14 迷惑をかけないぞ

 ついにやった。

 英語スクールの定期テスト。初めての100点満点である。

「テツオ君、やったね!」

 ソフィア先生にも褒められた。

「ありがとうございます!」

 スキップしながら家に帰る。これぞ親孝行じゃないだろうか。



 家に帰ってくると、静かだった。母さんはともかく、エチコが静かなのは珍しい。いないのかと思ったけれど、二階の部屋でじっとしていた。

「ただいま、エチコ」

「あ、テツオか。おかえりだぞ」

「どうかしたの。ちょっといつもと違うよ」

「いつもと違う気分だけど、テツオにはそれがわかるんだな。すごいぞ」

「なんていうかな、気配がわかるっていうか」

「地球人はすごい能力を持ってるな」

 エチコの車輪が、後ろ向きに空転していた。

「まあね。それで、どうしたの」

「……さっき、近所の人が来たぞ」

「そうなんだ」

「そして、怒ってたぞ」

「えっ」

「宇宙人が住んでいたら迷惑だ、ってそう言ってたぞ」

「エチコ……」

「なんか、すごく嫌な感じがしたぞ、母さんも困ってたぞ」

「そっか。気にしなくていいよ。エチコは僕らの家族なんだからね」

「わかってるぞ。でも、なんか申し訳ない気分になったぞ。ところで……」

 エチコの目が、僕のことをまっすぐに見ている。

「迷惑、ってなんだ?」



 僕とエチコは、いろいろなスポーツやゲームができる施設にやってきた。二人で屋上の、コートが並んだところにやってくる。

「ここでは、バスケットボールやバレーボール、バドミントンとかいろんなことができるんだ」

「おー、どれも初めてだ。やってみたいぞ」

「そうだね。僕らは今いろんなことをしたくて、どれをしてもいい。これを『自由』っていうんだよ」

「自由か」

「僕もエチコも自由なんだ。でも、自由には条件がある」

 二人で、バスケットコートに入った。ボールを手にする。

「例えばこのボール、ぶつかったら痛そうじゃない?」

「そうだな、大きいしかたそうだな」

「うん。ボールを投げるのは自由なんだ。でも、それで誰かを傷つけちゃいけない。あくまで、ルールの中で、他の人を傷つけない範囲での『自由』なんだ」

「なるほど。何でもかんでも自由ではないんだな」

 僕はふわりと、エチコにボールを投げる。エチコは何とかそのボールを受け止める。

「うん、いいよ。あと、隣を見てごらん」

「人がいるな」

「そう、今テニスコートは人がいるね。僕らがあそこに入っていったらどうなる?」

「邪魔になるな」

「そうだね。テニスをするのは自由だけど、他の人がいる時はできないね。『迷惑』になるからね」

「おー、出たな、迷惑」

「ほかにもあるよ。ここにいるままでもとても大きな声で話したり、臭いものを取り出したり、危ない虫を放ったり。そしたら、周りの人は嫌だよね」

「そうだな。つまり、他の人が嫌なことは、自由の中に入らないんだな」

「そう。だけどどこからが迷惑かは難しいんだよ。ここで僕らがバスケットボールしているのを『なんか嫌だなー』って思う人もいるかもしれない。太陽が強く照らすのだって、迷惑と思う人がいるかもしれない」

「うーん、難しいな」

「うん。だから気を付けるのは、誰かの迷惑になるかもしれないことは、できるだけやめること。あと、迷惑って言われたら、自分ではそうじゃないと思っても『迷惑かもしれない』って考えてみること」

「なるほどだな。わかったぞ」

「良かった。でもね」

 僕はしゃがんで、エチコに視線の高さを合わせる。

「なんだ、テツオ」

「エチコが生きていることは、誰にも迷惑をかけていないんだ。むしろ多くの人を笑顔にさせてくれる。だからエチコがいるだけで迷惑だなんて人の話は、聞かなくていいんだよ」

「そうなのか」

「よしエチコ、あのリングにボールを入れてみよう」

「おお、そうすればいいルールなのか」

「そうだよ」

 エチコはボールを投げたけど、リングまで届かなかった。

「お手本を見せるよ」

「おお、それがいいと思うぞ」

 僕の投げたボールは、リングに当たって跳ね返った。

「あれ」

「それでいいのか」

「えーと、投げ方はこれでいいんだよ。でも、今のは成功じゃないんだよ」

「難しいな。でも楽しそうだぞ」

 僕とエチコしばらく、交代でゴールを目指した。なかなか入らないけれど、楽しかった。

「あっ、変なのがいるぞ」

「本当だ。足が車輪だ」

 突然男の子二人組が、コートに乱入してきた。

「動いてる! ロボットかな」

「見たことないな」

「ちょっとちょっと……」

 僕が制止しようとすると、エチコが二人の前に立ちふさがった。

「今は、エチコとテツオがここで遊んでいるぞ。だから二人がそこにいると、エチコたちの迷惑になっているぞ。迷惑はかけてはいけないんだぞ」

 二人は面食らったようで、言葉が出てこない。

「でも、一緒に遊ぶならいいぞ。テツオ、バスケットボールは、四人でもできるのか」

「あ、ああ。できるよ」

「じゃあ、四人でやるのを提案するぞ。もちろんしないのも自由だぞ」

「お、おう」

「いいけど」

 そんなわけで、四人でバスケットボールをすることになった。楽しかった。

 そのあと他のスポーツをやったり、ダーツをしたり、ローラースケート(エチコはそのまま)をしたりして遊んだ。

「エチコ、楽しいぞ。自由っていいな!」

「そうだろう」



 楽しい気持ちで、家に帰ってきた。うん、これでよかった。

 でも、何か忘れている気がする。

「あっ、母さん、僕100点取ったよ!」

「あらそう。今までの分取り戻すために、あと10回は取らないとね」

 ……

 楽しくない!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る