第12話 ユルリカ診療所

「ふぁぁぁ…」

「ぬー………」


 この日はレティもセスくんも眠そうで、特にレティはこの前大きなケンカをしたらしく、疲れきっていた。


「…あ、ぼく、診察行かなきゃ…」

「え?あ、今日か…アカリぃ付き添い行ってきてえ…」

「いいけど…大丈夫か?レティ」


 くあ、と欠伸をしてレティは返事をした。


「眠たいだけだよ…よろしくー」


 そう言ってレティは椅子から立ち上がり、おぼつかない足取りで自室に帰ってしまった。


「…で、セスくんはなんで寝不足なんだ?」

「……し、仕事というか研究というか…」

「セスくんが倒れたら元も子もないだろ?」

「はあい…」


 セスくんは研究と言ったけど、俺はここ最近、おかしなことに気づいた。

 セスくんが毎日毎日朝から真夜中まで作っている義肢が、何なのかさっぱり分からないのだ。手でも、脚でも、目でも耳でもない。

 他よりもずっと複雑で、手のひらに収まるくらいの大きさ。


「セスくん、最近何作ってるんだ?」

「えっ」


 診療所に行く途中に聞いてみると、困ったような顔をされた。


「えっと…うーん……企業秘密」


 しーっとでも言うように口元に人差し指を立てるセスくんはとっても愛らしい。うっかり流されそうになった。


「企業秘密、じゃなくて教えてくれよ」

「ちゃ、ちゃんと完成したら見せるよ…」



 慣れた調子で会話に混ざってはいたが、実は診療所に俺が付き添うのは初めてだ。診療所はラルカッタの東の端にある、小さな診療所。他に医療機関が無いから、閑古鳥が鳴くことはあまりないらしい。


永出血症ララ・エピデミスの治療?」

「そう。…というか、経過観察?」

「経過観察って…実験みたいじゃないか」

「じ、実験みたいなものだよ。…ぼくは発症した人の中では大分進行が遅い方だからね」

「え、そうなのか…。あ、ここか?」


【ユルリカ診療所】


 歩く事30分。ようやく診療所に着いた。

 重い扉を開けると、ひんやりとした空気が流れてくる。そして、昼間なのに真夜中の様に暗い。


「暗っ!」

「ああ、ここの先生が日光が苦手な人なんだ。だからこうしていつも真っ暗にしてるの」


 にしても暗すぎるだろ、と思っていると奥から小さな蝋燭の光が近付いてきた。


「…ランツルッソさん。こんにちは」

「こ、こんにちは…」

「そちらの方は?」

「あ、えーと…レティ・スピシルトの代理で来ました。アカリ・ヤマシタです」

「ああ、分かりました。…そうですね、今先生が出ているので、ランスルッソさんは診察室へ、ヤマシタさんは待合室でお待ちください」


 そう言って、看護師らしき女性はまた診療所の奥に消えた。

 わずかに部屋の壁の燭台に炎が灯っただけで、やっぱり薄暗い。


「じゃあ、ここで待ってるよ」

「わ、わかった…ありがとう」


 特にすることも無いし、新聞を読もうにも字がまだ読めない。

 ボーッと天井を眺めていると、横に人の気配がした。


「どうも、お隣よろしいですか?」

「ああ、どうぞどうぞ…」


 右目に包帯をぐるぐる巻き付けた、20歳くらいの女性だった。ふわふわの金髪を緩くお団子にしていて、首まで詰まったセーターにスカート。二重で鼻筋の通った、暗がりでもわかるいかにもな美人だ。

 けど、なんでわざわざ隣に座るんだ?他にもいっぱい空いてるのに。


「もしかして、セスくんの付き添いの方?」

「あ、はい…セスくんの知り合いスか?」

「ええ、ここでいつもお話しするんです」

「へえ…。ここのお医者さん、どんな人なんスか?なんかまだ帰ってこないらしくて…」

「そうですねえ…」


 すると、女性は立ち上がってクル、と俺の方を向いた。


「ちょっとサボり魔ですけど。本人は医術の腕は誰にも負けない、って思っていますよ」

「え?」


 そしてそのまま診察室に向かって歩いて行った。


「あ、先生!どちらに行っていたんですか!ランツルッソさん待ってますよ」

「セスくんならちょっとくらい待たせても大丈夫ですよ」

「そんなこと言って…ほら、白衣ちゃんと来てください」

「はいはい。ありがとうございます」


 俺の方を向いてウインクをして、診察室に入っていった。


「……まじかあ」

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