第9話

 5月中旬。練習終わりに顧問の杉田先生からこんな話が出た。

「皆様お疲れ様です。えー、うちは進学校なのであまり部活をやる生徒はいないのですが、今年は7人の1年生が入ってくれました。日頃の練習でおおよそのプレースタイルは把握しました。それと私はここにいる全員で戦っていくつもりです。私の選考基準に学年は関係ありません。再来週の日曜日に練習試合を組みました。そこで1年生を中心に1チーム作って試合をしてもらいます。私は特に指示は出しませんので1年生の皆さんでフォーメーションとポジションを話し合って決めてください。足りないポジションは2年生から私が選んで補填しますので今週中に決めて私のところに報告に来てください。当日はAチームとBチームを私の方で組みますので全部で3試合になります。しっかり準備しておいてください。ではお疲れ様でした」



 その日、1年だけで集まり話をすることになった。

 駅前の赤いハンバーガーショップ。いつも3人で立ち寄る店だ。今日はいつもと違い大所帯だ。


「とりあえず2人くらい席取りで先に上がっといてよ」

 学年でも人気者の杉本楓(すぎもとかえで)が的確な指示を出す。店内は少し混み合っており7人が一緒に座れる席があるのかは微妙だ。マナー的にどうなんだと思ったが、今日は全員が話しに参加しなければならないので今日だけごめんなさいという気持ちでその役を買って出た。だって疲れてたし早く座りたかったんだよね。

「俺行くよ。コーラとチーズバーガーでお願い。ハイこれ。ちゃんとおつりくれよー」

 お金を預け2階へと向かう。

 一年の中でもこの杉本は既にリーダーシップのようなものを感じる。背は低いが足が速くテクニックもそこそこある。1年だけ集まるときはだいたい杉本が仕切ったりしている。

「じゃあ僕も席係にしようかな。僕もハル君と同じやつで」

 佐々木大輔(ささきだいすけ)が俺に続いた。一年の中で彼が一番馬が合う。落ち着いた雰囲気で話しやすい。なによりサッカーが上手い。特にディフェンスが上手く、更に言えば対人能力はおそらく先輩たちにも負けていないように感じる。ポジショニングもよく守備の達人といった感じだ。ビルドアップは苦手なようで本人もそのことを気にしていて、最近はよくオフェンス時の組み立て方や戦術について相談されることがある。


「大ちゃんこの前の小テストどうだった?」

 階段を登りながら聞いてみた。クラスも同じなので既に気を使わずに話せる間柄になっている。

「僕名前書き忘れちゃって明日再試なんだよね…全部合ってたのに…」

 大ちゃんは席を確保しそのまま机に項垂れてしまった。

「あれまぁ。俺は普通に再試だから一緒に行こうよ。てかすごいね。俺暗記系の勉強が全然駄目なんだよね」

 うちの学校では入学時に英単語帳を配られる。毎週最初の英語の授業で英単語のミニテストがあるのだが、範囲内からランダムに30問出題され10問以上間違えると金曜の昼休みに合格するまでエンドレスに再試験となる。我々はめでたく不合格となったという話だ。

「僕は逆に暗記は得意なんだよねー。サッカーもさ、ディフェンスってけっこう形式的なこと多いからある程度動きを覚えれば出来るんだけど攻撃ってどうやればいいか全然わかんないんだよねえ」

 そんなもんなんだ。まぁ感覚は人それぞれだしね。

「そう? 自分の攻めたいとこっていうか攻め易いとこから攻めればいいだけじゃん。大ちゃん結構視野広いと思うんだけど攻撃になるとぐっと狭くなるよね。何でだろうね?」

 実際ボールをロストして攻守が切り替わったときに大ちゃんはいて欲しいところにすっと入ってきてスペースや門(仲間同士の間のこと)をつぶしたり、相手ディフェンスからロングボールが入ってもヘディングで弾いたり相手のボールを受ける選手にフリーで受けさせることもあまりない。「オフザボール」と言われる所謂ボールに関与していない時の動きが良いので絶妙なポジショニングで中盤の底を守ってくれている。ただしポジショニングが良いのはディフェンス時に限ってのことなのだが。

「やっぱボール見ちゃうからかなー。ハル君みたいにあんま足元に自信ないんだよね」

 んーこればっかりは慣れるしかないのかなー。

「もうサッカーの話してんのかよ」

 お調子者の牛嶋俊(うしじましゅん)が俺の真後ろから急に話に入ってきた。俺は椅子にかけたまま頭を後ろに反らし逆さまになった大男の顔を見た。この男は名前と逆で足が遅い。身長は高く、体はでかい。ポストプレーを得意とするタイプのFWだ。

 残りの3人も紹介しておくと、同じくFWの瀬戸幸樹(せとこうき)は足の速い裏に抜ける動きが得意なタイプだ。但しサッカーは高校から始めた初心者で、もともとは陸上だったらしく短距離をやっていたそうだ。そしてもう一人の初心者である水戸聖四郎(みとせいしろう)。ポジションはLSBで初心者なのだが、もしかしたら大ちゃんよりもテクニックがあるかもしれない。中学のときは昼休みに毎日サッカー部に混じってサッカーをやっていたそうで俺も初心者だとは思わなかったくらいに上手い。但し組織的な動きはイマイチ理解していない模様。他校に行った親友と高校では試合で戦おうという約束を果たすべく毎日居残り練習をしている。そして最後がCBで水戸君と同じ中学出身の清水涼(しみずりょう)。こいつも例の約束に一枚噛んでいるらしく水戸君と一緒に毎日居残り練習をしている。ポジション的にも隣接しているのでメンタル面のケアはこいつに任せて問題ないだろう。

そんな7人でこれからどう戦っていくかを考えるわけだが…ちゃんとまとまるんだろうか…早く帰って再試の勉強しないといけないんだけどな…不安だ。

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