第32話

 金曜日の朝

 スマホを見るとある人物からラインが届いていた。


『お久しぶりです。


 土曜の練習後に時間とれますか?


 土曜はボールを蹴れる格好で来てもらいたいのですが大丈夫ですか?

 来れそうであれば詳細はまた連絡します。


 よろしくお願いします。』


 なにこの文章……どうしちゃったのあの人……

 俺は手短に返信をして学校へと向かった。





 土曜日

「よっしゃー。練習終わったしカラオケでも行こうぜー」

 相変わらず牛島はテンションが高い。

「いーねー。俺も新曲で歌いたいやつあんだよねー」

 杉本の参加を皮切りにほとんどのやつが行くようだ。

「ハルも行く?」

 大ちゃんは俺のことをハルと呼ぶようになっていた。

 試合中に焦っているとき、大ちゃんは無意識にハルと言っていたので、もう普段からそうしようということにしたのだ。

「ごめん大ちゃん。今日はこのあと予定あるんだよね」

「なんだーまた篠原先輩とデートかー」

 ディフェンス番長の清水がちゃかしてくる。

「違うから。今日はーまぁちょっと秘密だ秘密」

「話は聞かせてもらったわ」

 いつの間にか篠原が部室に入ってきていた。

「ここは男子サッカー部の部室なんで部外者は出ていってくださーい」

 めんどくさくなる前に追い出そうと試みる。

「良かろう。では今日のデートの相手を教えなさい! そしたら出ていくわ!」

 なにこいつ……うっざ。

「着替えるからさっさと出て行けー。見たくないもんまで見えるぞー」

「別に平気平気。パンツくらい見慣れてるし……」

 篠原は途中で言葉を失った。

 それもそのはず。

 俺の席は部室の角で、L字に俺と牛島が並んでいる。席と言っても長いベンチが部屋の外周に沿って並べられているだけなのだが。隣に座っていた牛島が立ち上がりベンチに置いた鞄からタオルかなにかを探し始めた。ちょうど入り口付近の篠原にお尻を向けるような形だったので、俺は牛島のズボンとパンツを下ろしてやったのだ。その途端。

「「ギャー!!!」」

 二人の悲鳴が重なった。

 篠原は扉をバタンと閉めて出ていき、牛島はお尻をすぐに隠して俺をバシバシと叩いてきた。

「ごめんごめんって!」

 適当に謝罪をしていると、牛島は座り込み顔を押さえて隠し、小さくぼやいた。

「もうお嫁に行けない……」

 いや、お前は元々嫁には行けねえよ……



 なんとか追求を逃れて帰宅。準備を済ませ駅へと向かう。


 電車に揺られること約30分。

 目的の駅に到着したが定刻までは15分も余裕があった。少し早かったかな。まぁ待たせるのも悪いしと思い待ち合わせ場所へと向かった。


「遅いでぇハルちゃん!」

 なんでそんな早くついてんだよ……デート前の女子かよ……

「すみません。てか早くないっすか? 暇なんですか大辻さん」

 そう本日のデートのお相手は大辻さんだ。いやデートじゃないけどさ。


 実は以前の練習試合のあとにラインを交換していたのだ。なんか気に入られたようだ。俺もこの人なんか好きだけどさ。人としてね! 人として!


「それにしてもあのラインはなんですか?どんだけ他人行儀なんですか」

「いやーせやかて交換はしたけどやり取りはしてへんかったしなぁ。なんか緊張してしもうてなぁ。ハルちゃんこそもっと連絡してえやぁ」

 だから女子かよ! なんなんだよこの人……

「いやそんなこと言われましても……それで今日は何するんですか?」

 大辻さんはニヤリと笑った。

「混サルや!」

「なんっすかそれ?」

「まぁフットサルやな」

 まぁそうなんだろうとは思ったけど。昨日のラインでフットサルシューズかトレーニングシューズを用意してきてほしいと言うことだったので予想はしていた。

「てことは誰か他に来るってことですか?」

「せやで! ワイが人数は揃えておいたんや」

 俺なんも聞いてねんだけど……

 また入学初日の練習みたいに知らないメンバーでサッカーすんのかよ……

 そんなことを考えていると背後から声がかかる。

「よう! 久しぶりだな栞」

 俺は声の方を振り返り……見上げた。

 で、でかい……190近くあるな……

「うぃーっす。千尋またでかくなったんと違うかぁ?」

「いや流石にもう伸びねえよ。で、この子は?」

 この子って……

「ハルちゃんや!」

 説明……終わり!?

