺のアイディアは素晴らしいぞ?何しろ一瞬で解決するのだからな」


「…!それは凄いですね、どんな考えなんでしょうか?」


 実はどうしたものかと思いあぐねていたので、兄の言葉は彼女にとっても興味深いものであったが……それは彼女の想像をはるかに超えた提案だった。


「つまり、俺が麻理沙と友人になれば良いのだ!これならばお互いに同格で兄妹である以上、ただの友人関係ではない正に一心同体といっても過言ではないではないか!どうだ良いアイディアだろ?」


「……ええと、お兄様と私が友人になるということですよね?兄と妹で友人になるというのはなんだか矛盾しているような…それに兄妹なのに友人ってそれだとむしろ間柄が離れてしまってるような気がするんですけど」


 てっきり麻里沙から感嘆の声が上がると思っていた卿哉はその妹の言葉に動揺してしまう。


「い、いや友人がいないし、同格もいないならば俺が友人となれば…いや、それだと兄としてよりも間柄が離れる? いや…それでも…う~ん」


 この人は頭脳は明晰だというのにこういうところではどうしてこうもアンポンタンなんでしょうか。


 なおも考え込んでいる兄に妹は少しだけ冷たい視線を送る。 


「そ、それではお前が大事にしているぬいぐるみがあるだろう?あれを友人だと言い張れば」


「それ、私…かなりイタイ子って思われませんか?まあ宗兄様なら可愛いなって言うかも知れませんけど涼子さん辺りがかなり同情的な視線を送られる気がするんですけど」


「ま、待て…わかった三日間だけくれ!その間に代案を考えておこう」


「それでは私もその間に友人が出来るように努力してみますね」


 何の期待もしない心で返事をする妹の内心など気づかず卿哉はそのまま難しい顔で、


「麻理沙のクローンでも作るか?いやそれでは時間が足りない、いまから麻理沙の友人募集大会でも開く? それだと有象無象ばかり集まって面倒なことになるな…なんという難問か!兄もまったくこの弟にこうまで高い期待をしてくれるとは…この有原卿哉の名前をかけて解決してみせるぞ」


 ブツブツと空恐ろしいことを言いながら去っていく。


 まさか本当にクローンとか作ってきませんよね?


 兄ならば在り得ると言う疑惑を払拭できないでいる妹は去りゆく兄の背中を見ながら一つの決意をした。


 やはり私自ら、動かないといけないということですね。 頑張ってみましょう!


 それに宗兄様から友達が居ない可哀想な妹って思われるのもなんだか嫌ですからね。


 一人廊下で立ち尽くしながらひそかに決心して腕を振る少女を離れた位置からシャンティがそれを見ていた。



 

 午前の授業が終わり、一人の女生徒が校舎裏に一人座り込んでいた。


 今は昼休み、生徒のほとんどが昼食を取るために、食堂や教室に集まっている。


 尾行を十分に警戒しながら誰も居ない校舎裏にやってきた彼女はポケットの中からスマートフォンを取り出して何物かと話していた。


「無事に潜入しました。標的との一時的接触はありましたが状況は特段何も問題は発生してません」


「そうか…引き続いて標的と障害になりうる人物を警戒しながら情報を集めてくれ、実行予定日が決まったら連絡するように」


「はい、了解しましたマスター」


「ああ、それと依頼人との調整が少し難航しそうだからそれまではしばらく普通の学生生活というものを楽しんでおきなさい。せっかく平和な国に来たのだからそれくらいしても問題はないだろう」


