パートナーセレクト2

 天野先生は黒板に乱雑らんざつにパートナーセレクトと書いた。


「マネージャー科の生徒は今後一年、アイドル科の研究生と共に試験を行っていく。その際に二人三脚で行動を共にするパートナーを決めてもらうことになっている。君らはアイドル科の授業などを見学し、そのパートナを見つけてもらう」


 研究生と共に試験を行っていく。といことは自分一人の実力だけじゃ試験は合格出来ないってわけか。


「何人かの生徒は気づいているとは思うが、これはかなり重要な選択だ。なんせ選んだアイドルの質によって自分の今後の将来が変わっていく。元々レベルの高いアイドルを選べば楽に試験を突破出来るだろう。ただ、どうしようもなく才能のないアイドルを選んで試験を不合格になってしまった場合、そのアイドルと一緒に消えてもらう。ふふ、一ヶ月後のパートナーセレクトで早くも君達は目利き能力を試されるんだ」


 目利き能力か。アイドルについて最近知ったばかりの俺には不利だな。


 自分の直感を信じてなんとかやるしかないか。とりあえず第一候補は袖浦だ。


 アイドル科の人間あいつしか知らないし。それに応援してやるなんて言っちゃってるしな。


 教室のドア側で一番前の席の女が手を挙げた。


 キリッとした目に短い髪の毛を一つにまとめて、小さな尻尾が出来上がっている。椅子に背もたれがあるというのにしっかりと背筋を伸ばしていた。


 見るからに優等生って雰囲気だな。


「……なんだ」


「決めてもらう、とは言っても明らかに目立つ研究生がいて希望が重複ちょうふくする場合もあると思うのですが。今年入ったエマ・ナイトレイさんなんかは人が殺到するかと」


 エマ・ナイトレイ? 誰だそいつは。名前的に異国の人だろうか。


「ああ、そうだな。一応、アイドル科の生徒にもマネージャー科の人間を選択する権限を持っている。双方の人間が同じ人間を選べばそのままパートナーとして成立する。決まらなかった人間に関しては第ニ、第三候補の人間を選んでもらって最後の組みが出来上がるまでそれは続いていく」


「……では、一ヶ月の間にアイドルを見極めつつ、アイドルと交流をして信頼を上げ、自らも選んでもらうというわけですね」


「理解が早くて助かる。神谷の言った通りだ。校則には色々とアイドルと接するときの制約が書いてあるが、マネージャーとして二人きりになったり、交流したりするのは構わん。ただ、常に見られていることを意識しろ。勘違いされるような行動は控えるよう考えろ」


 校則では理由のない二人きりの外出は禁じられている。ただ、アイドルに自分を信頼してもらえるようマネージャーとしての行動ならそれも問題ないのか。


 それもそうか。二人三脚で試験を受けるとなればおのずと一緒にいる時間も増えるだろう。なんでもかんでも禁じられてしまうとなにも出来なくなってしまう。


「詳しい話はおいおいしていくとしよう。では普通の高校の入学日らしく一人一人に自己紹介をしてもらおうか。先頭バッターは……」


 と、天野先生と目が合う。試験での光景を思い出してしまう。あれ、このパターンは。


「……俺っすか」


「ほう。受験では最下位だったくせに理解が早いな」


「言わないでくださいよ……」


 なんでバラしちゃうんだよ。すると、クラス全体からあいつがブービーかという目を向けられる。なめたような、見下すような。


 とにかく俺を馬鹿にしたような視線だ。人によっては眼中にないのか俺の顔すら見ない。


 喋りにくくなってしまった。ただ指名されたからには仕方がない。俺は立ち上がった。


「氏名と今後の自分の目標を述べろ」


 今後の目標か。それは一つしかないだろう。


「名前は大元空っす。目標は俺が選んだアイドルが峯谷ユリカをトップから引きずり下ろすこと。以上」


 と、俺が話終わると一瞬教室が沈黙した。しかし、すぐさま教室は爆笑の渦に包まれた。な、なんだよ。お前らさっきまであんなに緊張してたのに。おかしな話をしただろうか。


「大元……それは本気で言ってるのか?」


「え……おかしいっすか?」


「……現実味がない。とだけ話しておこう。ちなみにお前は峯谷ユリカについてどこまで知っている」


「世界的人気ですげーやつ……としか」


 天野先生は愉快ゆかいそうに頬を緩めた。仕方ないだろう。


 色々とばたばたしてて調べる時間がなかったんだから。これからわかっていけばいいだろう。


「あいつまじかよ……」「本当に受かれたのか?」「峯谷さん詳しく知らないとか人間じゃねーよ」


 何人かの生徒がぽつぽつ言葉を発した。そこまで言われなきゃならないのか。


「峯谷ユリカは『輝石学園生』の歴史の中で最強のアイドルと呼ばれているんだぞ。正所属になって一年目から人気投票で一位。それからも五期連続でのトップ。最近行われた投票では二位に3倍差をつけての圧倒的勝利を収めている。これ以上のアイドルはもう二度とでない。そこまで言われているアイドルにお前は立ち向かっていくのか?」


