学園都市 04

「――突飛な話だが、君達は旧世界論を知っているかね?」


 突然ガラリと変わった話題に、マリアベルとテルシェは戸惑いながらも男の問いに答える。


「ううん、何それ」

「私も、知らない」


 少女達の返答にラルは実に残念そうな顔をすると、軽く咳払いをしてから口を開く。


「まあ仕方がない……マイナーだからな、この分類ジャンルは。んん、では僭越ながらおじさんが説明させて貰おう。概要は簡単な話だ……旧世界論、その名の通り、それはこの世界よりも前に他の世界があった、という仮説だ」

「…………?」


 ――一体、何の話だろうか。この世界よりも前に、世界が?


 ラル自身が言った通り、正に突飛な話に二人の少女は顔を見合わせる。その様子を、予想通りと言わんばかりに彼はくつくつと笑う。


「ああ別に、別次元がどうのとか裏世界がどうのとか、ファンタジーな話をしたいん訳じゃない……。話はもっと単純、今現在こうして成長し続けるこの文明社会よりも以前に、もっと高度な技術を持った文明があったのではないか、という話だよ」


 ラルは一つ息を吐くと、訝しげな顔を続ける観客の顔を、面白そうに眺めながら話を続ける。


「勿論、心が少年時代の侭の残念な中年の妄言じゃない。論拠となる物証も幾つか出土している、多くの都市からね。その出土品の大半は、痛み、錆付き、丸で使い物にならないような屑鉄に見えたが――発掘当時の科学を優に圧倒する技術で作られて居たのだよ」


 技術。他を圧倒するもの。発掘されて。幾つかのワードが、マリアベルの中で急速に組み立てられていく。それは、聞き覚えのある。

「君達は不思議に思った事はないかね? 今や世界中に広がったこの技術――大きな都市ならば教科書にも書かれている事実。。それは、たった三十年前の事なんだ」


 そこまで言うと、ラルはそれまで座っていた椅子から立ち上がり、マリアベル達の目の前で大仰に手を広げ、部屋中の機械を見渡すようにくるりと一回転した。


「三十年だ! 人の生の約半分。今のご時世ならそれ以下か。それだけの間に、我々は途切れれぬ明かりを手に入れ、あらゆる電化製品を手に入れ、今や最先端の街では人の手無しで命令を遂行する機械が闊歩する。はっきり言って、この大陸の人口程度でこの急成長は有り得ない。一つ桁を間違っているとしか思えないね」


 けれど、人の生の半分以下で世界の技術水準が驚く程向上したのは事実だ。ならばそれには理由がある筈だ。たった三十年で、多くの知識を得る方法。


「…………在ったんだね、機械都市にも。"当時の科学を優に圧倒する技術で作られたモノ"」

「その通り。いやはや呑み込みが早くて助かるよお嬢さん。――そう、自分達でコツコツと新たな技術を積み上げていくのではなく――既に完成した物を解析するのならそれは前者よりもずっと楽に済んだだろう。零から一を作るのではなく、一から一を作れば良いだけなのだから」


 勿論解析するにも相応の苦難や努力があっただろう。だが、それは全くの何もない所から、可能か不可能かも解らない地点からの出発よりは間違いなく簡単だった筈だ。


「機械都市に住んでいた君なら知っているだろうが、あそこは元々鉱山の開発を生業とする街だ。急激な発展ぶりから言って、恐らく採掘作業中にかなり多くの遺物を見付けたのだろう」


 あとは想像に難くない。全く見た事のない機械を見付けた人々は、それを解体し、仕組みを調べ――元より鉱山の街、機械を作るための金属なら余りある。一度コツを掴めばあとはトントン拍子だったろう。

 思案するマリアベルを横目に、それに、とラルは付け加える。


「もう一つ。君達の身近には超技術オーバーテクノロジーの産物がある。解るかい?」


 いよいよ、ラルの顔に浮かぶ笑みが強いものとなる。この時の為に今までの前振りはあったのだとでも言う様に。マリアベルは自分の持つ情報を組み合わせ、最も適合するものを選ぶ。


