大陸横断列車 ブラックホース 05

 ――遠くまで続く地平。青い空と萌黄色の大地を、その大型車は巨体を揺らして駆け抜けてゆく。大きな四つの車輪タイヤが草花を踏み、土を巻き上げる。野外に特化した四輪駆動のその自動車には壁というものが殆ど無く、吹き抜ける風が乗員達へと強く当たっている。


 乗組員は全部で五人。運転席の一人を除き、それぞれ思い思いの場所へ腰かけている。車は一本の路線沿いに走っていた。それは技術革命を起こしたかの機械都市から、文化の都である学園都市へと続く、一本の線路。


 車を運転する黒髪の男が、並走するへとちらりと目を向ける。


「大佐、目標を確認しました」


 その報告に、大佐と呼ばれた男が顔を上げる。それは――数時間前、機械都市の市場に居た軍服の男だ。運転席に居るのは、市で報告をした彼の部下だった。

 強い風に、男の長髪がたなびく。


「大体、予想と同じくらいで追いついたな……よし、準備をしろ」


 男の号令に、残りの三者は各々自分の装備を鞄から引き出す。


「既に言ったが――リィンとチェスターは私と共に。フェイはガートルードと共にバギーへ残れ」

「はい、大佐っ」


 フェイと呼ばれた小柄な女性が元気よく頷く。


「ターゲットはあの列車の中――若い男と一緒に居るとの事だ。それと――運の良い事に、例の自駆機械オートマタもあの列車に同乗しているようだ。可能ならば纏めて回収する」


 男の言葉に、別の部下が目を丸くする。


「へえ? よく情報見付けましたね。目立つ外観ではありますが、一度は見失った筈――どうやったんです?」

「さて――私が調べた訳ではないからな。あの秘密主義の部署の事だ、こちらが訊いても答えてはくれないだろうし」


 口元を歪めながら、男は肩を竦める。


「―――我々に判るのは、我等が情報部は広大なネットワークを所有しているらしいという事だけだよ」


 ◆ ◆ ◆


「――それで、彼女が……」


 大陸横断鉄道、漆黒の機関車ブラックホース、その第一号車である。先程まで騒がしかったその先頭車両は、今は静かだ。――――それは物事が収束した事からではなく、静かにせざるを得ない空気が張り詰めているが故なのだが。


「彼女が、名物さん?」


 シルベスターとマリアベルは、現在の騒動の大本たるその人物を見る。


「はぁーい、初めまして、リンジーです。宜しくね?」


 床から若干浮いた正座の状態で、物おじもなく彼女は名を名乗る。にっこりと笑みを向けるその顔には、邪気というものが全く感じられない。


「初めまして、じゃないわよ! このバカ! バカ幽霊!」

「ぅ……そんなに怒らなくても……」


 所謂幽霊らしく、殴ってもすり抜けてしまうので、モニカは行き場のない拳を振り上げリンジーというらしい幽霊を罵倒する。頭ごなしに怒鳴られ、リンジーはぐすんと鼻を啜る。


 ――幽霊。曰く、人の魂が抜け出たもの。亡霊であり、忌むべきもの。創作上に於いて幅広く活躍しているもの。シルベスターとマリアベルにとって、幽霊とはそんな程度のものだった。


 機械の心を聞くなど、ある種オカルト染みた話をするマリアベルだが、幽霊などというものは見た事もないし、信じた事もない。そもそも機械はそこに形のあるもので、幽霊は姿なき虚ろなモノだ。両者は全く違うものであり、幽霊等は居たとしても自分には感知出来ない――そう、今まで、勘違いしたオカルトファン等には言ってきたというのに。


「……こう、はっきりと見せられちゃね」

「透けてるし。浮いてるしっ、これ、ドッキリとか特撮とかじゃないよな?」

「残念な事にね……」

「ざ、ざんねんって、モニカちゃん、わたしの事、そんなに邪魔なの……?」


 半透明な涙をその大きな瞳に湛えるリンジーを見、モニカは苛々したように髪を掻き上げる。


「ねぇリンジー……アタシはね、アンタ自身の事は嫌いじゃないわよ。だからね、昼のお茶アフタヌーンティーだって付き合ってあげてるでしょ」

「モニカちゃん……」

「けど!」

「っ」


 嫌われている訳ではないと知り、胸を撫で下ろしかけたリンジーに、ビシリとモニカは指を突き付ける。


「だけどね! アンタがそうやって呑気にふらふらへらへら人前に顔を出すのは別の問題! アンタそれで一体何人にブラックホースは幽霊列車だって言われてんのよおぉおおおっ!」

「ごめんなさいモニカちゃぁ~~んっ」

「お、落ちつけモニカっ!」


 触れられさえすれば襟首でも掴み上げそうな勢いで、モニカは吼える。キースがそれを遠巻き制止しようとしているが、何ら抑止力にはなっていない。有名列車も、中々複雑な内部事情のようだ。


