パートナーセレクト11





                 ☆


 寝ぼけまなこを擦りながら大あくびをする。


 さすがに夜通しアニメを見た後の学校は辛い。


 ここに来るまでは登校時刻に間に合うか間に合わないかの瀬戸際で頭が覚醒していた。


 だが、間に合ってしまうと一気に気持ちが緩んで眠気がやってくる。


 そのせいで今日から始まった一般科目の授業もマネージャー科の授業も一切頭には入ってこなかった。


四限目が終了を知らせるチャイムが成り終わった今も、食欲よりも睡眠欲のほうが優っていた。


 クラスの奴らは軒並みいなくなり、残っているのは俺と田中だけになっている。


「皆アイドル達と昼食を取ろうと我先に出て行っちゃったね」


 机に顔を埋めている俺に田中が話しかけてきた。俺は足を机の下から出して背もたれを肘掛にして田中と向き合った。


「お前はいいのかよ」


「ま、まぁ僕レベルになるともうパートナーが決まっているからね。わざわざ昼食なんて一緒にする必要なんかないんだよ」


 なんだ、こいつもあっさりと決まってしまっていたのか。おそらく相手は星宮だろう。


 あんだけ押してたんだしそれ以外に考えられない。


「あー、じゃあ俺と同じか」


「なに……? き、君も、もう決まっているのかい? ふ、ふーん。参考までに誰か聞いておこうかな」


 田中はなにか動揺したように汗をかいている。なにを動揺しているのか。


「袖浦芽衣」


「袖浦……?」


 田中は考えるように顎に手を当てて、目を瞑った。


「ああ! あの子か! ははは、ちょっと納得しちゃったよ」


「納得?」


「彼女は見るからにアイドル科の中では最下位で合格した人間だろう。お似合いのカップルってわけだ」


 田中は俺を嘲笑って肩をバシバシと叩いてきた。


 なんとでも言えばいいさ。


 確かに俺自身の能力はそこまで高くないかもしれない。


 ただ、袖浦には隠された能力がある。それを発揮できればナイトレイや星宮なんて目じゃない。


「あれぇ? こんなところにいたのぉ?」


 教室の後ろの開いた扉の真ん中くらいからひょっこり顔を出している女がいた。


 リボンが二つ付いて毛先がくるっとした女だ。ああ、星宮だな。田中を呼びに来たのだろうか。


 俺は田中に視線を向けてみる。すると、先程まで俺を見下していた顔から一変、石像のように固まってしまっている。どうしたのだろうか。


 星宮はスキップしながらこちらに向かってくる。スカートが上下に揺れて目のやり場に困るな。ていうか、頼むから男子の前ではもうちょっと意識をしてくれ。


 星宮は俺の前にやってくると、腕を後ろに組んで俺の顔を覗き込んできた。


 シャンプーの匂いだろうかふんわりとバニラのような香りが漂ってきて思わず口元を引き締めてしまう。


 星宮の潤った唇も顔の近くにあって意識せざるを得ない。


「空君、一緒にご飯たーべよっ」


 星宮はニッコリと俺にほほ笑みかけてくる。藪から棒になにを言っているのだろうか。それに初対面なのにいきなり下の名前で呼ぶなんて随分人との距離が近いやつなんだな。


 隣にいる田中太郎は悲鳴をあげたいのか、ムンクの叫びのように頬に手を当てて大口を開けている。


 ああ、なるほど。一緒にご飯を食べようというのは田中と一緒にということか。


 星宮は田中のパートナーだしたぶんそうだ。


 本来なら田中と二人で昼食を行う予定だったのに、俺がたまたまいたから気を使ってくれたのか。


 俺を下の名前で呼んだのも俺が田中の友人だと思ってフランクに接してくれたんだろう。


 けど、隣にいる田中が嫌がっているからな。星宮は俺に気を使ってくれたようだが、ここは断ろう。


「折角だけど悪いな。今日は袖浦と約束があるんだ。代わりに田中と二人で食べてくれ」


 袖浦、というワードに星宮は片眉を動かした。なにか思うところがあるのだろうか。


「……空君がそういうならそうしようかなぁ」


 星宮は胸の前で両手を揃えて少しだけ首を傾げてみせた。そうと決まれば俺がここにいるのはまずいな。


 袖浦と約束があるというのは嘘っぱちだが、袖浦とご飯を一緒に食べれば嘘も本当になる。


 俺は田中の肩を叩いて椅子から立ち会った。その田中は俺に尊敬の念を込めた視線を送ってくる。


 急にどうしたんだこいつは。そこまでして自分が決めたアイドルと他の人がご飯を一緒に食べるのが嫌なのか。

 