「あ、あの、橘遥です。大辻さんとはこの前やった練習試合で知り合って、今日はよくわかんないままここにいます」

 とりあえず自己紹介しとこうかな……

「よろしくな。えっとーハルちゃんでいいんかな? 俺は壬生千尋(みぶちひろ)だ」

 また女の子みたいな名前だな……てか珍しい名字だな。

「フットサルってことは他にも呼んでんだろ?」

 壬生さんも俺と同じ疑問を抱いていたようだ。

「今日はあと3人呼んでる」

「え? フットサルやるんでしょ? 5人なの?」

 壬生さんは驚くというか呆れていた。

 たしかに……交代できねえじゃん……

「まぁ若いんやし平気やろ!」

「「マジかよ……」」

 シンクロした俺と壬生さんは顔を見合せ苦笑いを浮かべるしかなかった。

 そこにあらたな声が加わる。

「しーちゃんやっほー! 遅くなってごめーん!」

「おつかれさま」

 新たに二人が加わった。その二人を見て仰天した。

 双子かよ……すごい似てるな……

「おーおつかれちゃん。二人ともよく来てくれたなー。今日はお前ら同じチームでやれるで!」

「ありがとうございます! 嬉しいです! ね!」

「いや、俺は別に」

 顔はそっくりだけど性格は真逆だなこの二人……

 え……なんかすんごい見られてる……

「あ、ごめんなさい! 玲(れい)、しゃべらないとダメだよ! あと名前を聞きたければ自分から名乗るんだよ!」

「うっさいなぁ……」

 流石は双子だな。言いたいことがわかるんだな。

「俺は橘遥って言います。お二人は双子なんですよね?」

 今度はしょうもない紹介はさせまいと先に自己紹介をしたが大辻さんは誰かと電話をしていた。

「そうですよ! 僕が双子の弟の井手口啓(いでぐちけい)であっちが兄の玲(れい)です。はじめましてですよね? もしかして1年生?」

 こっちが弟か!

 それにまた女の子みたいな名前……これは名前が選考基準になってたりしないよね……

「はじめましてですね。そうです1年です。あ、でも大辻さんとは高校は違います。急に呼ばれたんですけどなんかよくわかってないままここにいます。この集まりってよくあるんですか?」

 そうだよ、それ聞かないと。よく言った俺!

「あはは。僕たちもよくわかってないんだよね。こういうのは初めてだよ」

 誰も状況を把握してないってことか……

 あ、やっと戻ってきた。

「すまんなー今もう1人のやつから電話で少しおそなるって連絡来たわ。先に移動しよかぁ」

「てかどこに行くんですか?」

 説明が未だにないのでたまらず聞いてしまった。

 大辻さんの説明によるとこういうことらしい。


 ここから歩いて10分くらいのところにフットサルコートがあるそうだ。そこで混サルというチームで予約してその日に集まったチームで試合を回していくというものに参加するらしい。

 ちなみに今日呼ばれているのは近くの高校で大辻さんが上手いと思った人間が1人ずつ呼ばれているらしい。


「てことは唯一1年のハルちゃんってすごいんだね!」

 弟の啓さんは目をキラキラさせている。

「いや、俺はフットサルだとポンコツかも知れないです……別にドリブルが上手いわけでもないですし……」

 迷惑かけたらどうしようと考えていると大辻さんが俺の頭をポンポンと叩き、その手を俺の頭にのっけたまま話し出した。

「そんなことはあらへんよ。ハルちゃんのそのブレインが必要と思ったからワイはわざわざハルちゃんを呼んだんやで。他の皆もそうや。ここには上手いだけのやつはおらへんで。ワイらはなぁ、ちゃんと考えてボールを回せる奴らの集まりや」

 そんな風に思ってもらえていたのが、すごく嬉しかった。

 考えてボールを回せるか……

 サッカーよりも狭いコートだ。いつもよも判断のスピードをあげなければならないだろう。他のメンバーの技術はおそらく心配ないはずだ。折角呼んでもらえたのだ。足を引っ張らないようにしなければ……

「ハルちゃん!」

 呼ばれて顔を上げた。

「顔が暗いよ! これから試合だよ! 折角面白いメンバーでボール蹴れるんだから楽しまないと損だよ!」

「せやな! フットボールはなぁ楽しんでるやつがうまなるんやで! ほな行くで!」

 そう言って大辻さんは再び俺の頭をポンポンと叩き先頭をきって歩き始めた。

「えらいハルちゃん気に入られてんなぁ。あーなんかワクワクしてきたわぁ。さーて、お手並み拝見ですなー」

 壬生さんも優しい笑顔で俺の頭をポンポンしてくる。

 アレ……俺の頭、オモチャにされてない?

 そう思い始めたとき、後頭部から伸びる手を俺は掴んで恒例となりつつある俺の頭いじりを阻止した。

「玲さん。先輩ですがあなたにはなんかやらせたくないです。身長も俺より低いですし」

 なんかこの人には負けたくないな。なんでかわかんないけど。

「チッ。先輩には逆らっちゃダメって習わなかったのか? 俺にもポンポンさせろよ」

 舌打ちしやがったこいつ。弟さんと違ってなんか嫌なやつだなこいつ。あとポンポンさせろってなんだよ……

 掴み合ったまま移動し始める俺たちを啓さんは笑って見ていた。きっとこの二人はプレーも真逆なんだろうなと勝手に予想してしまう。


 かくして、よくわからないまま俺たちは目的のコートへと歩みを進め始めた。



 足並みは揃わないがそれは些末な問題だ。お同じ道を歩き始めたことにこそ、意味があるのだ。


 これが、今夜結成されるフットサルチーム【Mr.Brain】の大きな大きな1歩である。

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