闘い終わり、彼は笑い出す。

 通報によってやってきた警察には当たり前だが何も知らないとしか答えられなかった。


 だがファントムの正体を探るヒントであるアルジェント零式のことは話さなかった。


 これは謎の怪人を自らで捕えるためと、またファントムが現れた時に対抗できる唯一の武器だからだ。


 おそらくはあいつはまた現れるだろう。 その時のためにもこれは秘密にした方がいい。


「透火さん!」


 警察の事情聴取も一段落したところで麻里沙が駆け寄ってくる。 その後ろには卿哉も立っていた。


 気のせいか、妙に悔しそうな顔をしているが気のせいだろう。 


 彼はいつだって自分に対してはそんな態度なのだから。


「無事でよかったですわ…その、ファントムはどうなさったんです」


「ああ、何とか撃退したよ。でも逃げられてしまった」


「当然だな!あの程度で捕まえられるはずがあるまい」


「えっ?卿哉も奴に会ったのかい?」


「う、うっ…えっと…!ちょうど見たんだ!闇夜に溶けるように華麗に撤退するところをな!」


「そうか…しかし奴の目的は何だったんだろう?」


「おそらくは特に何も考えていないかと…」


「そ、そんなことはないぞ!きっと世界に変革を起こすようなことを…その…だな」


「……そういうことにしておきましょう」


「う、うむ…と、ところで…け、怪我の調子はどうなんだ」


「…僕のことかい?」


 透火の顔に驚きが浮かび上がる。 


 卿哉には決して好かれていないことはいくら鈍い自分でも気づいていた。


 それが、彼が、卿哉が、弟が自分の身体のことを気遣ってくれたのだ。


 あの自分の部屋に謝りに来た時のような気まずそうな、気恥ずかしそうに顔を赤らめているのを見て透火は笑いがこみ上げてきてしまう。


「アハハハッ!」


「…!な、何が可笑しい!」


「はははゴメンゴメン、久しぶりに卿哉のその顔を見たなと思ってさ…」


「私も驚いてますわ、あのへそ曲がりなお兄様が透火さんのことを心配なさるなんて…」


「だ、だれがへそ曲がりだ!俺は…その…少しやり過ぎたかと思って…だな」


「えっ?ゴメン、よく聞こえなかったよ」


「そ、それだけ人のことを笑えるのだから大したことはないようだな、ふん、これに懲りたらこれからはでしゃばらず大人しくしておけ!」


「いや、それは無理だよ、これからもああいうことがあったら僕は戦うよ」


「透火さん…」


「大丈夫だよ麻里沙、次は勝ってみせるさ、なぜなら…」


 その後の言葉は心に留めておいた。


 それを言い切るにはまだ色々と早い。 もっと稽古をして強くなって弟妹達を守れるようにならないと、僕は兄貴なんだからね…二人の。


 そのために強引にでもアスター学園に入学させたのだから。


 当惑している二人の頭を撫でながら透火は笑った。


 それは本当に久しぶりに心からの笑顔で、様々な重圧からいまは束の間解放されたことで。


 それを見た麻里沙も卿哉も何も言えず、ただただ黙って頭を撫でられていた。


 麻里沙は嬉しそうに。 卿哉は照れくさそうに。

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