 教室をあとにした俺は食堂へと向かった。その際に袖浦を見つけたので声を掛けようと思ったが、目が合うなりすぐにあいつは視線を逸らしてきた。


 昨日の多目的ホールでのダンスを気にしているのだろう。


 あいつから話しかけるのを待ったほうがよさそうだな。気持ちの整理をさせるのは大切だ。


 俺は食堂で寂しく一人で昼食をとり、学食の美味さに感動し、午後の授業を迎えた。


 学食のご飯美味しすぎて食べまくってしまった。満腹になると人は余計に眠くなる。俺もその例に漏れない。


 午後の授業中になんども船を漕いでしまう。


 最終的にはセロハンテープを瞼に貼り付けて授業を受けていた。


 さすがに天野先生には怒られてしまったが、寝るようにはましだっただろう。


 放課後になると袖浦から連絡があった。非常階段に来て欲しいと。話なら家に帰っても出来るだろうになぜわざわざ学校なのか。


 とは言っても話したいことがあるなら仕方がない。俺は非常階段に足を運び袖浦を待った。


 そういえばここは袖浦が水着を使い物にならなくなり、逃げ込んできた場所だな。


 本当に袖浦を妨害してきたやつに腹が立つ。


 ただ、結果的にはそれがこうそうしたのかはわからないが、袖浦は合格できた。


 あいつは気にしていないらしいからここは俺の気持ちを沈めよう。


 そんなことを考えていると、人影が見えた。袖浦がやってきたのか。


 しかし、俺の予想は外れて非常階段には星宮がやってきた。たまたまここに迷い込んできてしまったのだろうか。入学してからまだ三日だし校内を探検していたのかもしれない。


「みーつけたっ」


 嬉しそうに笑顔になると、手元を隠した袖から人差し指を出して俺に向けてきた。どうやら俺を探していたようだ。


 一体どういう目的があるというのだろうか。


「俺になんのようだ。田中ならここにいないぞ?」


「たなかぁ? んー、茉莉奈まりなその名前はちょっと覚えてないなぁ」


 田中を覚えていないだと。どういうことだ。だって、パートナーになるんだろう。


「とぼけんなよ。田中がお前とパートナーになるって話してたぞ」


 具体的には話してはいなかったが、あの態度を見るに間違っていないはずだ。


「あはは、空君おもしろーい。だって私はもう別の人をパートナーに決めてるんだよ」


 なんだか話が食い違ってきたぞ。こいつが田中を指名しないなら誰を指名するというのか。


「わかんない? ふふ、こうやって放課後まで追っかけてきてるのにまだわかんないんだぁ」


「当たり前だろ。それに俺は別にお前のパートナーなんて興味――」


 突然だった。星宮は俺の体に抱きついてくる。服越しから伝わるぬくもりと、柔らかいなにかが俺の腹に当たっていた。


 腰に回された腕に俺は驚いてしまって思わず突き飛ばしてしまいそうになる。


 だが、こいつに触れるのも躊躇われたため寸前で手を止めた。この状況を誰かに見られたら言い訳ができない。


 マネージャー科の校則によればアイドルに触れた人間は転科か退学させられてしまうことになっている。


 こいつはそれをわかっているのだろうか。


 星宮は頭に顔を預けると、上目遣いで俺の顔を見てきた。その瞳は潤んでいて、長いまつ毛はふるふると震えていた。


「ねぇ……茉莉奈まりなのマネージャーになって?」


 これまた突然のお願いだった。

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