大陸横断列車 ブラックホース 08

 ――同刻。ブラックホースと平行に走る一台のバギーの上。


 質量が同じならば鉄の列車にも劣らぬのではないかという程の爆音を響かせながら、四輪駆動のモンスターは走る。残された二人の軍人をその上に乗せて。


「あーあ、大佐、ピンチみたいですねぇ」


 フェイと呼ばれていた若い女の軍人が、バギーの上から頭を出しながら呟く。運転していたガーティことガートルードもそれに反応する。


「ピンチ? そんなに強い奴があの列車に?」

「いやいや、あれは大佐の油断負けですね」


 年齢の割には幼い顔をくりくりと動かし、フェイはしょうがないですね、と口を尖らせる。


「あんまり私の出番があるのは良くないんですけど。大佐のピンチは放っておけませんからね」


 そう言い――フェイは、用意した自分の装備を手に取った。

 それは、可愛らしいと言える彼女の容姿にそぐわぬ、無骨な小銃ライフルだった。バギーに設置した特殊な二脚の上に自らの得物を載せ、狙撃手たる女はブラックホースの一つの窓にスコープなしに狙いを定める。


「大丈夫か? かなり揺れてるけど、これ」


 悪路を走りガタガタと揺れる車のハンドルを握りながら、ガートルードが尋ねる。更に長距離射撃には風の強さが影響する。ブラックホースと並んで走るこの車はそれなりの速度で走っていて、当然吹き付ける風も常時の比ではない。

 けれど、的から目を逸らさないまま、フェイはにこりと微笑む。


「問題ありません。要は、殺さなければ良いというだけですから」


 淡々とそう言うと、狙撃手は状況を確認する。対象は未だこちらに気付いていない。敵は二名。男と女――こちらは今回の作戦ターゲットだ――で、片方は無防備、片方はバートラムに対して銃を突き付けている。


「問題は……あっちですね」


 目を細め、フェイはすっと狙いを定める。目標は白い少女の持つ銃。あれさえ処理すれば、あとはバートラムが自身でどうにかするだろう。

 ゆっくりと、フェイが銃の引き金に指を掛け――


「させません」


 それを遮るように、が列車の屋根の上から聞こえた。

「な……?」


 思わず顔を上げたフェイの視界に映ったのは――ブラックホースの車両の上で堂々と立つ重装の自駆機械オートマタの姿だった。更に、事を確認して尚もフェイが狙撃へと行動を戻せなかったのは、その自駆機械オートマタの両腕に仲間である二人の軍人がぶら提げられて居たからであった。


「ざっまあ見やがれ! だから言ったろうが、ブラックホースは俺達のフィールド、ぽっと出の軍人なんざにそう簡単に制覇出来るかってんだ!」


 その下には窓から顔を出し、意気揚々と勝利を宣言するコックの姿がある。

 バギーの上の軍人達が茫然とする中、バレルは頭部の中央にある大きなアイセンサーを拡縮させると、音声ボリュームを最大まで引き上げて告げる。


「ここに居る帝国都市に所属する方々。勝負は決しました。貴方がたはお仲間を無情に見棄てるような方々ではないと存じて居ります。潔く投降、又は撤退のご決断をして頂きたい」


 その大音量は、当然先頭車両に居るバートラムにも聞こえていた。

 一度倒した筈のバレルが、何故既にその機能を取り戻しているのか。バートラムは確かにバレルの主要機関を破損させ、その活動が停止していくのを自ら確認した筈だ。それなのにどうしてあの自駆機械オートマタは復活したのか。一つだけ、思い当たる節があった。


「――自己修復機能……!」


 それはバートラム達が調べたバレルの仕様には記載されていなかったものだ。自駆機械オートマタの自己修復機能は試作段階のものなのだ。未だ公式発表のないそれが、バレルに搭載されていたとしたら……誰かがバートラムが突き刺した鉄のモップを引き抜いてさえしまえば、モップに因って断絶されていた部分が接合可能となり、バレルは機能を取り戻す――。

 バレルの音声が再び響く。


「御理解頂けたようですね、それでは――取り敢えず、御二方を御返しします」


 言い終わるや否や、バレルはぽい、とまるで籠にボールを入れるかのように軽い動作で、手に持ったリィンとチェスターを列車の外へと投げ捨てた。


「「ぎゃあああっ!」」


 悲鳴を上げ風に流される侭二人は吹っ飛ぶ。


「ちょっ! フェイ悪い! あいつら回収に行くぞ!」

「は、はい! 問題ありません! ていうか急ぎましょう!」


 落下する仲間を見て、慌てて運転席のガートルードがアクセルを踏む。大きなエンジン音を立て、バギーは彼等の落下予測地点へと走る。

 ギャルルルルル!

 車輪を滑らせ、軍用車は確実に仲間を回収すべく車体位置を調整し――


「あ」


 どごおっ! と鈍い音を立て、リィンとチェスターは、銃を構えた侭のフェイの真上へと激突した。


「い……いたたた、乱暴にも程があるわよあの自駆機械オートマタ!」

「おい、大丈夫か二人とも……?」

「も、問題無いとは言いましたけど、わたしにぶつけて良いとは言ってませんんっ!」


 二人の下に敷かれながら、フェイが猛烈な抗議を上げるがそれだけで、じたばたともがくものの、暫くは脱出出来そうに無かった。

 そんな様子を窓越しに眺めた後、シルベスターはバートラムへと話しかける。


「……で、形勢逆転ぽいけど、どうする?」

「やれやれ仕方がない……ここは大人しく退散しようか」

「逃がすと思うの」


 肩を竦めるバートラムに、マリアベルが強い視線を送る。だがバートラムは気にした風もなく、余裕を含んだ笑みを崩さない。


「悪いが、ヘパイストス。確かにこの場で私に勝算はないが――敗北というのもまた、無い」


 次の瞬間、バートラムは迷わず窓ガラスを叩き割ると、ほぼ同時に窓の外へと身を躍らせた。


 マリアベルがすかさず発砲するが、僅かの差でそれはバートラムから逸れ、窓ガラスと共に外へ飛び出す。窓の下には何時の間にか彼等のバギーが隣接しており、車上から銃を構えるフェイの横でにっこりとバートラムが微笑みかけるのが見えた。


「それでは、今回はこれで失礼しよう、ブラックホースの諸君」


 そう言うと、その大型車は次第にブラックホースから離れてゆき、次第に見えなくなっていった。

 そして――騒ぎの収束と共に、大陸横断鉄道ブラックホースは次の到着駅、学園都市アカデミアへと到着したのだった。


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