仲良し女子小学生ふたりがゲームしたりタイムトラベルしたりイチャイチャしたりする

「なぎさちゃん、来ーたよ!」


 わたしはちょっと背伸びをしながら、インターホンのカメラに向かってにっこりしました。


『すこし待っていてね』


 すぐにかわいい声がして、すこししてからドアが開きます。迎えてくれたのは、わたしのともだち、なぎさちゃん。


「こんにちは、ナコ」

「こんにちはっ、なぎさちゃん!」


 なぎさちゃんが微笑んでくれるから、わたしも嬉しくなって、んふーと笑ってしまいます。





 季節は春。

 わたしたちは、小学四年生になりました。

 そして今日もまた、三年間そうしてきたように、いっしょに遊ぶ約束をしていたのでした。





 なぎさちゃんの家、独特のにおい。えんりょなくスニーカーをぬいで廊下に上がると、洗面所を借りて手洗いうがい。ハンカチで手をふいてから、なぎさちゃんのいるリビングへ。


「なぎさちゃーん」

「うん?」

「シャワー借りていーい?」

「構わないよー」


 わたしは火金かーきんでテニス教室に通っています。金曜日の今日は教室に行って、汗をかいたまま、なぎさちゃんの家に来たのでした。

 半袖半パンのテニスウェアを脱ぎ、お風呂場に入ります。火曜と金曜はいつもシャワーを使わせてもらっているので、慣れてます。さっと汗を流したあと、自分のバッグの中からバスタオルと着替えを……


「あれ?」


 バッグに入っているはずのバスタオルと着替えは、ありませんでした。家に忘れてきちゃったみたいです。


「なぎさちゃーん!」


 大声で呼びかけると、なんだーい、と返ってきました。なぎさちゃんの家には、この時間は、なぎさちゃんとわたししかいません。なぎさちゃんのお父さんとお母さんが、ともばたらきだからです。


「タオルと服忘れちゃったから、借りてもいーいー?」


 いいよー、と聞こえてきました。ほかの部屋の棚が開く音がしたりしたあと、なぎさちゃんは脱衣所に来てくれました。


「はい、バスタオルとシャツと下着とパンツ」

「ありがと!」


 わたしはなんとなく大事なところを隠しながら、受け取りましたが……


「ど、どうしたの?」


 なぎさちゃんはわたしの体をじっと見ています。それから、自分の体に目を落としました。

 さいごに、棚に目をやります。

 そこには、わたしが最近初めて使い始めたスポーツブラが置いてありました。


「……理不尽だ」

「えっ?」

「いつの間にかブラジャーを使うくらいに胸が発達していたなんて! 私はまだ平坦なのに! ひどい!」

「えぇー!?」

「今渡したタオル・服類は没収です」

「ふぇぇー!?」

「返してほしいかい?」

「ほ、ほしいです……」

「そうかい。だったら」


 なぎさちゃんは腕にかかえたタオルや服を、床に投げすてました。


「拾うがいいさ、下賤の民のように……!」

「うぅ……ぐすっ……」


 わたしはかなしみのなみだを流しながら、タオルたちを拾わせていただきました。




     ☆☆☆




 体を拭いて下着とシャツとパンツを着ると、なぎさちゃんの待つリビングへ。

 なぎさちゃんは、フローリングの床に座ってゲームのコントローラーを持っていました。


「あー、すっきりしたー」わたしも隣にぺたんと座ります。


「このお服、ぜんぶなぎさちゃんのだよね。ごめんね、借りちゃって」

「いいよ。……なんだか面白いね。私の服を私以外の人が着ているというのは」

「うん、なんだかしんせんな気持ちだよ~。なぎさちゃんに変身したみたい」

「あははっ」


 なぎさちゃんにつられて、わたしも笑います。ちょっと胸元がスースーするよという感想もありましたが、言いません。なぎさちゃんが『私の胸がブラを必要とするほどふくらんでいればナコにブラも貸せたのにね残念だ』と言って静かにキレてきそうでこわいからです。


