ディフェンス・オン 01

 数日後――暫しの休息を楽しんだブラックホースは、再び馴染んだ面々を乗せ、学園都市を後にした。滞在時に学園都市の卓越した施設を利用して隅々まで点検メンテナンスを受けたその漆黒の機関車は規則正しく機関音を響かせ、鉄の轍の上を走る。回る車輪の音が、その快調さを乗客達へ伝えていた。


「次の都市まではどれ位なんだ?」


 朝の光が差し込む食堂車両の中、食後の珈琲を啜りながらシルベスターがベンジャミンへと尋ねる。食堂車の中には機関士達を除いた乗員が顔を揃えていた。今朝の食事は、焼き立てのハムサンドにほんのり甘く味付けしたスクランブルエッグ、それにオニオンのスープが付いていて、各々特に親しい者達とテーブルに着き、一日の始まりを楽しんでいた。


 鎧を着たブラックホースの主は、水色の眼光を横に居た孫娘から青年へと移しそれに答える。


『そうだな――この侭調子良く行けば、三時間程と言った所か。……矢張り襲撃が気になるのか?』


 ベンジャミンの問いに、シルベスターは頷く。ベンジャミンの言う通り、警備の厳重さのせいか学園都市で過ごした数日の間に、帝国都市の追手が彼等の目の前に現れる事は無かった。だが、今はもう何の障害もない広大な大地の上だ。在るのはただ一本のレールだけ。


「確かに。次の都市に着けばまた手も出し難くなるだろうが、そこは彼等も織り込み済み――街へ着く前に手を講じて来るだろうな」


 ジューダスが別のテーブルから見解を示し、それに他の面々も反応を見せる。


「まー、今までの経験上、十中八九来るよな」

「前回の事もあるし、人員を増やして来る可能性もありますね」

「だーいじょうぶ! そうなったら今度はあたしもビシ! バシ! 手伝ってあげるから!」

「お、お嬢様、危険な事はお辞め下さい……」

「負けたハーティが言ってもなー」

「うう……っ、つ、次は雪辱を晴らしますっ」

「くすくす、皆張り切ってるね~」


 賑やかな会話の中、一人持参した燃料を補給していたバレルが独特の合成音声で口を開く。


「然し――安心する要素もあります。ここから一時間程の場所に、大きな河川があり長い橋が掛っているのです。橋は一本道で、その下は激しい渓流――橋までの間に侵入を許さなければ、それ以上の追跡は彼等にとって難しいでしょう」


 配膳された皿の上を綺麗に片付けたマリアベルが、憂いを帯びた口調で口を開く。


「でもきっと、あっちもその事は解ってるよね」

「間違いなく。けれど、すべき対応が解っているのは暗中模索で事を進めるよりは良い事です。……問題は自駆機械オートマタを行動不能にするあの機械により私が無力化される事ですが――そこはどうにか対策を練ります」

『うむ。キミが動けるならそれに越した事はないからな』

「俺もあの大佐、どーにか勝てるようにしないと」


 数日前の交戦を思い出したのか、複雑そうな顔でシルベスターは呟く。先の戦いで結果の芳しく無かった者達が眉間に皺を寄せる中、ふとマリアベルはある事を思い出す。


「そういえば。次はどんな都市なの?」


 すっかり失念していたのだが、シルベスターとマリアベルはこの先に着く街の事を知らなかった。別段ベンジャミン達が隠していた訳ではないのだが、学園都市での日々は何のかんので毎日慌ただしく、聞きそびれていたのだ。


 マリアベルにとってそれは何の変哲もない質問だった――だが、何故かバレルは一瞬、酷く言い淀んだ。それは、まるでその単純な質問そのものが想定外だったかのように。


「次は……次は、城郭都市キャッスルシティ。街一つ全てが、巨大な城跡の上に作られている変わった都市です」

『かなり大きな城跡でな。今は塔など住居部分の殆どは無くなって居て、残った区画の壁などを利用して街が建てられて居るのだが、城としての当時の姿は一体どれ程の物か――――』


 周囲は自駆機械オートマタの奇妙な反応に不思議そうな視線をやったが、いずれも皆ベンジャミンの話へと意識を戻していった。

 城郭都市の生活様式や、政治形態等を他の者が楽しそうに聞き入る中――バレルはまだ、その伺い知れぬ表情を何処かへ向け続けていた……。


 ◆ ◆ ◆


 その外――白い煙を吐き出しながら疾走するブラックホースの後ろで、見覚えのある大きなバギーと、それに乗る五人の男女の姿があった。帝国都市に所属する軍人達――バートラム・ザック・ノエルと、その部下達。


 広い大地を遠くまで見通せる晴れ渡った空の下、ある者は携帯食糧を齧りつつ、ある者は自前の武具の確認をしつつ、ガタゴトと揺れるバギーに身を預けている。


「――ったく」


 プツっという断絶音の後に、バートラムが小さく愚痴を溢す。彼が手にしているのは部隊に配給される実用重視で頑丈な作りの携帯通信機だ。それを乱雑に――は扱わず、丁寧に元の固定具へと置くと、バートラムは苦い顔で前を走る黒い目標物を見遣った。


「今の――上からよね? ていうかあのダミ声はスタンガンの親父だわね」

「ああ――、何で逃げ場の無い学園都市内で捕まえなかったのか、とか散々ね、言われたよ。だが肝心なのはそこじゃない、あの准将オッサン――業を煮やして連隊を連れて出てくるそうだ」


