ジュリエット②


 「……どういう状況?」

 「同一のドールによるマスターを取り合う喧嘩です」

 「は?なんで同じのが二体もいるんだよ」

 「ジュリエットは行方不明になって、マスターは完全にロストしたと考え、工房に頼み復元したのでしょう。そしてロストしたはずのジュリエットが戻ってきて、ドールは二体となりこのトラブルです」

 

 ドールはロストしてもデータを残していればそのデータから復元できる。マスターはジュリエットが無事帰って来るとは思わなかったのだろう。仕方なくドールを復元した。

 そうして今、ここに同一ドールが二体揃い、自分こそがジュリエットと主張しマスターを奪いあっている、という事だ。

 アサナギはひとまず喧嘩中の二人は放置し部屋を見回す。傾いた棚や割れた食器など、アサナギと同じ構造の部屋とは思えない程の荒れっぷりだ。すると部屋の隅に丸まるようにしてうずくまっている太った男性を見つけた。

 

 「あなたがマスターであるニルさんですね。早速ですが二人の喧嘩を止めて下さい」

 

 アサナギはしゃがみこみ、二人のマスターらしき男、ニルに声をかける。ニルは震えているだけだった。

 

 「あの、聞こえてますか?」

 

 まさか自分がこんなセリフを言うことになろうとは。アサナギはさらに尋ねる。しかし返ってきたのは震えた声だけだった。

 

 「だ、駄目なんだ。僕が間に入ると、より喧嘩が激しくなる……」

 

 どうやらニルはこの丸まった見た目通りに弱気なマスターのようだ。こんな彼が下手に仲裁しようとしたとして、彼を取り合う彼女達には火に油を注ぐようなものだ。

 アサナギはこのマスターに場をおさめてもらう事を諦めた。

 

 「カルマ。緊急事態です。二人を行動停止にできますか?」

 「できるかじゃなくて、やれって言えよ」

 

 カルマは自信たっぷりに笑みを作る。そして二人に向かって飛びかかった。

 一応、ジュリエットは工房内ではなかなかに強いドールである。でなければロストするような高難易度任務は任されないし、その姿も人間に近い。そんなほぼ同程度の能力を持つのが二体。カルマが勝てる相手ではない。しかし二人はカルマなど眼中にないため、その行動はすんなりとうまくいった。

 まずカルマは荒れた部屋の中でまだ無事だったカーテンを外し二人に向かって投げる。そして急に視界が奪われ動きも制限されもがく二人をカルマは一人ずつ背後から突進しつつおさえつけて、簡易的な捕縛用アイテムで後ろ手に拘束する。これは最近身につけた技だ。

 

 「こんなもんでどうだ?とりあえず別室に隔離しとくぜ」

 

 カルマは親指まで固定し片方のジュリエットを肩に担ぐと書斎らしき部屋に運ぶ。そしてもう一人のジュリエットも寝室らしき部屋に運んだ。これでもう二人のジュリエットは喧嘩はできない。ただ、ジュリエット達は部屋の壁を蹴っているらしい音は激しく鳴り響いているが、そのうちに諦めるだろう。

 

 「見事な手並みでした、カルマ」

 「まぁな。で、これからどうすんの?」

 「このままどちらの電池が切れるのを待ち、どちらかのジュリエットを破棄します」

 

 アサナギは冷静すぎる判断を下した。

 

 

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 

 

 荒れた部屋は一部分だけ整える事にした。家具の位置を正し、割れた食器など危険物を片付ける。ここにリシテアがいればテキパキ活き活き片付けるのになぁ、とアサナギ達は思うが、仕方ない。リシテアは片方のジュリエットからしてみれば恩人であるが、もう片方からしてみれば余計な事をした相手だ。トラブルがさらに起きてしまう。

 

 「ていうかジュリエットが二人ってややこしいな。名前変えたらどうだ?」

 「ではロストから生還した方がジュリ、復元されたほうがエットにしましょう。ニルさん、あなたもそれでいいですか?」

 

 アサナギは簡単に名前を決めて無事な椅子に座った。このくらい適当な名付けでなければまた二人の争いは増すだろう。

 声をかけられたニルの震えはようやく止まったらしい。彼も椅子に座り、その体重のせいかジュリエット達の暴れっぷりのせいか軋ませた。カルマは念の為に備えて立っておく。

 

 「どうしてこんな事に……」

 

 ニルが顔を手で覆って呟くが、それはアサナギ達が一番聞きたい。普通、同一のドールが同じ場に存在してもここまでの争いにはならない。自分のデータがあるかぎり復元できるなんて、ドールには常識だ。ロストしたはずの自分の元となった人物が苦労して帰ってきたら、復元されたてデータは自ら身を引くだろう。エットにはそれがなく譲らない。そしてジュリも新しい方を敵として追い出そうとしている。

 どちらかといえば人間のようだ。同じ性格なら助け合う事もあるが、反発すると激しい事もある。ジュリエット達はその後者のようだ。

 


 

 

 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る