「……

「えっ!?」


 導き出された言葉に、最も驚いたのはテルシェだった。


「んん、不思議かい? 小さなお嬢さん」


 目を真ん丸くしたテルシェに、ラルが口の端を上げて問いかける。それに、何と言おうかと舌を絡ませながらも、何とか少女は言葉を絞り出す。


「だ、? そりゃ、おじいちゃんの大事な物だっていうのは解ってるし、あたしだって大好きだよ、でもブラックホースは電車ですらない、ただの機関車じゃん!」


 そう、ブラックホースは蒸気機関車だ。何事も電気で動かすのが主流となった今でも、鉱石燃料を積み、それを火室で焼き発生したエネルギーと蒸気で車輪を回す。そんな物は、進んだ技術でも何でもない、寧ろ古臭い、黴の生えた技術だと言って良い。だが――


「だが?」

「え……それは、ない、けど……」


 男の言葉に、テルシェは口ごもる。――蒸気機関の仕組みは知っている。祖父が教えてくれたからだ。高い熱で水を蒸発させ、蒸気の圧力で複数の車輪へと繋がるピストンを回す――。機関車とはそういう仕組みなのだと、教えて貰った。


 だが……ブラックホースの点検は何時も、機関士である二人の乗務員が行っていて――テルシェはその内部を覗いた事は、ない。

 押し黙ったテルシェを見、ラルは満足そうにマリアベルへと顔を向けると、静かに告げる。


「ブラックホースは、かつて若かりしコールドマンが西方の街の近くで見付けたもの。ただの古びた機関車に何かを感じ取り、彼はその機関車を整備し運用する事にした――。

「線路?」

「知らないかい? ブラックホースの使用する線路はコールドマンが占有するものだ。それは彼が作ったものじゃない。ずっと昔から誰も使わずに半ば土に埋まりかけていた物を、ブラックホースと同じく掘り返した。勿論、使用に当たって多少は街に合わせて継ぎ足したがね」


 一本線しかないので占有路線であろう事は察していたが、彼が作ったものではないという話は驚きだった。――確かに、機関士達の話にあったのはブラックホースを整備したという事だけで、線路の建設に対する事は何一つ口にしていなかったが。


「あの線路はね、遠く、遠くまで繋がっている。所有者のベンジャミンも、全ては知り尽くしていない。そんなものをどうやって管理しているかって? 答えは簡単だ、


 ――それは。そんな物は、事実だとすればとても現代の代物ではない。


「そういうね、ハイテクノロジーが、あるんだよ。そして、それと同等の技術力で作られた機械なら――君の力に反応する。僕はね、そう思っている」

「…………」


 押し黙るマリアベルに、くつくつと、楽しげに男は笑い掛ける。


「信じないかい? 信じたくないかい? だが、君は知っている筈だ。ブラックホースが特別である事を。誰よりも、君自身が既に察している筈だ」


 そこまで言うと、心機一転とばかりに白衣を着たサングラスの男は大きく息を吐く。そして、ガラリと口調を変え、新たな話をし始めた。


「さて、本題はここからだ。前置きが長くなったので簡潔に言おう、帝国都市の連中は、君に何らかの高度機械を動かせたいのだろうさ」

「何らかの、って?」

「さて、そこまでは明言出来ないね」


 尋ねるマリアベルをはぐらかし、立てた人差し指をくるくる回すラル。


「ふふ、浪漫のある話じゃあないか。少女の呼び掛けに機械が応える――そんなお伽噺が、科学で実現出来るんだよ、この世界は。んん、勘違いしないでくれ給え、凄いのは機械じゃない、君だよマリアベル。元より機械等、生物をごく単純にした模型だ。発展させれば生物程度の性能は持つ――それと通じ合う言語を持つ君が凄いのさ。言ってしまえばそれは人を知らない野性の犬と会話するような物だ」


 マリアベルの力は、機械と通じるもの。それは言葉も要らず、身振りも必要としない。ただ触れて感じるだけ。人の言語を機械に教える訳ではない。機械の言語をこちらが知る。


「だからねえ、おじさんは思っているんだよ。この世界にはね、まだ未知なるものが眠っているのだとね」


 君のようなものが、と。男は目を細め、黒い硝子の奥からマリアベルを見て言う。


「今は他に研究が立て込んでいるがね、いつかあのブラックホースでも貸し切って……行ってみたいねえ、未だあの列車が駆けた事のない地の果てまで!」

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