 バートラムの言葉に、後ろで銃の整備をして居た小柄な女性――フェイがええ、と驚愕する。


「そんな、大連隊が来たらあの列車は大変な事になりますよ!」

「あの短気な准将の事だ、列車ごと引っ繰り返しても可笑しくはない」


 大柄な体躯を荷台に収めたチェスターに、バートラムは頷く。横から車のハンドルを握るガートルードが察した事を口にする。


「となると、我々は――」

「ああ。准将達より先に決着を――ヘパイストスを確保する」


 ヘパイストス。穏やかさの中に強い意志を持つ白い少女、マリアベル・ファティマ。


「この平地を抜ければ大きな崖と、長い橋があります。橋が終われば間もなく彼等の次の目的地、城郭都市――間に合いますかね?」

「さてね――だが、やらないよりはマシだ」


 部下の疑問をそう切り捨てると、バートラムは腰に提げた剣の重みを確かめる。そこに、遠くから四輪車の機関エンジン音が聞こえてくる――。


「お出でなさった様ね」


 遠くで立つ土埃を、目を細めて眺め、リィンが言う。


「さて、じゃあこちらも急いで乗り付けるか」


 バートラムの声を合図に、彼等の乗ったバギーは速度を上げ、ブラックホースへと接近した。


 ◆ ◆ ◆


 その襲撃に、最初に気付いたのは窓際に居たテルシェだった。ジュースを飲みながら眺めていた、変わらぬ景色が続く草原と山々の間に舞い立つ土埃を目にしたのだ。そして――それが幾つかの大型車の群れに因って引き起こされているという事も。


「おじいちゃん、来たよ!」


 その声に、ベンジャミンは少女の指し示す方向を確認する。次いで他の面々もわらわらと窓へと駆け寄る。窓の向こうには、ずらりと並ぶ大量の軍用車があった。その人数も然る事ながら、幾つかの車には大型の機械のようなものも取り付けられ、前回とは打って変わった様を呈していた。バレルは自駆機械オートマタの高性能な視野を生かし、細かな状況まで調べ尽くす。


「今回は、随分と大群を用意してきましたね。焦っているのでしょうか」

「せっかちなんだね」

『かも知れないな。よし、総員臨戦態勢へ!』


 ベンジャミンの号令と共に乗務員達は各々の役目を果たすべく持ち場へ走る。

 シルベスターもまた、マリアベルの手を掴み事前に決めた対応を取る。


「――バレル、ベンジャミンさん、他の人も。後ろは、頼みます」

『無論、任せ給え。キミ達は早く先頭車両ブラックホースの方へ』

「ミスター、ミス。どちらも、ご無事で」


 力強い二人の言葉に頷くと、シルベスターとマリアベルは食堂車両を走り去った。


「よおし行け行けェい! 相手はただの旅行列車、遠慮は要らん、ただ進軍あるのみ!」


 並び走る十数台の大型車両群の中、先頭を切る指揮車の中で、壮年の男が通信機に向かって大声を張り上げる。威厳を強調する蓄えられた口髭が吹き付ける風に揺れている。

 男――アーノルド・スタンガン准将はくるりと振り返り、後ろへ連なる部隊に向かって叫ぶ。


「突入部隊、準備良し! 後方支援部隊、を用意しろ!」


 スタンガンの掛け声を聞き、大型機械を積んだ車両の軍人が慌ただしくそれに掛けられた防塵布を外しだす。四方の紐が解かれ、布が空に舞い、鉄の塊がその姿を現す――それは、長い筒を持った大砲だった。野戦用に使われる榴弾砲――車両に据えられる様改造されたその口径がブラックホースを狙う。


「対象の位置は前方の車両だ。それ以外は構わん、心置きなく――吹き飛ばせ!」


 ◆ ◆ ◆


 大陸横断鉄道ブラックホース、その本体である機関車両では、モニカとキースが真剣な面持ちで操作機械と対面していた。防熱硝子の向こうで赤々と燃える燃料鉱石が、室内を熱く照らしている。


「来たわね奴等……随分と仰々しいじゃないの、今度は」

「だ、大丈夫かぁ、モニカ?」

「煩いわね、例え大地が裂け空と海が入れ換わっても、いいえ、例えオーナーが変わったとしても! ブラックホースがある限り、アタシ達のする事は一つよ!」

「いや待て! オーナーが変わると流石に給金に関わるから困る!」


 キースが叫んだ時、機関室の扉が開き、白い影が姿を見せた。


「――ごめん、お邪魔させて貰っても良いかな」


 急いで走ってきたのか、マリアベルは荒げた息を整えながら、二人の機関士へと声を掛ける。

 学園都市で、怪しげなサングラスと白衣の男から告げられた事。マリアベルの力が、機械に影響を及ぼす。それが本当なら――今この状況、ブラックホースに関われるこの場所に居る事が正しい選択だと少女は思ったのだ。

 髪も服も乱したマリアベルを見、モニカは小さく笑う。


「そうね。アタシも、アンタが居るとブラックホースの調子が良くなる気がするのよ。良いわ、早く扉、閉めなさい!」

「有難う」


 微笑み、礼を言うと、マリアベルは重厚な機関室の扉を閉める。そしてキースの手を借り上のステップへ登ろうとした時――ブラックホースの後方から轟音が響いた。

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