「今日はなにするのー?」

「今日はね……」


 なぎさちゃんが、にやり。いつもは、口元で微笑んでるだけのなぎさちゃんだけど、いいことを思いついたときは、目をキラキラさせてすごい生き生きとするのです。わたしは、そんななぎさちゃんを、好きだなあと思います。


「今日は“エフゼロ・エックス”を裏技プレイするよ……!」

「えふぜろ・えっくす?」


 わたしはよくわからなかったので、首をかしげました。するとなぎさちゃんが、床に落ちていたゲームの入れ物をひろいました。わたしはそれを横からのぞきこみます。


「へー、エフゼロエックスっていうゲームなんだ。たのしいの?」


「楽しいよ」なぎさちゃんがうなずきます。「ジェット機に乗って競走するレースゲームなんだ。その速さは簡単に音速を超えるんだよ。世界で一番速いレースゲームだとも言われているね。スリリングなレーシングに“Dive”しろ。キミはその“Speed”の“Toriko”になるぜ……!」

「突然なに!?」

「あ、パッケージの文言」


 わたしはなぎさちゃんが突然ラジオDJみたいになっちゃったのでびっくりしましたが、パッケージの字を読んだだけだとわかり、すぐに納得しました。嘘です。Torikoの部分には納得がいきません。


「さて、裏技プレイの前に、タイムトラベルの話をしようか」

「え? なんで?」


 なぎさちゃんがこちらに向き直り、ちょこんと正座しました。はっとして、わたしも正座。なぎさちゃんと見つめ合います。

 お互い正座して、向き合う体勢。

 これは“マジメな話するモード”といって、マジメな話をするときにするモードです。

 わたしは顔をびしっとさせました。

 なぎさちゃんが言います。


「光の速さより速く動けば過去に行ける、という話は聞いたことがあるかい?」

「ないです」

「アインシュタインの相対性理論によれば、高い速度で移動する物体の中では時間の進みがゆっくりになるとされているんだ。光の速度に近づけば近づくほど時間には遅れが生じるのさ。ここまではわかる?」

「わかりません」

「じゃあ物体が光の速度に達した瞬間、時間はどうなるのかというとね。遅くなりすぎて、停止してしまうという説があるんだ。光速移動とは時間を停止させること。しかし、ならば、光速を超えることができたとしたら? その答えは簡単だ。時間はマイナスになるのさ。ここまでは」

「わかりません」

「時間がマイナスになれば、目的地に向かって出発するその前に目的地に到着する、という現象が起こる。つまり、過去へ移動するということになるんだよ。ここま」

「わかりません」

「つまり結論を端的に言えば」

「はい」


「光の速さより速く動けば過去に行ける、ということさ……!」


「それいちばん最初に聞いたよぉ! あ痛っ! 足つったー!」


 “マジメな話するモード”が解けて、わたしは床を転がりました。わたしは正座をあんまりしたことがないのでした。一方、なぎさちゃんは涼しい顔でぺたんこ座り。ゲーム機にカセットを入れ、スイッチを入れます。