「まあまあ、ミス・モニカ」


 更に罵倒を続けようと構えるモニカを制したのは、泰然自若な自駆機械オートマタ、バレルだった。


「彼女に悪気がないのは貴女も解っているのでしょう? 彼女はただ、寂しくてこうして出てきてしまうだけなのだと」

「バレルちゃん……」


 自分を庇うバレルの姿を、リンジーは感動したように見上げる。

 無関係な第三者が間に入った事で漸く冷静になったのか、モニカは振り上げた拳を下ろし、小さく溜息を吐く。


「そりゃ……解ってるわよ、リンジーがただの寂しがりなノーテンキ幽霊だって事は、そんなのアタシが一番――……って?」


 親しげな呼び方に、はたと動きを止めるモニカ。それに、リンジーが現れてから、この場でバレルは名乗っていない筈。


「さっきぶりだね、バレルちゃん……!」

「少し振りです、ミス・リンジー」

「あ……アンタ達、まさか……」


 引きつる機関長の顔。嫌な予感に、そろりそろりとシルベスターとマリアベルは退避を始める。


「はい。乗車後、私の部屋にリンジーさんが来られまして」

「ねー、バレルちゃんとはもうお話したもんねー」


 ぶちっ


 何かの線がぷっつりと途切れる音がし、しなやかな筋肉のついたモニカの腕が振り上がった。


「リンジー!! アンタはああああっ!!」

「ひゃああっ、ごめんなさいモニカちゃぁあんっ」

「もーアンタのごめんは聞き飽きたっ!」


 拳を振り回し、リンジーを追いかけるモニカ。攻撃が効く訳でもないのに、何故かリンジーの方もごめんなさいを繰り返しながら逃げ回っている。

 騒がしい彼等を見ながら、シルベスターは珍しく苦笑する。


「何か、俺達凄い列車に乗っちゃったのかもな……?」

「そうだね、うんと凄く。……でも、皆良い人達だよね」


 素姓の解らぬ人間を迎えてくれて。客として扱ったと思えば、こうやって馬鹿騒ぎを見せる事も気にしない。マナーとしてはなってない。ベンジャミンが言った通り、もっと客入りの良い時はこんな姿ではないのだろう。けれど、今は今。こうして当たり前に受け入れてくれる事が、どんな高級な食事やベッドよりも、二人には温かい。


「や、やめろってモニカ! ていうか、俺達二人ともこっちに居るのはマズいだろっ、今機関室誰も居ないぞ!?」

「煩いわねこの節穴! ちゃんとハーティに任せてあるわよ!」


 ――居ないと思ったら知らない間にそんな事になっていたらしい。


「いやいやいや素人に無理させんなよっ!? ハーティ! 大丈夫かハーティー!」

「き、キースさん! お願いします、私には無理ですっっ」


 救いを求めるか細い声に、キースは慌てて機関室へと走る。その様子を見ながら、バレルは静かにその頭部を傾ぐ。


「やれやれ……皆さん血気盛んですね」

「「お前も一因だろッ!!」」


 バレルの呟きに、その場に居た全員から突っ込みが入った――その時だった。

 ドン――――ッ!


「!?」


 何かを打ち壊したような破壊音。それと同時にグラグラとブラックホース全体が激しく振動した。


「――っ、何……?」


 衝撃の影響でよろめいたマリアベルが、シルベスターに支えられながら不安を滲ませた声で呟く。少女の細い肩を離さぬよう強く掴んで、シルベスターは音のした方に視線をやった。


 ――かなりの力がブラックホースに掛ったのは解った。問題は――それが、内部からのものなのか、外部からものなのかという事だ。震動の元は後部車両だ。この列車の機関部は当然汽車部分、つまりここ先頭だ。発生源が機関部でない以上、列車事故として真っ先に考える機関部の暴走はない。ならば残る選択肢は二つ。一つは食堂車若しくは貨物車両に於いて、何かが爆発したか……そして、もう一つは前述の通り、この衝撃が外から加えられたものである事――。


「私見てきます!」


 最も早く動いたのは機関室に居たハーティだった。客を案内していた時とは打って変ったしっかりとした調子で素早く他の者の間を駆け抜け、隣の客車へと飛び込んでゆく。

 次いでバレルもその機体を後方へと向ける。


「私も向かいます――貴方がたはここで待っていてください」

「…………」


 ――自駆機械オートマタとはいえ何故客であるバレルまで出向くのか。彼は事態を理解しているのか。けれどシルベスターは騒がずに、バレルの一つしかないアイセンサーをじっと見詰める。沈黙の意味を察したバレルが小さく首肯する。


「貴方は、ミス・マリアベルを守ってください」


 しっかりと、それだけ告げると、バレルは鋼鉄の体を揺らし、ハーティと同じく後部車両へと向かう。その背中にリンジーの声が掛る。


「バレルちゃん! 多分、九号車だと思う!」

「有難う御座います、リンジー」


 幽霊なりの察知だろうか、リンジーの情報に礼を言い、バレルは走り去った。


「こっちも愚図愚図してらんないよ! キース! 何があっても絶対にブラックホースは止めさせないよ!」

「お、おう」


 モニカとキースもそれぞれの役目を果たすべく、持ち場へと戻る。


「……シルベスター」

「ん、だーいじょうぶマリィ」


 そっと手を握って来る傍らの少女に、シルベスターは確りとした口調で笑いかける。不測の事態に似合わぬ笑顔と呑気な口調で、青年は言う。


「何があっても、マリィは俺が守るからさ」

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