「候補には入れておきます」


「お前は真面目すぎるな。こんな仕事なんてしてたらいつ死ぬかわからんのだから骨休みでもしておかんと身が持たなくなるぞ?」


 ややくだけた口調に代わった電話の向こうからの忠告に少しだけフッと頬を緩ませながら、


「それなら仕事が終わったらどこかに連れて行ってください」


「ああ、わかった。今から観光雑誌でも買っておくよ。だが、シャンティ…油断はするなよ?」


「わかっています。常に気を抜くな…ですね」


「わかっているのならいい。次の定期連絡は三日後にする。何か状況が変化したら緊急用番号で連絡してくれ」


 二人の会話はこれから成し遂げようとする行いと矛盾するようにゆったりとしたものだった。


 それがこの少女と電話の向こう側の人物との関係が決して怜悧なだけの関係を表している。


 定期連絡を終わらした彼女はスマートフォンをポケットにしまい校舎裏から移動しようとしたところで誰かとぶつかりそうになった。


 とっさに相手を殴り倒しそうな行動を起こしかけたが、生来の冷静さでそれを耐えて代わりに、


「キャッ…!」


 と少女らしい声を挙げて尻餅をわざとついた。 もちろんその際にも視線は相手から背けず、またいつでも攻撃態勢に移れるように準備しながら。


「むっ?すまない、考え事をしていたのでな」


 そう言って右手を差し出してきたのは男子生徒だった。 


「またボっとしていたのか?だからあれほど少しは精神修行も兼ねて何か武道をやれといってるじゃないか」


「う、うるさい!お前がずっと説教をしてるからだろうが!」


 男子生徒は二人居た。 その顔を見てシャンティもさすがに少し驚いた。


 彼女に右手を差し出したのは標的の双子の兄である有原卿哉で、その後ろに居たのは生徒会長である有原透火だったのだ。


「い、いえ…こちらこそすいませんでした」


 差し出した右手を取ることなく立ち上がったシャンティはスカートに付いた埃を払ったあとにそそくさと卿哉達の横を通り過ぎようとしたが、


「待ちなさい!」


 意外に響く声で制止されたので立ち止まってしまった。 


 正体がバレた? 


 全力で後ろの気配を察しながらゆっくりと振り返る。


「これ、落としたよ。君のだろ?」


 普通の女性ならばとろけてしまいそうな笑顔の手にはスマートフォンが握られていた。


「あ、ありがとう…ございます」


 オズオズとした仕草でそれを受け取る。 そしてそのまま違和感を感じない程度の速度でなるべく早くその場を走り去った。


 よかった。 正体がバレたわけではなかったのだ。 とはいえ、なぜあの二人が揃ってこんなところを歩いていたのだろう?


 私の仕入れた情報では二人の仲はあまり良くないと聞いていたのだけれど?


 やはりさすがの彼女も多少は動揺していたのか、校舎の角を曲がろうとした際に別の誰かとぶつかってしまった。


 かなりしたたかにぶつかってしまったが、鍛えていた彼女はびくともせず、代わりにぶつかった当人は小さく悲鳴をあげて転んでしまった。


「ご、ごめんなさ…い、急いでいたもの…ですか…ら」


「いいえ、こちらこそボウッとしてものですから」


 慌てて差し出した手を取った少女は補足柔らかく、少し力を入れてしまったのなら折ってしまいそうに華奢だった。


「あ、有原…麻里…沙」


 内心、すぐにしまったと思った。 どうやら自分は思っていたよりも動揺していたようだ。 


 ここで仕事を済ましてしまおうか?


 一瞬考えたが、それはすぐに否決された。 


 まだ早い。 マスターの準備も依頼人との交渉すらも完全には終了していないのだ。 


 ここで早とちりな行動をしてしまったら問題になる。


 一瞬にも満たない刹那の間にそこまで考えていると、立ち上がった少女は一瞬きょとんとした表情をしたが、すぐに思い出したのか、パアっとした表情をする。


「ああ確か転校生のシャンティ=カルファさんでしたね、こんなところでどうしました?」


「え、ええ…その…少し…迷ってしまって」


 とっさに出た言い訳に標的の少女が納得がいったというように、


「この学園、広いですものね。入学した頃は私もよく迷子になりました」


「そ、そうなんです…ぶつかってしまってごめんなさい。怪我とかしませんでしたか?」


「ええ、大丈夫です。それよりもどこに向かおうとしていたのですか?」


「お、お昼を…食べに食堂に行こうとして…」


「それはずいぶんと、そそっかしいことでしたね食堂は校舎の中ですよ」


 …! この女、何か感づいたか?  


 だが警戒するシャンティの手を取った少女はその手を握り締めると、


「それなら私が案内させていただきますわ、こちらです」


 返事も聞かずに強引にひっぱっていく。


「えっ?で、でも…あなたも何か用があったのでは?」


 シャンティの言葉に立ち止まると、麻里沙は一瞬だけ考えた仕草をしたあとに、


「お兄様達を探していたんですけど、たいした用事でもないですから大丈夫ですわ」


「そ、それなら…いえ、それでは食堂に案内してもらえますか…その有原さん」


 先程そこで出会ったと言おうとしたが、すぐに考えを切り替える。


 標的の方からやってきてくれたのだから、ここは情報を集めるためにも共に行動しましょう。 

 

 副生徒会長の方はまだどのような人間かわからないが、生徒会長の方は何かと勘が鋭そうなのであまり付き合わないほうがいいでしょう。


「麻里沙でいいですよ、シャンティさん」


 振り返った少女の笑顔は無味乾燥な人生を過ごしてきたシャンティにすら眩しくうつる表情だった。

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