アトラ⑥


 『新たにドールを起動することになりました。まずは許可取りとか、受け入れ準備にとりかからないといけないのでいっそミモザさんのところに泊まり込みしようかと』

 

 そう説明するアサナギの声とともに引き出しなどを漁る音が聞こえる。これから必要なものだけを持って工房泊まり込みで手続きをするということなのだろう。とりあえず家出ではないようでカルマはほっと息を吐いた。

 

 『かしこまりました。ではミモザさんの分も差し入れを作りましょう』

 『ありがとう。あと、カルマはいますか?』

 『部屋でふて寝しているのではないでしょうか。お声をかけてみては?』

 

 くすりと笑うようなリシテアの声。それにレダは視線だけで慌てた。今ここでアサナギに会う訳にはいかない。なのでカルマは無言でクローゼットを示した。この巨体には窮屈だろうが、隠れてもらうしかない。

 

 『カルマ、起きてますか?起きてますね。開けてください。開けますね』

 

 強引すぎる声掛けだが、ちょうどレダは隠れたところだ。扉を開かれ、カルマはすぐさま扉口に駆けつける。そして小さな体でなるべく部屋全体を隠すように立ち塞いだ。

 

 「カルマ。聞こえていましたか?私はこれから留守にします」

 「あ、あぁ。新しいドールの受け入れだっけ?」

 

 思ったよりも普通に話せた事にカルマは驚いた。それもアサナギが普通に話しかけてきたためだ。

 そのアサナギはやややつれているが、目だけはしっかりとしている。目的を見つけてそれしか見えていない。彼女はもう立ち直っていた。

 

 「本来ファレノが育てるはずだったユミルがいたでしょう?その子を起動するんです。そうしたら何か手がかりが見つかるかもしれませんから」

 「護衛を増やす訳じゃないのか?」

 「護衛も兼ねます。元々私には三体目のドールを持つ許可が出ていたので。でもユミルは私が起動したい。少しでも早く、敵を知らなくてはならない」

 

 普段静かに語るアサナギが珍しく声を張り上げた。それだけこの現状を自分でなんとかしようとしていたのだ。早くなんとかしなくては、自分の身が危険になる。そうなってはカルマやリシテアを裏切る事にもなってしまう。

 カルマやレダの心配は、アサナギはとっくに考えていた。

 

 「……すごいな。アサナギは。対策を練っていたのか」

 

 『ただ悩むだけの自分とは違って』とはカルマは付け足さなかった。情けなくなったのだ。しかしアサナギは首を振る。

 

 「私だって、最初はろくに考えてなかったんです。ただ怖くて逃げたくて仕方なかった。けど結局は自分で解決するしかないし」

 

 頼れる人もドールもいない。なぜなら狙われたアサナギが最強のマスターでありながらドールを二体も持っているから。それなら事情をよく知る自分が解決するのが一番いい。

 それに押されるように、カルマは決める。カルマのAIが一番悩むとすればアサナギが敵側に向かうこと。ならばそれを防ぐしかない。

 

 「アサナギ、ブレインやハートってわかるか?」

 「……脳と心臓、ですか?ドールの。察しはつきますが、」

 「知らないんだな。俺もこのままついていって、これをミモザに伝える。多分ファレノのヒントになるはずだ」

 

 無理矢理にでも前に進めば勢いが出る。そしてその勢いがあればさらに前へと進む。そのかんじをカルマは実感した。もう止まらない。止まる暇などないのだから。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 ユミル起動に同行したカルマだが、ユミルは女性体ということで部屋の外で待つことにした。カルマはその持ち込んだのっぺらぼうユミルしか見ていない。しかしアサナギが起動すれば若い女性となるだろう。そして起動したばかりのドールは全裸なので起動して服を着せるまでは男子禁制である。

 

 「元気な女の子が生まれましたよ、お父さん」

 「だれがお父さんだ」

 

 ミモザが冗談を交えてカルマを呼びにきた。もういいということなのでカルマはミモザの作業場へ入る。結局許可取りに一日、起動はその翌日になってしまった。重い腰の政府や工房としてはこれでも早く許可が出たものだ。

  

 

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