第4話

出会ったその時から、揺らめく深い黄金の眼に、艶やかな赤い唇に、白い肌に、魅惑的みわくてき声音こわねに、惹き込まれていく。黒魔女は全てを語りはしない、ただ少年が選べる選択肢せんたくしを一つずつ出していく、方向を定めて、少年のバラ色の頬を撫でながら言葉を続ける。


「人間が憎いか?」


全てを失ったと言っても過言かごんでは無いだろうものを奪われた少年、[憎い]と言おうとして執事長の最期さいごの言葉を思い出した。


『お逃げ下さい!振り返らず!走って!走って!!』


自分を育てたのは人間だった、両親は少年を愛した、使用人たちは少なくとも彼から見て、見た目が他の人間たちと違うからといって嫌悪を示すように見えたことも無かった。


いつも穏やかだった執事長が放った想いのかたまりに背を押され、あのときは訳も分からないまま逃げて逃げて、がけで黒魔女に出会った。大切な人々の命を奪った人間たちは、もう存在しない。


黒に身を包んだ美しい彼女は、彼の心がわずかにぐのを待って、執事長の遺体から読み取った思念しねんを少年に伝えてやった、生きて欲しい一心だったと、魔物であろうと産まれた時から少年に仕え、生涯を捧げられたことに誇りを持って戦い盾となって死んだこと。


「お前を殺そうとしたのは人間だ、お前を守ろうとしたのも人間だ。それをどう受け取るかは、ゆっくり考えればよい、時間ならたっぷりあるからな」


黒魔女が、からになったティーカップをテーブルに置いて、その手の平を上向けにするとボッと蒼白い炎を浮かべ、その炎が一冊の分厚い本になった。彼女が開いたページには何も書かれていない、少年が首を傾げると、黒魔女は一度その手を握りこんで開いた、そこには羽根で出来たペン。


目を丸くする少年の様子を愉快ゆかいそうな表情で見ながら、羽根ペンを本の上に置いた。羽根ペンの先はほのかに蒼白い光を帯びている、何らかの特別な本と羽根ペンであることは少年にも分かった。


「それは私の弟子になるための契約書の様なものだ、書名をすれば私はお前の師として、あらゆる物を与え、あらゆる知識も与えよう。そして、一人前になるまでの対価として、お前にときのろいをかける、私の趣味でな」


「時…とは、どういう…」


「こういう事さ」


黒魔女が、指先を時計回りにクルクルと回すと魅惑的な少女の姿が、大人の女性になり、老婆の姿になった。そのまま逆回りにクルクルと回すと、どんどん若く美しい姿へと戻ってゆく。彼女は自分の姿を時の流れから外している、それと同じことを自身にもほどこすという事を伝えたいのだと、少年は理解した。


そして一つ頷くと、彼は羽根ペンを手に取って開いてある本のページに名前をしるした。彼女に付いてきたからには、黒魔女がどんな存在であっても[共にいる]ことが、いま選ぶべき道であると考えたのだ。彼にとって彼女は、自分の命を救った存在であり、これからの自分のために行動してくれている唯一の人物でもあり、身体の傷も癒してくれた。


満足そうな黒魔女が、しるされた名前を読み上げながら、部屋を埋め尽くすほど巨大で、深く鮮やかな緑色の炎をその身にまとい、硬直する少年の手を引いて立ち上がらせた。


「獣人キール·リュリコフを、我が森の友と認め、全ての森の主アデライン·ブラッドローの弟子とする、深緑の炎を宿すこの者への手出しは、私が許さぬ」


この瞬間だった、黒魔女アデラインのまとう鮮やかな深緑の炎がキールを包み、獣人の少年キールの目の色が灰褐色はいかっしょくから、揺らめいていた炎そのままの深緑色へと変化したのは。



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