 テレビに“エフゼロ・エックス”の文字がでかでかと表示されました。


「いたた……。……わぁ、なんか絵が汚いよ! 古いゲームなの?」

「64は二十年前のハードだからね。さあ、ナコもコントローラーを」


 なぎさちゃんといっしょに遊ぶことが多いので、わたしもそれなりのゲーマーだけど、64コンは握ったことがないです。大きめのコントローラーは、ずっしりとしていました。


「ところで、なんで今マジバナモード使ったの?」

「過去へ行くための前提知識の共有さ」

「へ?」


「いいかい、ナコ。このゲームは世界でもっとも速いレースゲームだ。音速を超え、亜光速を超え、そして光速を超えれば! 私たちは過去にタイムトリップできるのさ!」

「できないよっ!」

 わたしはつっこみました。「これゲームでしょ!? ゲームの中で光速を超えても意味ないしっ!」


「私はゲーム脳なので現実と虚構を混同しているんだ」

「混同してない人のセリフじゃん!」


 言い合っているうちに、レース開始のカウントダウンが始まってしまいました。走るコース名は“ハイスピード”。機体名は“ブルーファルコン”。


「わ、わ、どうすればいいの? わたし、操作方法知らないんだけど!」

「ナコは操作を覚えながら楽しんで走っていてくれ。それと……私になにかあったときのために……」


 なぎさちゃんは涙目でこっちを、じぃーっ。


「一緒に、いてほしい……」

「だからゲームで光速超えても大丈夫だってば! わぁ、始まった! どうすんの!? Aボタンで進む!?」


 まごまごするわたしを置いて、なぎさちゃんのマシンはジェットを噴射。なんかコントローラーをすごい勢いでガチャガチャやってます。すぐに音速を超えて、すごい速いです。わたしは引き離されていきました。

 でもそのころには、もう操作方法を覚え始めたわたし。だてになぎさちゃんと付き合っているわけじゃーないのです。


「このゲーム、難しいね。ね、なぎさちゃ」

「話しかけないでくれ」

「え!?」

「ごめんね。私、このタイムトラベルが成功したらそれを利用したビジネスを立ち上げ一財産を築く予定だから」

「なぎさちゃんこわいよぉ……」


 いったいどんなビジネスをするつもりなんだろう。というか、こんなことに人生をかけないでほしい……。

 そうしているうちに、なぎさちゃんのマシンはすごい速さになっていました。なにやら裏技を使っているみたい。画面の速度計はもうめちゃくちゃです。速すぎてバグってます。マシンの動きも変です。火花を散らして、色をぐるぐる変えながら、ぐんぐん速度を上げていきます。


「な、なぎさちゃん……」


 わたしはそこで、不安になってきてしまいました。

 ほんとうに過去に行っちゃったら、どうしよう……?

 インフルエンザにかかっていたころに戻っちゃったり、担任の先生がイヤだった三年生のころに戻っちゃったりしたら……?

 なぎさちゃんと出会う前に、戻ってしまったら…………?


「ナコ!」

 なぎさちゃんが叫びます。

「腕が疲れた! ボタン押すの手伝って!」


 ガチャガチャと鳴るなぎさちゃんのコントローラー。

 その動きは精確で、ムダがありません。

 このままでは、ほんとうに……!


「……やだ」


 なぎさちゃんが怖い目にあうのは……!


「いや! なぎさちゃん、タイムトラベルしないで!」

「なっ、どうしてだい!? 私は人類史に残る革新的な……」

「わたし、こわいのっ! もしうまくいかなくて、取り返しのつかないことになったらどうするの!? 過去に行くとどうなるかわかんないけど、なんか危ないよ! だからだめ!!」


 わたしはなぎさちゃんを止めようとしました。でも、なぎさちゃんは「ま、待って、待ってよ」と話を続けようとします。


「わかった、本当のことを言うよ。私はビジネスとか人類史がどうとかには興味はなくて」


 言いながらもなぎさちゃんは、画面を見ながら指先を動かします。


「……本当は、どうしてもやり直したいことがあったんだ」

「やり直したいこと?」

「この前のテニス大会で、ナコは決勝まで行っただろう?」


 わたしはテニス教室に通っていて、けっこう腕には自信があります。だから、大会にも出たことがあったりします。

 わたしはあの日のことを思い出しました。

 一月にあったテニス大会で、強い子と試合して、負けた日のことを。

 なぎさちゃんが観客席にいなかった日のことを。


「あのとき私は風邪が悪化していて、応援に行けなかった。私は過去に戻って、ちゃんとナコの応援に行きたいんだ。やり直したいんだ」


 テレビの画面は、カメラのフラッシュみたいにぴかぴか光り、目まぐるしく色を変えていきます。


「風邪で伏せっているとき、私はずっと考えていたんだ。祈っていたと言いかえてもいい。ずっとずっと、ナコが勝てますようにって。でも……本当はそんなふうに願ってるだけじゃ嫌だった。本当は布団を飛び出してナコのもとへ駆けつけたかった……」


