第三幕 《月明の剣》~チャリティーストーリア

第一節 演目発表

 神々の祝日で疲れを癒し学園に戻ってきた生徒たちを待つのは、今年のチャリティーストーリアの演目発表だ。レグルスとユアンも、ほかの生徒と同じく、武踊館ぶようかんで静かに発表を待っている。今回はプリドル部の女生徒たちも集まっているからか、武踊館がいつもより狭く感じられる。


 チャリティーのオーディションが学年末試験も兼ねているため、演目は各アステラの人物がまんべんなく登場するものから選ばれる。ティターニア学園では、原典イコーナの時系列に反って、いくつかの演目を数年かけてローテーションする。大半の生徒たちは今年の演目が〝カノープスの旅立ち〟だとわかっているわけで、そのせいか、武踊館は気怠い空気に包まれている。


 舞台袖から、黒いパンツスーツに身を包んだミアが現れた。ミアは、うなじで結った桃色の長い髪を尻尾のように揺らしながら舞台の真ん中へと歩いていく。相変わらず、少女と見紛うような可憐さだ。


「学園長のミア・プラキドゥスです」


 中央に立つと、ミアはよく通る声で語り始めた。


「みなさん、神々の祝日はゆっくり休めましたか? さて、後期も後半戦。チャリティーストーリアに向けての準備が始まります。それぞれ覚悟や決意を胸に抱いていることと思います。あまり長々と話しても学園長先生は話が長くて嫌だなあと言われてしまうので、早速本題に入ります。今年のチャリティーストーリアの演目は――」

「……っ!?」


 突然、得体の知れない衝撃がレグルスを襲った――熱い。痛い。燃え盛る剣で体を貫かれているような感覚。胸を押さえ、その場にうずくまる。揺らぐ視界の中で、隣のユアンが席を立ち、どこかを見ている。


「――です」


 ミアが言葉を切ると同時に、熱と痛みが治まった。


 演目が聞き取れなかった。なにやら生徒たちはざわついており、立ち上がっているユアンに構う者もいない。天井まで困惑がみっしりと詰まっているような、妙な空気になっている。


「というわけで、みなさんには……」

「学園長!」

「ん?」


 まだミアが話している最中なのに、マーネンが舞台に駆け上がった。ミアの耳元で何事か囁いている。


「うん、そうだよ。今年の演目は〝げつめいつるぎ〟だよ」

「いえ、ですから、〝カノープスの旅立ち〟です」

「……マーネン先生、どうしたんだい? 君は舞台上で冗談を言うような性格じゃないだろう」

「学園長……念のため聞きますが、今年のチャリティーストーリアの演目は〝カノープスの旅立ち〟ですな?」

「そうだよ」

「では改めて、もう一度発表をお願いします」

「……わかった」


 ミアはマーネンのただならぬ様子に違和感を覚えたのか、神妙な面持ちで頷くと、深呼吸を一度して胸を張った。


「今年の演目は〝月明の剣〟です!」


 マーネンの顔が、青ざめた。


「みなさんにはこれから〝月明の剣〟を練習してもらうことになります。職員一同協力は惜しみませんので、共にチャリティーストーリアを作り上げていきましょう! 以上で、私からの挨拶を終えます」


 呆然とその場に立ち尽くすマーネンを残し、ミアは平然と舞台を降りていった。


 生徒たちのざわめきはやまない。壁際に並んでいる職員たちも動揺している。


「静粛に!」


 最初に声を上げたのはグリーゼだった。普段は酷薄な印象を受けるほどに落ち着いているグリーゼだが、今は焦っているように見える。


「学園長がそう仰るのだから、今年の演目は〝月明の剣〟です。同じ演目を繰り返すのでは芸がないというご配慮でしょう」

「ええっ!?」


 なぜか、ミアが驚いた。


「フォルテ……じゃなくて、グリーゼ先生。何を言ってるんだ。今年も例年通り、〝月明の剣〟だよ」

「……はあ」


 グリーゼは眉間を押さえて首を振ると、号令をかけた。


「生徒諸君は寮に戻りなさい!」

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