第15話 教えてよ、無償の愛

 慌ててユルリカ先生とラジを連れ、セスくんの工房に帰り、「命に別状はありません」と話されるときにも、俺はレティの心臓のことしか考えられなかった。

 たぶんセスくんも俺が自動心臓オートハートを見ていたことに気づかなかったのだろう。セスくんはずっとレティの手を握って、ただただ眠るレティの傍にいた。


「じきに目を覚ますと思います。薬は点滴を」

「あ…分かりました」

「アカリ、ちょっと」

「え、なんだよ」


 ラジに手招きされた。囁き声で話しかけられる。


「セスはこうなるとレティから離れようとしねえんだ。かえってセスの永出血症ララ・エピデミスが悪化したら元も子もない」

「…適度なところで、看病を交代しろ、ってことか?」

「話が早くて助かるよ…セスが泊まれる準備はしておくから、よろしく頼む」


 ***


 確かに、セスくんはレティから離れようとしなかった。倒れた朝から昼も夜もご飯もろくに食べずに付き添っていた。

 これはまずいよなあ…。


「セ、セスくーん」

「…………………なあに?」

「あー…俺、そろそろ交代しようか?付き添い」

「ううん、いいよ」


 即答されてしまった。


「ご飯もろくに食べてないだろ?ラジのとこ行ってこいよ」

「……お腹、空いてないから」

「………セスくんも体壊したらどうするんだよ!ご飯ちゃんと食べて、『螺子ネジ』で休んできてくれよ」

「………わかったよ。あ、手、繋いでてあげて」


 セスくんは半分死人のような感じでフラフラと出て行った。大丈夫か…あれ。


 静かになった部屋の中。セスくんが作った時計の秒針の音が響く。


 ここでの生活が慌ただしすぎて、みんながいい人すぎて、それでもこうして静かになると父さん母さんのことを考える。元気かな。心配してんのかな。


 俺、どうなっちゃうんだろ。


 そんなことをぼんやり考えてると、きゅ、と手を握り返された。


「ふは…どしたの、深刻な顔して」


「れ、レティ!?」

「はーごめん、心配かけたね。たまになるんだ、貧血」


 嘘だ。

 嘘じゃないにしても、ただの貧血じゃない。


「レティ」

「ん?」

「ごめん、見ちゃったんだ…その、心臓」

「……そっか。見ちゃったかあ」


 レティは力なく笑い、目を閉じた。そして、穏やかな口調で話し始めた。


「…10歳の時だったかな?セスに心臓出血が始まった。ゆっくりだったけど、半年で死んでしまうような症状だったよ。私は、セスが死ぬのだけは、我慢ならなくて。あげちゃったんだ」

「し…心臓、を?」

「うん。代わりに、開発途中だったセスの自動心臓オートハートを入れた。病気のセスには自動心臓は辛いだろうから。…みんなに、止められた。まだ実験段階のものに命を預けるなんて、危険だってね」

「そりゃそうだろ…」

「ははっ、だよねえ。だから、私の心臓が止まる前に、完璧な自動心臓を作る、これがセスとの約束だったんだ」


 ゆっくりと、レティが目を開けた。ランタンの明かりに照らされたその白い顔は、このまま死んでしまいそうに見えた。


「…だから、私は、人間の1番大切なところが機械なんだ。教えてよアカリ。私って、人間?」

「は…?」

「セスはもう体の半分くらいを機械に取り替えてる。ラジも左手がほとんどそうだ。この世界で生きる私たちは、いつまで自分でいられるのかな」

「………」


 もしかして、あの日、違う世界から来たなんて話す怪しい俺を助けてくれたのは。右も左も分からない俺の面倒を見てくれたのは。


 この世界の外から来た俺に、これを聞きたかったから?


 そう思うのは考えすぎだろうか。


「本の中とかで、『どんなあなたでも愛してる』ってあるじゃない」

「あ、あるね」

「あれってさ…裏を返したら、肩書きさえ同じなら誰でもいいってことじゃない?」


 レティの様子がどこかおかしい。話に脈絡がない。

 顔はこちらを向いているけどその瞳にいるのは俺じゃない。

 どこか遠くを見ている。


 するとその目からポロッと水が零れた。


「………わ、わたし、怖い。死んじゃうのが怖い。セスを残してくのが怖い。………自分がニンゲンじゃなくなってるんじゃないかって、怖い」


 それはレティが俺に初めて、もしかしたら人に初めて零した本音だったのかもしれない。

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