 コントローラーを持つなぎさちゃんの両手は、少しだけ、ふるえていました。


「確かにタイムトラベルには危険がつきまとう。けれど、なんとしてもナコの決勝戦を見に行きたかったんだ。友達が最後まで頑張る姿を応援してあげたかったんだ。私がいたところで勝敗には関係なかったかもしれない、でも、勝てるさって言い続けてあげたかったんだよ。そして、決勝の結果がどう転んだとしても……私はナコのそばにいてあげたかったんだよ……!」

「なぎさちゃん……」

「私は過去にトラベルして、ナコとの思い出を取り戻す。だから止めないでほしい。私は必ず」


 ぶつん、と音がしました。

 言いかけていたなぎさちゃんは固まります。

 わたしはなぎさちゃんの視線の先を見ました。

 テレビ画面は、まっくらです。


「な、なに?! なにが起こったのなぎさちゃん?!」

「…………」


 なぎさちゃんは無言で軽く操作をします。

 わたしは無言の理由がわかりました。

 ゲームはスタート画面に戻っているうえに、データが消えるという、バグが起きていたのです。


「……うぅ」

「だ、大丈夫だよなぎさちゃん! タイムトラベルなんてやっぱりキケンだったんだよ! 気持ち、すっごくうれしいけど、これでよかったんだよっ!」

「ぅぅ……うくくくく……」

「…………なぎさちゃん?」


 ふるえていたなぎさちゃんでしたが、それは笑いをこらえているからでした。あはははは! と、高笑いを始めます。わたしはあわてました。「ど、どうしたの!?」


「はははは……いいかい、ナコ。ゲーム内で、私のブルーファルコンは光速を超えた。そうしたら、ゲーム内の時間が戻った! データがまだない頃に戻ったのさ! 私たちは、過去に行けたんだ!」


「えぇぇ……」

 イミフメーな理屈でした。「じゃあさっきの、思い出を取り戻すとかの話はなんだったの……」


「え? タイムトラベル? 本当の意味での時間遡行なんてできるわけないじゃないか」

「えぇぇぇぇ…………」


 わたしは力が抜けて、ごろんとカーペットに寝ころびます。


「あわてて損したよぉ……」

「でも、本当だよ」

「え?」

「そばにいてあげたかったとかは、その、全部、本当のことなんだ」


 わたしは、ぱっと起きあがってなぎさちゃんを見ます。

 ……正確には、見ようとしたけどなぎさちゃんの手で両目をかくされてしまいました。

 そのまま五秒がすぎ、十秒がすぎ……


「……な、なぎさちゃん?」


「よし! ナコ!」突然、なぎさちゃんが大声を上げました。目をおおっていた手も離れ、なぎさちゃんの顔がよく見えるようになります。


 なぎさちゃんは、いつもの口元だけ微笑む顔でした。


「さあ、ゲーム再開だよ! さっきのバグ技により、このエフゼロ・エックスは開発中の段階に戻っている! これからはこのデバッグモードで、開発者になったつもりでゲーム内容を改竄できるよ!」

「なにそれっ!?」


 なぎさちゃんは、にやりと不敵に笑ってコントローラーをにぎりなおします。こういうときのなぎさちゃんは、表情をとっても生き生きさせています。


 恥ずかしがり屋で、素直じゃなくて、でもちゃんと伝えてくれる。


 そんななぎさちゃんのきらきらした表情を見て、わたしはふふっと笑いました。


 なぎさちゃんが、なんで顔を見て笑ったんだい、とふくれっつらになります。


 ありがとう、なぎさちゃん。


 そう言って、わたしはお返しの笑顔をあげました。





 顔を真っ赤にしてまた目をかくそうとしてくる照れ屋さんな友達のことが、わたしは、だいすきです。

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