9 家族になるぞ

 朝から緊張していた。一か月に一度訪れる、特別な日。

 家は前日から、ちょっと静かになる。ただ、エチコがいるので、今回はあまり目立たない。

「じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 エチコはまだ寝ている。母さんは玄関で、優しく微笑んでいる。



「ただいま」

 時間は、夕方五時。家に戻ってきた。

「おー、テツオおかえりだぞ」

「あれ、母さんは」

「買い物に行ってるぞ」

「そっか」

 家の中に入ると、何か違和感が。いつもは騒がしいエチコが、黙っているのだ。

「どうしたんだ、エチコ」

「……テツオ、いつもとなんか違うぞ」

「えっ」

 エチコは、ずっと僕の顔を見ている。

「体調悪いのか」

「そういうことではなくて」

「じゃあ、何かあったのか」

「うん、まあ、話しておこうか」

 お茶を入れて、二人でテーブルをはさむ。

「なんだ、また顔が変わったな」

「うん、今日はちょっと、特別な日なんだ」

「特別?」

「他とは違う、ちょっとまあ緊張する日だよ」

「そうなんだな」

「父さんに会ってきたんだ」

 いずれ言わなければと思っていたけれど、やっぱり自分の口から言うのは勇気がいる。

「父さん……ってなんだ」

「そこから?」

 そして、宇宙人の反応は予想外だった。



「この前動物園で観たのは覚えてるかい」

 テーブルの上には、動物図鑑が置かれている。

「覚えてるぞ。寝ていたな」

「このライオンたち、見た目が違うだろ」

「確かに、顔の周りにモップ付けてるのと付けてないのがいるな」

「タテガミ、っていうんだ。オスにだけある」

「オス」

「ないのがメス。動物の多くは、そういう二種類がいて、ペアになって子供を作ったり、育てたりするんだ」

「そうなのか」

「エチコの星はどうなのかな」

「エチコたちにはそういうのないぞ」

「そっか。それで、人間もメスとオスがペアになって子供を作るんだけど、子供がいる時メスがお母さん、オスがお父さん、って呼ばれるんだ」

「なるほど、分かったぞ。テツオがいるから、お母さんはお母さんなんだな」

「うん。でね、ペアは『夫婦』って呼ばれるんだけど、ずっと一緒にいるとは限らないんだ」

「そうなのか」

「仲が悪くて別れてしまったりすることがあるんだ。そうなると、子供にとってはお母さんとお父さんだけど、夫婦ではなくなるんだよ」

「なるほど、わかってきたぞ。このうちもそうなんだな」

「うん。あとね、世の中にはそれ以外の形もあるって覚えておいて。オス同士やメス同士だったり、オスがメスに、メスがオスになることもあるんだ」

「そうなのか。いろいろあるんだな」

「ペアも途中で変わったり、お母さんやお父さんが二人いるペアもいるって聞いたことがある」

「おー、なんかすごいぞ」

 エチコがどこまでわかっているのかは、知ることができない。ただ、僕の言葉はしっかりと聞いてくれる。

「うん、よかった」

「でも、テツオの様子がいつもと違う理由はまだわからないぞ」

「それはね……やっぱり、別れるにはいろいろ理由があるからね、母さんの気持ちを考えるともやもやするんだ。あと、父さんとはたまにしか会わないから、どんな感じで話したらいいんだろうとか、そういうことで緊張するんだよ」

「そうなんだな。でも、もう会ってきたんだろ」

「うん。ご飯を食べたり、ゲームセンターに行ったりしたよ」

「楽しかったのか?」

「うーん……」

 会っているときは、楽しいと思う。でも、いろいろと考えてしまって、帰ってくるまでにもやもやの方がいっぱいになる。

「悩むことなんだな。エチコにはわからないけど、テツオには大事なことなんだな」

「うん。家族にも、いろいろあるんだ」

「家族」

「そう。親子だったり、一緒に暮らしていたりしたら家族なんだ。家族っていいこともいっぱいあるけど、難しいこともいっぱいあるんだよ」

「エチコ、勉強になったぞ」

「なら、よかった」

 エチコにも、家族のことを聞いていいだろうか。僕は、ためらっていた。僕は、友達に家族のことを聞かれるとちょっと身構えてしまう。頭ではわかっているからこうやって説明できるけど、母さんと父さんが仲良く暮らしている家族のことは、あまりよくわからない。だから、他の人には家族のことは聞かない。

「でも、まだ気になることがあるぞ」

「なんだいエチコ」

「エチコ、どうしたら家族作れるかわからないぞ」

「えっ」

「エチコにはメスとカオスとかないぞ。子供も作れないぞ。だから母さんにも父さんにもなれないぞ。テツオが言ったいろいろな形の中に、エチコも含まれるものはあるのか?」

 エチコの車輪が、キュ、と少しだけ動いた。それがどんな感情を表すのかはわからないけれど、不安じゃないかな、と思った。

「一緒に暮らしてたら家族だよ。いろんな形があって、それは全く新しい形でもいいんだ。だから、宇宙人も含まれるよ」

「そうなのか。エチコも家族なのか」

「うん。母さんと、僕と、エチコは家族だよ」

「わかった。エチコ、家族になるぞ」

「ずっと家族だったよ」

「うん。でもエチコ、家族って言葉を今日初めて知ったぞ。だからエチコ的には、今日から家族だぞ」

「こだわるね」

 エチコが来てから、母さんの表情も明るくなった気がする。ずっとエチコとは家族だったし、これからも家族でいられればいいなあ、と思った。

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