「……悪いっすか?」


 あくまでも俺は自分を曲げない。神谷さんと約束してしまってるんだ。峯谷ユリカはさぞすごいのだろう。俺もあのライブを見ているからよくわかる。だからと言って引き下がるわけにはいかない。


「悪くはないさ。是非頑張ってくれ。次」


 俺を賞賛しょうさんしているのか馬鹿にしているのか、天野先生は一、二回軽く手を叩く。そして、俺の前の席の生徒の自己紹介が始まった。


 別の生徒が自己紹介している間もチラチラと俺に視線が集まってくる。


 どの視線も好意的なものではない。入学初日から浮いてしまったな。


 そして、一番最後にあの頭から小さな尻尾が生えた女の番になった。


「初めまして。神谷愛かみやまなです」


 神谷と名乗った女はクラス全体を見回してニコリともせずに頭を下げた。なんか愛想あいそないな。偶然の一致いっちだが俺の知っている神谷はもうちょっと明るかったぞ。たまに明るすぎなときもあるけど。


「すみません。目標を語る前に一つだけお話したいと思います。私には理解できなかったのですが、一番最初に自己紹介した人をなぜ皆さん笑ったのでしょうか」


 当然のように言ってのける神谷愛。俺は思わぬ援護射撃に目を丸くしてしまう。


「マネージャー、いえ、それに限らず仕事をする人間ならばトップを目指すのは当たり前だと私は考えています。あなた達はトップを目指さずにただ働くだけの向上心の欠片もない、機械になるというんですね。まぁ、それが悪いとは言いませんが、そんな人間がここで生き残れるとは到底思えません」


 かなりきつい内容を平然と顔色も変えずに述べていく。


 その淡々とした姿はまさしくお前こそ機械なのではないかと疑いたくなった。俺としては庇ってもらっているので嬉しい限りなんだけど。


「余談でした。私の目標ですね。手始めに彼同様に峯谷ユリカさんを超えるアイドルをマネージメントします。ゆくゆくは『輝石学園生』の生みの親、神谷由伸を追い抜くことです」


 きっぱりと言い放つと神谷愛は優雅に着席した。


 クラスメイト達は神谷愛の言い分に納得したのか、ただ単に面食らっただけなのか、誰一人声を出す者も笑う者もいなかった。


 なんだよ。ちょっとかっこいいな。俺もあんな感じに言って周りを黙らせてみたかった。


 俺の視線に気付いたのか、神谷愛と目が合ってしまう。


 俺はとりあえず片手を上げて挨拶をしてみる。


 すると、先程までお面みたいに変わらない表情が一変して俺を睨みつけてきた。


 その顔は憎悪に満ちているといっても過言ではない。神谷愛はすぐに天野先生に視線を向けた。


 俺を庇ってくれたくせになんでそんな顔をするんだよ。わけのわからないやつだな。


 授業の終了を知らせるチャイムが聞こえてきた。


「本日はここまでだ。明日は対面式や新入生歓迎会が開催される。そして、アイドル科とマネージャー科の顔合わせもあるからな。気を引き締めておけよ。以上、解散」


 俺はそれを合図に机に突っ伏した。疲れた。こういった緊張感のある所は苦手だな。勝負事だったら全然平気なのに。


 俺の周りの奴らは天野先生が教室を出るまでは誰も動かなかった。なので、俺だけが悪目立ちしてしまっている。だが、天野先生はそんな俺に目も向けずに教室を出て行った。


 教室の中がいきなり椅子を引く音で騒がしくなる。ただし誰ひとりとして会話することもなく淡々と帰り支度を始め、教室には俺一人だけになってしまう。


 学友との会話を楽しむ余裕とかないのかよ。


 仕方がない。俺は噴水のベンチの場所に行って袖浦でも待ってるかな。天野先生に見つかったあとは強制的に教室に連れて行かれて、ろくに会話も出来なかった。


 あの後、試験でなにがあったのか気になるし、早く話が聞きたいな。

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